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6. 普通ではない

 

 危なかった。エレナの体には使用人から受けた暴力の跡がたくさん残っている。それをクリスタに見られるわけにいかなかった。


 しかし、クリスタを追い出したのはいいものの、1人でこんな立派なドレスを着たことはない。お姉様や、お母様が着替えるのを手伝ったことがあるだけだ。試行錯誤しながらもなんとか着ることができた。


「クリスタさん、着替え終わりました」

「では、髪を結わせていただきますね」

「そ、そうですね。お願いします」


 髪は自分ではうまくできないのでクリスタにお願いすることにした。しかし、クリスタはエレナの髪を触った瞬間違和感を覚えた。侯爵令嬢なのになぜこんなに髪に(つや)がないのか。それに毛先は全く整っていない。まるで自分で切ったかのように。しかし、エレナはそのことに触れてほしくないのだろう。先ほどから目線があちこちに彷徨(さまよ)っている。だからクリスタは何も言わず髪を結った。


「エレナ様、終わりました。アクセサリーはドレスの色と合わせてこちらとかいかがですか?」

「あ、じゃあ、それでお願いします」


 慣れないドレス、慣れないヒールを履き食堂へと向かった。

(緊張する。とりあえず陛下の食べ方を真似て食べるしかないわね)


 しかし、いくら待っても陛下は食堂にやってこなかった。

「エレナ様、申し訳ございません。陛下は急な仕事が入ってしまって、今日は一緒に夕食が取れないとのことです。大変申し訳ないのですが陛下との夕食は明日にさせていただいてもよろしいですか」

「そうですか、わかりました」


 正直エレナはホッとしていた。

(ちょうどよかったわ。これで少しはマナーを覚えられる)


 目の前のテーブルの上には少し前から載せられてすっかり冷めてしまった料理が並んでいる。

「エレナ様、すぐに新しい料理をお持ちしますので少々お待ちください」

 そう言って、使用人が料理を下げようとしたのでエレナは止めた。

「いえ、このままで構いませんわ。せっかくの料理がもったいないですもの」


 こんなに豪華な料理でも冷めてしまったらきっと捨てられるのだろう。陛下と婚約者が食べるつもりだった料理を使用人が食べるはずがないからだ。しかし、そんなもったいないことエレナにはできなかった。冷えているのは慣れているし、新しいのを持ってきても食が細いエレナはほとんど食べることができない。それに今から作るのはきっと料理人の方も大変だろう。


「ですがもう冷えてますので、無理に召し上がられる必要は」

「大丈夫です」

 そう言ってエレナは一口食べた。

「まあ、とっても美味しいですわ。さすが王宮の料理人ね」


 そう言って、食べ始めたエレナを周りの使用人は止めることはできなかった。

 しかし、エレナはすぐに手を止めた。

「エレナ様? どうかされましたか? やはり新しいのを」

「いえ、本当にごめんなさい、こんなに残してしまって。とってもおいしかったんですがもうお腹がいっぱいで。ごちそうさまでした」


 エレナが食べた量は本当に少しだった。どの料理も一口しか食べていない。これを見た使用人は全員美味しくなかったから残したんだろうと思った。まさか本当にお腹いっぱいになったとは誰も思いもしなかった。


 夕食を終えた後、エレナはクリスタと一緒に部屋に戻った。

「クリスタさん、今日はありがとうございました」

「い、いえ」


 今まで陛下の婚約者から怒られることはあっても感謝されたことはなかったので、クリスタは驚いた。それに、今日牢に閉じ込められていたことに対してクリスタを一言も責めないのだ。普通なら、あんたのせいだと罵られるところだ。なのに、怒るどころか感謝された。今日の夕食に関してもそうだ。婚約した当日は必ず一緒に夕食を取るものだ。普通の令嬢であれば声を荒げて怒鳴り散らしても仕方がないとさえ思う。それなのに感謝するエレナを見てクリスタは、エレナの過去になにかあると思わずにいられなかった。


 部屋に1人になったエレナは陛下が帰って来るのを待っていた。今日のことも謝りたかったし、挨拶も無しに先に寝るのは失礼だと考えたからだ。しかし、12時を過ぎても戻ってくる気配はなかった。エレナはいつも夜中の2時ぐらいまで起きているので全然眠くはなかった。それにたまに一睡もできない時もある。できないのではなくさせてもらえないのだが。だから、夜遅くまで起きていることは慣れている。




 深夜2時――

 リヒトはようやく仕事を終えた。リヒトが伸びをした瞬間、扉をノックする音が聞こえた。

「入れ」

 こんな時間にこんなタイミングに入ってくるのは、アーサーしかありえない。リヒトの予想通り扉から紅茶を持ったアーサーが入ってきた。


「陛下、お疲れ様です」

 そう言って、カモミールティーを渡してきた。アーサーの入れる紅茶は格別に美味しい。

「ああ、ちょうど紅茶が飲みたかったところだ。さすがアーサーだな」

「お褒めに預かり光栄です」

「そういえば、今日から新しい婚約者が来てるんだったな。どうせ間違えて牢に入れたこととか夕食を一緒に食べなかったことを怒るんだろうな。どいつもこいつも自分は優遇されて当然だと思ってやがる」

「エレナ様はそのような方ではないように思います」

「お前もそう言うのか。クリスタも今までの婚約者と違うとか言ってたな。まあ、俺にとってはどうでもいいことだが」

 そう言って紅茶を一気に流し込んだ。


「お前も遅くまですまないな」

「いえ、このくらい当然です。それより、お部屋まで送らせていただきます」

「ああ、助かる」


 リヒトは何年もこの王宮に住んでいるのにいまだに部屋がどこにあるのかわからない。なんでもできる完璧な人なのだが、唯一の欠点はとんでもないほど方向音痴であることだ。なので、いつもアーサーに部屋まで送ってもらっている。


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