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8. 失敗

 

 エレナはシンクレア家で奴隷のように扱われていた時の夢を見ていた。


「ほんっと使えないわね」

「申し訳ございません」


 エレナは床に伏して謝っていた。

 姉が好意を寄せている男性に送るハンカチに刺繍をしていたのだが、どうやら気に入らなかったようだ。


「こんなダサいのあげられるわけないじゃない」

「申し訳ございません」


 それなら自分で縫えばいいじゃない、なんて口が裂けてもいえるわけがない。姉は裁縫が苦手なのだ。自分はできないのにエレナを責める。だが、エレナがもっと上手く縫っていれば怒られなかった。だから、エレナにとって姉の怒りは理不尽なものではなかった。これは自分が悪いのだ。エレナはただひたすら謝った。それしかエレナにできることはなかったから。謝ることしか許されない。それ以外を口にすれば怒られる。


 そんな私をお父様とお母様が軽蔑した目で見下ろしていた。



『お願いだからその目で私を見ないでっ!!』



 そこでエレナは目を覚ました。

「はあはあ」

(夢、か)


 エレナの顔にはうっすらと汗が滲んでいた。夢で見た父と母の目は昨日リヒトから向けられたものと全く同じだった。

(陛下と顔を合わせずらいわ)


 エレナが水を飲もうと部屋を出ると、ちょうどリヒトが部屋から出るところだった。

「あ、陛下。お、おはようございます。その、昨夜は申し訳ございませんでした」


 しかし、リヒトはエレナの言葉を無視して部屋をでた。

(そう、よね。私、もう完全に嫌われてしまったんだわ)


 部屋を出たリヒトは、昨日の夕食の時のことを思い出していた。夕食を食べ終えた後、エレナは倒れた。今までにも何度かこんなことはあった。興味を惹こうとわざとリヒトの肩に寄りかかるようにして倒れる者が。それを見るたびそんなことをしてまで好かれたいのかと軽蔑した。リヒトはエレナはそんなことをしないんじゃないかと少し期待していた。しかし、昨日の姿を見て幻滅した。やはり、女はみんな同じなんだ。リヒトは少しモヤモヤする気持ちを抑え込んで仕事に励んだ。


 一方、エレナは必死に考えていた。なんとか陛下に嫌われる前のような関係に戻る方法はないかと。その時クリスタから、陛下はあまり夕食を召し上がらないと言うことを聞いた。多忙のため食べる時間がないそうだ。これだと思い、その日の夕方からエレナは王宮の厨房を借り、リヒトのために野菜たっぷりの栄養満点のスープを作った。

(忙しくてもスープならきっと召し上がっていただけるわよね)


 王宮の厨房にはたくさんの調味料があったが、見たこともないものばかりだったため味付けは非常にシンプルなものになった。それでも味見した時は今まで作ったどの料理よりも美味しかった。


 エレナは完成したスープを持って執務室に向かった。執務室の場所は完璧に覚えている。

 しかし、いざ部屋の前にくると緊張してきた。もしまたあの、軽蔑した目で見られたらと思うと怖くてたまらない。それでも、このスープを食べてくれたら前みたいな関係に戻れるんじゃないかと、考えると勇気が出てきた。それに、やはり夕食を抜くのは体に悪い。エレナは決意を固めドアをノックした。


「入れ」

「し、失礼します」


 リヒトはエレナが入ってきたことに驚いた。この時間にこの部屋に入ってくるのはアーサーしかいないと思っていたからだ。


「なんのようだ」

「あ、その、夕食を召し上がっていないと伺ったのでスープを作ってきたのですが、宜しければ召し上がっていただけないでしょうか?」

 エレナは、嫌われているからてっきり無視されると思っていた。

「それはお前が作ったのか?」

 だが、リヒトは返事をしてくれた。自分の作ったスープに興味を持ってくれた。そのことがとても嬉しかった。

「はいっ、陛下のお口に合うかは分かりませんが」

「はぁ。そんな嘘をついてまで俺に好かれたいか?」

「え? う、嘘?」

「侯爵家のお前が自分で料理なんか作れるわけないだろ? どうせ使用人に作らせて、さも自分が作ったように言っているんだろ? くだらん」

「え、いや、これは」

「うるさい!! 俺は媚びを売ってくるやつが嫌いだって昨日いったばっかりだよな? 分かったらそれ持ってとっとと下がれ」

「も、申し訳ございませんでした」

(ああ、私またやってしまったんだわ)


 1人で冷めたスープを持って厨房に戻った。

(そうよね。普通の侯爵令嬢が料理を作れるわけないもの)

 それにこんな誰が作ったかわからないものを陛下であるリヒトが口にするはずがない。少し考えればわかることだった。


「せっかくの食材も無駄になってしまったわね」

 エレナは料理長から食材を分けてもらっていた。そして5時間もかけてリヒトのためだけにスープを作った。


(ああ、だめだ)

 もう涙なんか出ないと思っていたのに。あの家にいたときは、使用人に殴られようがお姉様やお母様に暴言を吐かれようが涙なんて出なかった。

(もう悲しい、辛いなんて感情無くなっていたと思ったのに)


 もしかしたらここならエレナの存在を認めてくれるのではないかという淡い期待を抱いていた。期待なんかしても無駄なのに。エレナは厨房でしばらく泣いてから部屋に戻った。


 その日もエレナはリヒトの帰りを待った。そして、もう余計なことはしないと心に決めた。その日も遅くにリヒトが帰ってきた。

「おかえりなさいませ。先ほどは出過ぎた真似をしてしまい申し訳ございませんでした」

 頭を下げて謝るエレナをリヒトは無視して寝室に入った。


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