34. 謝罪
「嘘だ!! そんなの作り話だろ? まさかそんな、そんなはず」
ヘンリーは膝から崩れ落ちた。
「いえ、決して作り話などではありません。陛下のお言葉は全て事実です」
そう言いながら部屋に入ってきたのはルイスだった。しかし、かなり傷が深いようでふらふらと歩いている。それを見たアーサーは素早くルイスを支えた。
「だったらどうして噂をそのまま放っておいたんだ? 本当のことを話せば良かったじゃないか。そんな事情があったって知っていたら、俺だってこんなことしなかった」
「もちろんそれが可能ならそうすべきでしょう。しかし、本当のことを話しても噂が広まってしまった以上誰も信じてはくれません。それほど噂とは恐ろしいものです。それに陛下がご両親を殺めてしまったことは事実ですし、陛下の話が事実だという証拠がないので、きっと誰も信じないでしょう」
「別に今は信じてくれなくてもいい。だが俺はもう間違えない。あの時とは違って俺には信じてくれる人がたくさんいる。だからどうかもう一度騎士団に入ってこの国を守ってくれないだろうか?」
リヒトはヘンリーにそうお願いした。
ヘンリーは少し考えた後、覚悟を決めた顔で言った。
「分かった。俺も2度と過ちを犯さないと誓う。そして命をかけてこの国を守る。かつてそうしていたように」
その言葉にリヒトは頷いた。
それから和解の済んだ彼らは王宮の片付けに追われた。あれだけ大きな事件だったにもかかわらず死者はほとんどいなかった。今回の彼らの襲撃は元騎士団の人たちとリヒトを恨む一般の人たちで構成されていたようだった。元騎士団の人たちは、リヒトを殺すことが目的だったのでなるべく殺さないようにリヒトの部屋まで来たようだ。その証拠に国民に被害が及ばないように逃したのも彼らだった。彼らの国民を思う気持ちは消えてなかったようだ。
エレナはその日、かつて王宮で過ごしていた時に使っていた部屋で寝ることになった。初めてここにきた時から一年が経とうとしていた。
(もし、陛下との婚約がなかったら私はどうなっていたんだろう。あの地獄のような家で、ずっと苦しい思いをしながら生きていたのだろうか。あるいは、生きることを諦めていたのかもしれない)
そう思うと、あの時ここにきてよかった。ここにきてからも辛いことはたくさんあったが、少なくとも今のエレナは幸せだった。
エレナが物思いにふけっていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。開かれたドアから姿を現したのはクリスタだった。
「エレナ様、お飲み物をお持ちしました」
「ありがとう」
エレナは、久しぶりに顔を合わせたクリスタとゆっくり話した。
「クリスタ、あの時逃げるように王宮を出てごめんなさい」
「いえ、エレナ様がご無事でいらっしゃっるならそれでいいんです。それより今回、相当無茶されたと聞きました。お怪我もされたと」
「みんなが守ってくれたから怪我はそんなにひどくないわ。でも、みんなにはたくさん迷惑をかけたわ。私を守りながら戦っていたから。だから私もみんなを守りたかったの」
「エレナ様、強くなられましたね」
「強く、なったかしら」
「ええ、見違えるほど」
自分ではよくわからないが、クリスタがそういうのなら強くなれたのかもしれない。
きっとシンクレア家にいた頃の私なら、何もできなかっただろう。そんな私を変えてくれたのは、お父さん、お母さん、クリスタ、エマ、それから――。
エレナがそんなことを考えていると、不意に部屋の扉が開いた。
「へ、陛下!?」
「エレナ、まだ起きていたのか」
まだ帰ってこないと思っていたのでリヒトと話す心の準備ができていなかった。
「お、おかえりなさいませ」
「ああ、ただいま」
2人は自然と微笑んだ。
「それでは邪魔者は退散いたしますね」
そう言ってクリスタは出て行った。
「懐かしいな。あの時は毎日こうしてエレナが迎えてくれていたよな。その、今更だがあの時無視して悪かった」
「いえ、陛下に嫌われることをした私が悪いんです」
「それは違う。エレナは何一つ悪くない。悪いのは俺だ。こんなことで許されるとは思っていないが、謝らせてくれ。すまなかった」
そう言ってリヒトは頭を下げた。
「へ、陛下。頭をお上げください!! 私は陛下のこと怒っても恨んでもいませんから」
リヒトは優しい笑みを浮かべて言った。
「エレナはいつだって優しいな。もし過去に戻れるなら、あの時の自分を殴ってやりたい。そして、エレナを大切にしろって怒りたい。そんなこと願っても今更どうしようもないけどな」
リヒトはひどく後悔した顔でそう言った。
「そんなことないです。陛下だって私を命懸けで守ってくださったじゃないですか? あの時は本当にありがとうございました」
エレナはリヒトに感謝したが、リヒトは申し訳なさそうな顔をした。
「本当は未然に防げれば良かったんだけどな。ずっとシンクレア家の者を見張らせていたんだ。でも、見失ってしまって結果エレナに怖い思いをさせてしまった。それに俺はエレナに姿を見せるつもりはなかったんだ。せっかく幸せになれたのに、俺を見ると嫌なことを思い出すと思ったから」
「陛下……」
(そこまで私のことを思っていてくださったなんて知らなかった)
エレナは心が温かくなるのを感じた。
「それから俺はエレナの本当の気持ちにも全然気づけていなかった」
「私の本当の気持ち?」
「ああ、シャーロットから俺と婚約して欲しいってエレナに言われたと聞いた。俺の気持ちを一方的に押し付けてしまってすまなかった。エレナ、王宮には好きなだけいていいし、帰りたくなったら馬車を用意させて送らせるからいつでも言ってくれ。それじゃ、おやすみ」
リヒトはそれだけ言って寝室に入っていった。
「あっ!!」
(言えなかった。私が逃げ出した本当の理由)
エレナは呼び止めようとして上げた右手をそっと下ろした。




