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第57話 仲間の悲運

「すまない、クリス!」


 宿に帰って食堂でオリアナを待つこと数刻。

 日も暮れた頃にどこか意気消沈して帰ってきたオリアナは、俺の顔を見るやいなや勢いよく頭を下げてきた。


「シオンを見失ってしまった。私の失態だ」


「お、おいおい。別にそこまで気に病むことはないだろ。王都で活動してればどうせまた会えるんだし、その時に話し合えばいいだろ?」


「……すまない」


 あまりにオーバーな謝罪をするオリアナを宥めるが、それでもどこか申し訳なさそうに呟いた。

 なにか訳あり気な様子に見えるが、ここで無理に突っ込んでも解決はしないだろう。オリアナは俺がいない二年間のシオンを知っている。

 今の俺以上にシオンを理解しているのだ。俺からわかったような口を聞くのは違う気がした。


「こっちこそ悪いな。せっかくの息抜きが台無しになっちまった」


「そんなことはないさ。私は十分に楽しめた」


 オリアナは微笑んで言葉を返すと、ひらりと手を振って背を向ける。


「今日は休ませてもらうよ。走りっぱなしで疲れてしまった」


「ああ、お疲れ」


「お疲れ様です、オリアナさん」


「お疲れ」


 食事中のアルテナと一緒に階段をのぼるオリアナの背中を見送り、俺は少しだけ息を吐く。


「シオンの奴、俺を恨んでっかな」


「なぜですか?」


 なにも知らないアルテナが小首を傾げて聞いてくる。

 そう問われれば、俺も俺で理由はわからなかった。

 オリアナは俺に好意を抱いていたが故に俺の脱退に対して怒っていた。なにより俺の脱退したことによって崩壊したパーティーの行方を憂いていた。


 シオンはどうだろうか。

 あいつは冷静で理屈屋だ。

 自分の所属しているパーティーがダメになったとわかればすぐに靴替えしそうなものだが。

 なにもドライな人間と言っているわけではない。あいつには冒険者になって金を稼がなくてはいけない理由がある。

 だからこそ、シオンは俺にレインの除名を提案してきた。いつまでも同じ場所で足踏みをしていられるほど、シオンは時間的に余裕がなかったのだ。


「……まさか」


 そこではたと理由を見つけてしまった。

 シオンが俺を恨む理由なんて一つしかないじゃないか。

 俺が抜けたことで冒険者としてまともに稼げなくなったシオンが未だにあのパーティーに留まっている理由は――。


「っ! オリアナ!」


「クリスさん!?」


 俺は階段をのぼってオリアナの後を追いかける。

 ちょうど部屋に入る直前だったオリアナは俺の剣幕に圧されて後ずさる。


「な、なななんだクリス。……ま、まさか夜這いか! こんな時間から!?」


「いや、違う!」


「違うのか!」


 赤面して叫ぶオリアナ。

 しかし俺の方はそんな彼女の反応に一言二言、言葉を添えるだけの余裕はなかった。


「オリアナ、一つ聞きたい。俺が脱退したあと、《《シオンの妹》》はどうなった」


「そ、それは……」


 俺の問いを聞いたオリアナは視線を逸らして口ごもった。

 その反応が俺にとっては答えに等しい。

 背中に嫌な汗が滲むのを感じた。


 そんな俺の胸中を察したのか、オリアナは首を大きく振る。


「クリスが思っているようなことはない。ただ、当人にしてはどちらにしろ最悪の事態だろう」


「……どういうことだ?」


「病気で寝込んでいたシオンの妹はな……その、クリスが失踪して少しした後に、突然いなくなってしまったそうなんだ」


「は?」


 俺はまさかの言葉に唖然とした。

 シオンの妹は幼い頃に世界的に珍しい病にかかって、何年も寝たきり状態だったと聞いている。

 それを治すための薬を買うために冒険者になったと、彼女はそう言っていた。


「動けるはずはないんだがな。まったく痕跡が掴めないと言って、それからあいつは妹の所在を探して回っているんだ」


「そんなことが……」


「あいつは少しだけ心が参ってしまっている。できれば立ち直ってもらいたいのだが、どんな言葉をかけていいやら」


 困ったように微笑むオリアナ。

 ああ、なるほど。

 オリアナはシオンを見失ったわけではない。失敗したのだ。シオンを引き止めることを。

 俺はもうそれ以上オリアナに言葉を投げることができなかった。

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