家出令嬢ですが。運命の人がモブのため探すのに難航しています。
貧乏男爵令嬢。それが私、リリール・フェリシアン。
ひらひらと春風にそよぐみたいな、淡いピンクのウェーブがかった髪の毛、そして芽吹いたばかりの新緑みたいな淡い緑の瞳。ちなみに、前世の記憶がある。
たぶん、乙女ゲームのヒロインというやつに転生しているらしい。
――――そんな私は、継母に40歳も年上の、伯爵に男爵領への資金援助のため無理やり嫁がされそうになったため、家出令嬢になっている。
攻略対象者……? いろいろあって、ハッピーエンドになる相手は見つかりませんでした。
貴族の令嬢は家のために、望まない相手と結婚するなんて当たり前。そんな常識、私は認めない。だって、常識なんて本当に正しいかは分からない。
それに私は好きな人がいる。まだ出会っていないけれど、この世界のどこかに、絶対にいるはず。
名前は分からない。
顔だって分からない。
でも、絶対に出会ったら分かる。
「リリール様!」
後ろから、従者のジェラルドが付いてくる。
幼い頃から私に仕えている彼は、家出した私になぜか付いてきてしまった。
まあ、世間知らずで前世も平和に暮らしていた私は、彼のおかげで生き延びているようなものだ。
盗賊に襲われたときも、私を連れて上手く逃げてくれたし、宿の手配から薬草を摘んで資金源などジェラルドの助けがなければ、今頃私はいないに違いない。
先日卒業した、王立学園は美男美女の宝庫だった。ちなみに、前世遊んでいた乙女ゲームの世界に登場人物も設定も酷似している。
ヒロインとして生まれたせいか、王太子殿下が卒業パーティーへのエスコートを申し出てくれたり、卒業後は騎士団に最年少での入団が決まっている子爵家の長男が騎士の誓いを捧げようとしてきたり、宰相候補の公爵家嫡男に瞳の色の指輪を贈られそうになったりしたけれど……。
――――あなたたち、婚約者がいますよね?! 私そういうの嫌いです。
残念ながら、道ならぬ恋とか、略奪愛にはあまり興味がない私。
政略結婚でもいいけど、お互いが愛をはぐくめるような関係を求めたい。
それって、そんなにいけないことだろうか?
王立学園に私の従者兼学生として一緒に通っていたジェラルドが、いつも後処理を担当してくれていたことに、いくら私でも気がついている。
その結果として、恐らくバッドエンドに到達してしまったのだと、自覚したときにはもう遅かった。
「そろそろ、男爵家に戻った方が良いのではないですか?」
ジェラルドは今日もそんなことを私に勧めてくる。
「――――だって、帰ったら嫁がされてしまうから」
「大丈夫、お嬢様が幸せになれるよう、望まない縁談も婚約者がいるのに近寄ってくる人間も全て社会的に……」
「社会的?」
「なんでもありません。どうかそのままのお嬢様でいてください」
微笑んでくるジェラルドは、上流貴族の私生児らしい。
紆余曲折した結果、今は亡き父に引き取られたのだ。
乙女ゲームには登場しないけれど、切れ長の瞳、影を作るほど長いまつ毛、凛々しい唇。
攻略対象者だと言われれば、納得してしまいそうな容姿をしている。
でも、こんなにもカッコよくて、乙女ゲームに登場しないモブなんて……。この世界の顔面偏差値は高すぎるのではないだろうか?
