7. 嫌われたくなかった
部屋に近づくとアーサーが不思議そうな顔をしていた。
「どうした?」
「いえ、陛下とエレナ様のお部屋がまだ電気がついているので」
「本当だな。電気をつけたまま寝たんだろう」
部屋の前につきアーサーが扉を開けた。すると、そこにはエレナが立っていた。
「お、お帰りなさいませ、陛下」
「なんだ、まだ起きていたのか」
(なんでこいつこんな時間まで起きてるんだ? 牢に閉じ込めたことを怒るのか。夕食を一緒に食べなかったこと怒るのか。どっちにしろ無視だ)
「あの先程は申し訳ございませんでした。お休みのところ陛下のお部屋に勝手に入ってしまって。明日からこのようなことはないよう十分気をつけます」
そう言ってエレナは深く頭を下げた。
その姿にリヒトは驚いた。貴族の令嬢が頭を下げて謝る姿なんて初めて見た。
「あ、ああ。次はないぞ」
「はい。ありがとうございます」
許してもらえたことが嬉しくてエレナは笑顔でお礼を言った。
「もう寝る」
「おやすみなさいませ」
エレナは心の底からホッとした。
(よかった。怒ってはいないみたい)
エレナは電気を消して寝室に入った。予想通りふかふかなベッドだったものの緊張であまり寝ることはできなかった。
翌朝早くに、物音を聞いてエレナは目が覚めた。部屋を出るとリヒトがお風呂に入っているところだった。
(そうよね、昨日は夜遅くに戻ってこられたんだもの)
本当はコーヒーや紅茶を用意できればよかったのだが、あいにくこの部屋には何もない。エレナがリヒトにしてあげられることは何もなかった。
頭を悩ませていると、ノック音がして誰か入ってきた。
「エレナ様、お目覚めでしたか。勝手に入ってしまい申し訳ございません」
「アーサーさん」
どうしたんですかと聞こうとした途端、お風呂場からリヒトの声が聞こえてきた。
「アーサー」
「はい、今お持ちします」
そう言ったアーサーさんの手の上にはリヒトのものと思われる着替えがあった。
「こちらをどうぞ」
「誰かと話してたのか?」
「はい、エレナ様が起きていらしたので」
「そうか」
少しして、リヒトとアーサーが出てきた。
「陛下、おはようございます」
「ああ」
それだけいうと、リヒトとアーサーは部屋から出て行った。
部屋をでたリヒトは昨日2人が言っていたように、いつもの婚約者と違うような気がしたが、どうせ皮をかぶっているだけだろうと考えた。貴族の女があんなに大人しいはずがないからだ。
エレナは今日の夕食に向けて最低限食事のマナーだけは確認しておきたかった。しかし、文字が読めないためクリスタに教えてもらうことにした。クリスタは訝しんだものの何も聞かずに丁寧に教えてくれた。クリスタはエレナが何か訳ありだということは確信していた。しかし、まだ心を開いてくれてないので何も尋ねることができずにいた。
今日も着替えはエレナ1人でした。髪は昨日と同じようにクリスタに結ってもらった。そして食堂で待っていると、正装姿のリヒトが現れた。その姿にエレナは見惚れてしまった。こんなにかっこいい方は今まで一度も見たことがない。しかし、その姿を見るとやはり自分では釣り合わないと改めて思い知らされた。
2人が椅子に座ると食事が運ばれてきた。2人の間に会話はなかった。エレナは誰かと食事を取ること自体が久しぶりで、しかもその相手が陛下であることにとても緊張しており会話をする余裕なんてなかった。
一品目を食べ終えたエレナはすでにお腹いっぱいだった。でも、残すのは失礼だと思い必死で食べ続けた。しかし、食の細いエレナはもう限界だった。ひどい腹痛に襲われたが、必死に取り繕った。食事の途中で抜けるわけにはいかない。途中で抜けることはその人とこれ以上食事をしたくないと言うことを暗に示している。
「エレナ様、顔色が良くありませんが大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。ありがとうございます」
それから、料理には手をつけれなかったが食事はなんとか終わった。
陛下が立ち上がったのを見て、エレナも立ち上がったのだが、すぐに倒れてしまった。
「エレナ様!!」
クリスタがすぐに駆け寄ってくれたが、リヒトはそんなエレナを冷めた目で見た。
「前にもいたな。俺に心配して欲しいからとわざと体調の悪いふりをする奴が。先に行っておくが俺はそうやって媚を売ってくるやつが大っ嫌いだ。分かったら二度とするな」
「陛下、お言葉ですが」
「も、申し訳ございません」
クリスタの言葉を遮ってエレナは床に伏して謝った。怒られたら謝る。エレナはいままでそうやって生きていたのだ。
リヒトはエレナを軽蔑した目で見て、部屋をでて行った。
「エレナ様、どうして!?」
「ああ、私陛下にも嫌われてしまったわ。やっぱり私のことを愛してくれる人なんていないわよね」
そう言うエレナの顔は笑っていたもののひどく寂しそうな顔をしていた。
あの後気を失ってしまったエレナを部屋に運び寝室に寝かせた。そして、そのままでは苦しいだろうと思い着替えさせようとして、クリスタは見てしまった。触ったら折れてしまいそうなほどか細い腕、傷だらけの体。クリスタは身を引き締められる思いだった。一体彼女の身に何があったのだろうか。