38. サプライズ
リヒトときちんと話せたこと、そしてこれから王宮で住むことになったとサラたちに伝えると、2人とも喜んでくれた。そして幸せそうなエレナの顔に安心した彼らは、街へと帰って行った。
リヒトの正式な婚約者となったエレナは、王妃になるために忙しい日々を過ごしていた。エレナには学ばなければならないことが山ほどある。普通の令嬢ならできて当然の言葉遣いや仕草など、ゼロから学ばないといけない。毎日朝早くから夜遅くまで勉強に明け暮れていた。大変なこともあるけど、いろんな人と交流できて充実した日々を送っていた。
そんな生活が始まって、2週間ほど過ぎたある日。
「はぁ」
エレナは何度目かわからないため息をついた。
「エレナ様、最近あまり元気がないようですが何かございましたか? それに今日は朝から何度もため息をつかれていらっしゃいますし、悩み事でもございましたら遠慮なくおっしゃってください」
「どうしてクリスタって私の思ってることがわかるの? そんなにわかりやすいかしら」
「ずっと一緒にいるとなんとなくわかってくるものですよ? ただ陛下は気づいていらっしゃらないと思いますが。ところで、エレナ様のお悩みは陛下のことですか」
「クリスタに隠し事はできないわね。あなたの言う通り、陛下のことよ。なんだか最近、陛下に避けられているような気がするの」
「どうしてそう思われるのですか?」
「だって、この前大きな戦が終わってお仕事も落ち着いたはずなのに、なかなか一緒に過ごす時間がないのよ。前は忙しくても時間を作ってくださったのに」
「なるほど、つまりエレナ様は陛下に会えなくて寂しいのですね」
クリスタはエレナをからかうように言った。
「そ、そんなことないわ」
エレナは恥ずかしさからそっぽ向いた。クリスタはそんなエレナを見ながら微笑んだ。
「心配しなくても陛下はいつだってエレナ様を想っていらっしゃいますよ。このクリスタがいうのですから間違いありません」
確かにクリスタは昔からリヒトに仕えている。そのクリスタが自信満々に言うなら、そうなのだろうと思いダンスの練習を再開した。
その頃リヒトは人生で初めてのことに挑戦していた。
「これでいいのか? いやこっちの方がいいか」
リヒトは広い部屋で1人試行錯誤しながら、ある準備を進めていた。
それから1週間。なかなかリヒトと過ごす時間がなく、エレナは不安な気持ちに駆られていた。
「嫌われてはないわよね?」
部屋に1人でいると、ネガティブなことばかり考えてしまう。不安な気持ちが抑えられず涙が出てきた。
その時、ノック音が聞こえて扉が開いた。
「へ、陛下っ!?」
いつもリヒトは、エレナが起きる前に部屋を出て、寝た後に帰ってくるのでまさかまだ外が明るい時間に帰ってくるとは思わず驚いた。しかし、驚いたのはリヒトも一緒だった。
「エレナ? どうして泣いているんだ?」
その言葉にエレナは急いで後ろを向き涙を拭いた。
「えっと、これは、そのなんでもないです」
「なんでもないのに涙が出るはずないだろう。俺はエレナを幸せにすると誓ったんだ。何か悲しいことがあったのか?」
「それは……」
寂しいなんて言ったらめんどくさいと思われるだろうか。でも、思ってることは言葉にしないと伝わらない。
「その、陛下になかなかお会いできなくて寂しかったんです」
エレナは恥ずかしい気持ちを抑えてそう言った。
面食らったような顔をしたリヒトだったが、その顔はみるみるうちに笑顔に変わった。
「そうか。それはすまなかった。エレナを喜ばすために準備していたことが、まさか寂しい思いをさせていたとは元も子もないな。だが、忙しいのも今日で終わりだ。エレナに来てほしいところがある」
なんだろうと思いながらついていくと、一つの部屋の前に案内された。
「エレナ、この先に俺がずっと忙しくしていた理由がある。喜んでもらえるといいのだが」
リヒトは少し自信なさげにそう言った。
エレナにはこの部屋に何があるのか想像もできなかった。でも、エレナを喜ばせるためにリヒトが一生懸命準備したことだけは伝わってきた。自分のためにしてくれたことならなんだって嬉しい。
エレナはゆっくりその部屋の扉を開けた。
そこには美味しそうな料理がずらりと並んでいて、使用人も大勢いる。さらに部屋は綺麗に飾り付けられている。
「陛下、これは? 何かのお祝いですか?」
「ああ、エレナを祝うためのものだ」
(私の?)
いまいちピンときていないエレナをよそに、リヒトは深呼吸して言った。
「エレナ、誕生日おめでとう!」
「「「エレナ様、お誕生日おめでとうございます」」」
リヒトの後に続くように使用人のみんなも声を合わせて言った。
「誕生日? 私の?」
「ああ、今日はエレナの誕生日だろう? まさか忘れてたのか?」
「いえ、その恥ずかしながら初めて知りました。今まで誕生日を祝ってもらったことないので」
仮に知っていたとしても、この世に生まれたことを望まれていなかった私を祝ってくれる人はいなかった。それにずっと、私なんか『生まれてこなければよかったのに』そう思って生きてきた。私の生まれてきた日なんてめでたいはずがなかった。
それなのに今、目の前には私が生まれてきたこの日を祝ってくれる人がたくさんいる。それが嬉しくて、涙が頬を伝った。
「これからは毎年盛大に祝ってやる」
その言葉に周りにいる使用人も頷いている。
「陛下、本当にありがとうございます。私のために準備してくださって。本当に嬉しいです」
「喜んでもらえたならよかった。料理もきっと気に入ってもらえると思うんだが」
料理に視線を向けると、そこには見覚えのある料理が目に入った。私の大好きな人が作った大好きな料理だとひと目見て気づいた。
「これって、もしかして?」
「ああ、彼らにも協力してもらった」
そこには半年ぶりに会う大好きな人の姿があった。
「お母さん、お父さん!!」
「エレナ、誕生日おめでとう。ちょっと見ないうちにまた綺麗になったわね」
「エレナ、生まれてきてくれて、俺たちと出会ってくれてありがとう」
彼らの言葉に収まったはずの涙がまた頬を伝う。
「2人ともありがとう」
それから、祝ってくれた使用人全員にお礼を言った。その様子をリヒトは離れたところから見ていた。
「陛下、エレナ様のところに行かれないのですか?」
そばにいたアーサーにそう言われるが、リヒトはエレナのところに行く気はなかった。
「俺が行くと雰囲気が悪くなるだろ? せっかくエレナが楽しそうにしてるんだ。俺が行かない方がいい」
最近のリヒトは柔らかくなり、リヒトのことを怖いと思っている人はほとんどいないだろう。それでも、リヒトはこの国の王である。使用人にとって気軽に話せる存在ではないのだ。
アーサーもそれがわかっているのか、それ以上は何も言わなかった。




