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14. 思い出す恐怖

 

 王宮に着いても、リヒトがエレナを抱え部屋に連れていった。使用人が運ぶと声をかけてもリヒトは決してエレナを手放さなかった。それは王宮に仕えている人からしたら、異様な光景だった。今まで婚約者に興味すら示さなかったのに、自ら取り戻しに行き、ましてや抱きかかえているなんて考えられなかった。


 リヒトは誰にもエレナを触らせたくなかったのだ。特に自分以外の男に触らせるわけにはいかない。

 リヒトはエレナを寝室に寝かせ、着替えはクリスタに頼んだ。


 その後、リヒトは執務室に向かった。今日一日、ほとんど仕事に手をつけていない。しかし、この状況で仕事なんてできるわけがなかった。迎えに行った時のエレナの怯えた顔が頭から離れない。リヒトはエレナをあんな目に合わせたシンクレア家の人、そしてエレナを買ったやつも許せなかったが、何よりエレナを手放した自分自身が一番許せなかった。


(くそっ! 俺はあいつの笑顔が見たかったのに)


「陛下。大丈夫ですか?」

「あ、ああ」


 リヒトはアーサーが入ってくるのも気づかないほど、思い詰めていた。

「すまない。今日はもう休む」

「かしこまりました。それではお部屋まで送ります」

「ああ、頼む」


 せっかくエレナを取り戻したのに、部屋に戻っても笑顔で出迎えてくれることはない。エレナの顔が見たくなってリヒトは寝室を覗いた。その時、エレナが少し苦しそうに唸っていた。

「うぅっ、はぁはぁ」

「エレナっ!! 大丈夫か!?」


 呼びかけたもののエレナが目を覚ますことはなかった。しかし手を握ると少し落ち着いたようだ。もう苦しそうな顔はしていなかった。リヒトはエレナの瞳から流れた涙を優しく拭った。エレナの赤く腫れた顔は包帯によって隠されていた。しかしそれがさらに痛々しく見えた。

「すまない。お前は他の奴らとは違う。そんなこと最初から分かっていたのに、俺はお前を、エレナを手放してしまった」


 リヒトはエレナの手を握りしめながらつぶやいた。



 翌朝、リヒトが目を覚ますとエレナの手を握ったままベッドのそばに座っていた。

(このまま寝てたのか)


 リヒトはぐっすり眠っているエレナの顔を見て部屋をでた。昨日はほとんど仕事をしていないので仕事が山積みだ。エレナのことはクリスタに任せて仕事に集中した。


 エレナのことを任されたクリスタは、エレナが起きてくるまで待っていた。しかし、昼近くになってもなかなか起きてこないので、寝室をノックした。

「エレナ様。起きていらっしゃいますか?」


 しかし、返事はなかった。不安に思ったクリスタは失礼だと思いながら寝室の扉を開けた。するとそこにはベッドの隅で毛布にくるまり震えてこちらを見ているエレナがいた。

「エレナ様。お食事をお持ちしました」

 そう言いながら部屋に入ると、エレナは一層怯えた。

「お、お願い。来ないで」

「エレナ様、私です。クリスタです」

「クリスタ?」


 初めて会った時もクリスタに対して怯えていたが、あの時はここまでひどくはなかった。奴隷にされていたと聞いていたのでおそらくろくな食事は食べていないはずだ。なんとしてでも食べてもらわないと。初めて見た時から細かった腕は、より細くなっている気がした。



「ここは、王宮? 私、どうして?」

 エレナはようやく我に帰ったようだ。

「昨夜陛下自らエレナ様を取り戻しに行かれたんです」

「陛下が」

 その時エレナは昨夜、陛下の手を振り払ったことを思い出した。

「どうしよう。私陛下に失礼なことをしてしまったわ」

「陛下は気にしていないと思いますよ。それより食事を召し上がって少しでも元気な姿を陛下にお見せしてあげてください」

「ええ、ありがとう」


 エレナはゆっくりご飯を食べた。二日間なにも食べていなかったので、胃に負担をかけないように。

「エレナ様、このあとどうされますか?」

「そうね。この時間陛下はお忙しいだろうから今行くと迷惑よね。陛下が戻られるまで待つことにするわ」

「わかりました。では私も一緒に待っていてもよろしいでしょうか?」

「え? もちろんいいけど」

「ありがとうございます」


 その言葉通りクリスタはリヒトが戻ってくるまで、エレナと話し続けた。少しでもエレナのそばにいたい、支えになりたいという思いからだ。


 2人で話していると、エレナの寝室の扉が開いた。

「エレナ?」

「へ、陛下!!」

「目が覚めたんだな。その」


「すまなかった」

「申し訳ございませんでした」


「どうしてエレナが謝るんだ?」

「え? 私は昨夜の無礼を。それより陛下はどうして私なんかに?」

「俺がお前を手放さなければ、あんな目に遭うことはなかった。俺の責任だ」

「そんな陛下はなにも悪くないです」

「それでも、謝らせてくれ。すまなかった」

 そう言った後、リヒトはエレナの手を握った。

「もう、この手を離さない」


 しかし、エレナはなにも言わなかった。

「どうした?」

 リヒトはエレナに近づき、顔を覗き込んだ。その時見たエレナの顔は恐怖に染まっていた。


「いや。離してっ!!」

「エレナ?」

「エレナ様」

「やめて、触らないで」


 エレナは男性に触られると、無理やり犯されていたことがフラッシュバックしてしまったのだ。それは当然男であるリヒトも例外ではなかった。


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