14話 ノルンのマスター
side:ノルン
『騒ぎ』が落ち着き、奥の部屋に通された。
ルベル王国で1番偉い冒険者であるヨルムと、会話をするマスターを見つめながら気づかれないように小さく息を吐く。
(あぁ。マスター……)
「同じ時」を過ごせば過ごすほどにマスターに惹かれていき、狂おしいほどの愛慕が押し寄せる。先程引き寄せられた腰の熱はまだじんわりと残っていて、身体が火照って仕方ない。
「それにしても、なんて量だよ! 魔力もねぇし、スキルだってよくわかんねぇのに、本当に強いんだな! どれも『A』以上だ。それにこの『解体』の技術……。魔物の構造をよくわかってる証拠だ!」
ヨルムは感嘆の声をあげながら、複数の魔物に鑑定用の魔道具を使用して値段をつけており、受付嬢のミラは仕事も放ってマスターの顔を見つめては頬を染めている。
(マスターは『シャルちゃん』とノルンのマスターなんだから……)
心の中で呟きながら口を尖らせ、ヨルムと会話をしているマスターを見つめる。
綺麗に整った黒髪と容姿。
紺碧の瞳に見つめられれば呼吸をするのも忘れてしまう。陽だまりのような温かい雰囲気でいて、戦闘の時には、静かで冷たい川のような側面も持ち合わせる。
(あれから、100年……)
マスターに『ノルン』という名前を貰ってから、100年経ったが時間の流れは少し曖昧だ。
すごく長い間一緒に居るはずなのに、まだ数年しか一緒に過ごしていないかのような気分にもなってしまう。
『時間』の使い道を壮絶な鍛錬に使うマスターが好きだ。シャルちゃんの事を第一に考えながらも、困った人を放っておけないマスターが好きだ。
悪用しようと思えば、いくらでも悪用できる『力』。
運命を捻じ曲げる『力』。
細かく栞を挟み、何度もやり直しする事で人の弱みをあぶり出し、その心につけ込んで、駒のように操る事も容易に出来てしまう。
でも、「俺はシャルの兄ちゃんだからな!」と曲がった事は絶対にせず、常に妹に誇れるような自分で居ようと努力を惜しまない。
それだけにシャルちゃんを失ったマスターは、本当に苦しそうで痛そうだった。でもこうして立ち上がり、前を向いている。
――ノルンで居てくれて本当によかった。
涙ながらにそう言ってくれたマスターが愛おしくて仕方がない。
自分はマスターの道具であり付き従う者。
自分を顕現してくれたマスターこそが全て。
(ノルンのマスターがローラン様でよかった……)
何千何万とそう思う。
ただの本である私を1人の『人間』として。
誰にも見えないと言う孤独を気にかけて微笑んでくれて。
マスターに甘やかされて、どんどん貪欲になってしまい、本物の人間だと錯覚してしまう。
ヨルムとの会話に華を咲かせるマスターの首に顔を埋め、深く『匂い』を身体に刻むと、チラリと私に視線を向けて『やめろ』と目が語る。
少し頬を染めながらも睨まれるのが好きだ。
「マスター。『栞』を挟んでいいですか?」
ヨルムとの会話なんかより私を見ていて欲しいと言葉が勝手に口から溢れるが、マスターは少し頬を染めて、『2度』瞬きをする。
(ダ、ダメか……)
こんな事なら、あの赤モグラの事なんて思い出さなければよかった。笑ってくれるマスターに少し調子に乗ってしまった自分を叱ってやりたい。
ミラからの熱視線と、これから向かう『アリス』との邂逅。『今回』は2人きりの時間が少なくて、ついついわがままになってしまう。
アリスはとても綺麗だ。
不当な扱いをうけても、『黒涙』の研究を続け、自分の仲間達の不名誉を回復させるために努力をしている。
誰もが振り返る美貌と綺麗な心。
私はそんなアリスが羨ましくて仕方ない。
「マスター。なんだか少し寂しいです……」
マスターには聞こえないように呟きながらも、ふぅ〜っと息を吐きだし気持ちを切り替える。
(役立たずなりに、ノルンもマスターのために頑張らないと……!)
マスターの隣に座りながら、これからの『段取り』を復習し、自分に出来る事を頑張ろうと決意を固めていると、手に温かい体温が降って来た。
ギュッ……
マスターは私に視線を向ける事なく、周りから見ても不自然ではないように私の手を握る。
(き、聞こえちゃったのかな……?)
ドクンドクンッと脈拍があがり、たまらない歓喜が押し寄せる。復習に頭を回す事も出来ず、ただマスターの横顔を見つめる。
「マスター……」
マスターの優しさに胸の奥がキューッと締め付けられ、呼吸が苦しくなってしまった。
「ハハッ……。ずっとポーターとして頑張ってたら、『女神』が目の前に現れたんだよ」
ヨルムに言いながら、またもう一度ギュッと手に力を込めてくれるマスターにもう我慢も限界だ。
(マスターは優しすぎます……。ノルンは何も出来ていません。全てはマスターの努力の結果です!)
心の中で呟きながら、マスターの頬に唇を当てる。
マスターは「ん、んんっ!」と咳払いをしながら唇を噛み締め、チラリと私に視線を向け、『やめろ』と睨んで頬を染めるが、私はその視線に満面の笑みが込み上がる。
「ハハハハッ! 女神か! 要するに『栞』ってスキルが半端じゃねぇってことか?」
呑気なヨルムの声を聞きながら、唇にキスしてしまいたい衝動に駆られるが、そんな事は許されないとわかっている。
「あぁ。俺の『力』は全部、スキル『栞』の派生でしかないんだよ。まぁ、そのスキルも『じゃじゃ馬』で俺の言う事なんて全く聞かないんだがな……」
その口調はひどく優しいものだが、言葉には棘があり、チラリと私を見た視線は釘を刺されたようにも感じる。
(お、『お仕置き』が長引いたらどうしよう!)
また調子に乗ってしまった事に焦りを抱く。
もう私は酔いしれてしまっている。『ローラン・クライス様』という自分のご主人様に。
「マスター。『お仕置き』は今日だけですよね……?」
私の問いかけにマスターは『2度』瞬きをする。
(ま、またやってしまった……!!)
私は自制の効かない壊れた聖典。
マスターの優しさと、その生き様に恋してしまった、すぐに調子に乗ってしまう愚かでバカなただの本。
「ふっ。嘘だよ、ノルン……」
しょぼくれる私にマスターは私にしか聞こえない声で呟き、イタズラな笑みを浮かべる。
ほら。また1つ、愛が募った。
次話「『黒天』」です。
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