私生児なんて認めないというこの世界は、ジェラルドには生きにくいだろう。
平凡なこげ茶の髪の毛と同じ色の瞳。
だれの子どもかなんて、その姿からはわからない。
「とりあえず、私の未来の恋人を見つけるまで帰らないから」
「――――言い出したら、聞かないですからね。俺のお嬢様は」
そう言いながらも、少し寂しそうな表情が気になってしまった。
でも、この関係はとても心地よくて、壊れてしまうのをとても恐れている自分がいる。
だから私は、たぶん適切な距離というやつをジェラルドと取るように心がけているのだ。
そんなある日、とうとう私は捕まってしまった。
というより、ジェラルドが。
ジェラルドは、ハリード侯爵家の私生児だったらしい。
そういえば、最近相次いで長男と次男が病で儚くなったと風のうわさで聞いた。
つまり、ジェラルドを後継者にするために迎えに来たというわけだ。
私は一つ溜息をつく。これから幸せになるジェラルドの邪魔はしたくない。
「――――ジェラルド……。ここまで私に付き合ってくれてありがとう」
「お嬢様……?」
「お嬢様なんて、おかしいわ。あなたの方がずっと爵位も上になる。私の方こそハリード様とお呼びしなくてはいけない立場になるわ」
「――――では、これからはお嬢様のことはリリールと呼んでも良いでしょうか……。それに、これからも俺のことはジェラルドと呼んでください」
名前で呼ばれた瞬間、初めてジェラルドの顔がはっきりと見えた気がした。
攻略対象だった、王立学園の誰よりも私好みの顔であることを認めたくなかった。
どうして、今までこんなにジェラルドのことを認識できていなかったのかとても不思議に思えた。
――――出会った瞬間に、運命の人なら分かるはずだと思っていた。
こんな近くにいたなんて、離れる瞬間になって初めて大事すぎて関係が壊れるのが怖かったことに気がつくなんて。
「待っていてください」
なぜか、ジェラルドはそんなことを言った。
今までの関係から、私の今後を心配してくれているに違いない。
私は、フェリシアン男爵家に戻ることになった。
戻ったとたん、閉じ込められるみたいに自室に鍵をかけられた。
今度こそ、男爵家……というより放蕩三昧の継母と義理の妹のためどこかに嫁がせる気なのだろう。
「でも、もういいわ。運命の人なんて、いたとしても結ばれる幸運なんてそうそうないのだから」
やっと、ここまできて、私にとっての運命の人が、ジェラルドだったことに気がついた。
今更気がついても、もう遅い。
男爵家程度の令嬢が、侯爵家の人間の近くに行けるはずがない。
王立学園の環境が特殊なだけなのだ。
貴族社会に生きてきた私は、いくら前世の記憶があるのだとしても、そのことをよくわかっていたはずではないか。
誰かを悪役令嬢にしてしまうなんて嫌だ。
でも、そうしなければ貧乏男爵の、しかも血のつながった家族のいない令嬢の行く末なんて決まりきっているのに。
そんなある日、食事と少しの日光浴、それ以外では開かれることの無い扉の鍵が開かれた。
そこに立っていたのは、見違えるほど凛々しく装いを整えたジェラルドだった。
「やっぱり、こんなことになっている……」
私の手が強く引かれる。
「婚約者のいない貴族子息なんて、この年になったらいませんよ?」
「そうよね……。ところで今日はどうして」
「――――いくら美しさと聡明さを兼ね備えていても、相手を出し抜けなかったら生きていけないんですよ?」
「それはそうかもしれないわね……」
それが、一般論というやつだろう。
「ジェラルドは上手くやっているの? でもきっと、優秀なあなたなら大丈夫よね」
強く引かれたせいで、そのままジェラルドの胸に飛び込むみたいになってしまった。
いったい、何をしに来たのだろう。侯爵家を継ぐ人間が、こんな風に男爵家に来るなんておかしいのに。
「俺なんてどうですか……。もちろん婚約者はいません」
「え?」
「リリールと婚約するために、邪魔をする人間には全員社会的な弱みを突き付けてやりましたから」
「は?」
「王太子も、公爵家の後継者も、子爵家の最年少騎士も、王立学園時代につかんだ情報を少々ちらつかせたら味方になってくれました」
そのまま私は、攫われるみたいに侯爵家に連れていかれた。
そこで、なぜか顔色の悪い侯爵様に歓迎された。
しかも、数日と経たないうちに王太子殿下や公爵子息、騎士の子爵家長男やその婚約者たちから婚約を祝う手紙や贈り物が山ほど届いた。
「――――俺のことなんて、目に入っていないことを知っています。でも、あきらめられない。誰かに嫁がなくてはいけないなら、俺でもいいでしょう?」
「ジェラルド……あなた、勘違いしているわ」
「リリール……」
「私の好きな人は、あなたなのに」
今度こそ私は、大好きなジェラルドの腕の中に自分から飛び込んだ。
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