37. 初めての気持ち
エレナは落ち着かない様子でリヒトが来るのを待っていた。何からどう話せばいいのか。口下手なエレナは悩んでいた。その時、少し控え目なノック音が聞こえてきた。エレナは一度深く深呼吸して、返事をした。
すると、扉から少し呼吸を乱したリヒトが入ってきた。
「陛下、お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだな」
リヒトは少し気まずそうに目を逸らした。
「本日は助けていただいてありがとうございました」
エレナは門のところで助けてもらったことのお礼を言った。
「あれは助けたうちには入らないだろう。そもそも俺の伝え方が悪かった。エレナの両親にはひどいことをしてしまったと思ってる」
「いえ、私のこを思ってくださり嬉しかったです」
エレナがそう言うと、リヒトは黙ってしまった。
(どうしよう。私、なにか変なことを言ってしまったかしら)
そう思うと、エレナは何も言えなくなってしまった。もし否定されたら、もし拒絶されたら……。エレナは震える手をきつく握りしめた。部屋の中は沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのはリヒトだった。
「ずっと気になってたんだが、エレナはどうして王宮にきてくれたんだ? 俺が寝ている間にも一度来てくれたって聞いたんだが」
エレナは話かけてくれたことにホッとしつつ、リヒトの質問に答えた。
「それは、私のせいで陛下が傷を負ってしまったので謝りたくて。それに陛下が私を助けた理由をお聞きしたかったんです」
「そんなの俺にできることをしただけだ。俺にはエレナを幸せにすることはできない。その資格もない。でもエレナの幸せを守りたかった。それだけだ」
「私の幸せ?」
「ああ、俺にはエレナを笑顔にすることはできなかった。それどころか、酷い目に合わせてしまった」
(確かにここではあまり笑っていなかったような気がする。最初は何もかもが怖くて、ただ嫌われないようにするので精一杯だった。でも、辛いことばかりじゃなかった)
「私、陛下に好きだって言われた時とっても嬉しかったんです。ずっと誰かに好きだって言って欲しかった。愛して欲しかった。でも、嬉しさ以上に怖かったんです」
「怖い?」
「はい、いつか私のことを好きじゃなくなる日が来るんじゃないかと。それが怖くて王宮を逃げ出したんです。私なんかがシャーロット様に勝てるはずありませんから」
「俺のことが嫌いだから、俺に好きだって言われたのが不快だから出ていったんじゃないのか?」
「えっ?」
「だって、俺が好きだって言った日からエレナの様子がおかしくなったから、てっきり嫌だったのかと」
「それは、その、戸惑っていたんです。気持ちの整理がつかなくて」
「なんだ、そうか。そうだったのか」
リヒトは心底嬉しそうにそう言った。
「ん? そう言えばどうしてシャーロットが出てくるんだ? 彼女は関係ないだろう」
「それは、シャーロット様は頭も良くてとてもお優しいから、陛下のお気持ちがシャーロット様に移るんじゃないかと。それにお二人はとてもお似合いですし……」
そう言うと、リヒトは意地悪な笑みを浮かべながらエレナを見た。
「なるほど、エレナはシャーロットに俺を取られるんじゃないかと心配してたわけだ」
はっきりそう言われてエレナは耳まで真っ赤にした顔を背けた。そんなエレナをリヒトは愛おしそうな目で見つめた。
「エレナ、もし良かったらその、ずっとここにいてくれないか?」
「えっ?」
「いや、その、もちろん強要するつもりはない。俺はエレナの気持ちを尊重したい。だから嫌なら断ってくれても構わない。だが、俺はこれからの人生をエレナと一緒に歩みたいと思っている。誰よりも大切にするし、絶対に辛い思いはさせないと誓う。だから」
後ろを向いているエレナの正面に回り込んだリヒトはそこで言葉を止めた。
エレナが大量の涙をこぼしていたからだ。
「エ、エレナ!?」
「いいん、ですか? 私、なんかで」
「なんかじゃない。俺はエレナがいいんだ。エレナを傷つけた分、俺の全てで必ず幸せにする。絶対に嫌な思いはさせない。だから一緒にいてくれないだろうか?」
エレナは泣きながら、頷いた。
「私の方こそお願いします」
「良かった。断ってもいいなんて言ったが、正直断られていたら立ち直れなかったしれない」
「実は、私も今日陛下のおそばに居させて欲しいとお伝えするつもりだったんです」
「なんだ。そうだったのか。それならもう一度きちんと言わせてほしい」
そう言ってリヒトは跪き、エレナの手を優しくとった。
「世界で一番、君を幸せにすると約束する。だから俺と結婚してください」
エレナは顔を綻ばせて言った。
「はい、喜んで」




