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第34話 思わぬ決着

 光が収まった頃。

 冒険者ギルド支部の裏庭は見る影もなく、巨大な窪みが一つ残された。

 それをつくった張本人である俺は、中心地で膝を折って激しくせき込む。


 やりすぎた。

 怒りに身を任せた俺の全力。リトアの必殺はそれに匹敵……いや、それすら凌駕するほどだった。

 単なる激情では遠く及ばなかった。雌雄を決したのは純粋な『生存本能』だろう。

 自分を絶対と信じて疑わないリトアには『負けられない戦い』というものが理解できなかったのだ。天地にも隔たった実力差を持つ相手と出会ったことがないのだから。


「クリスさん! 無事ですか!」


「っ、アルテナ……!」


 アルテナがクレーターの上から顔を出してこちらを見下ろす。

 どうやら衝撃に巻き込まれて命を落とした、なんて最悪な結果にはなっていなかったようだ。

 懸念が一つ減り、俺は胸を撫で下ろす。


 大剣も無事だった。

 そこかしこに刃毀れが見受けられるが、原型は留めている。流石は『龍殺し』の大剣アスカロンだ。


 少しだけ呼吸を整えてからアルテナのもとへ向かおう。

 そう思って瞑目すると、


「前を見てください! リトアはまだ生きています!」


「……なに?」


 焦った口調で叫ぶアルテナの言葉に反応し、俺は瞳を開いて前方を直視する。

 まさか、俺の全霊に耐えたのか。あの女は。


「ハァ……ハァ……。よくも、やってくれたわね……クリス・アルバートっ……!」


 戦慄する。

 巨大なランスはすでに手になく、全身から血を滴らせるリトアが獣ように尖った瞳でこちらを睨んでいた。

 どんな肉体をしているのだ。大地をぶっ飛ばすような一撃を直接喰らっておいて、まだ怒るだけの体力を残しているなんて。


「……クソがっ」


 悪態を吐き、すぐにでも交戦するために両足に力を込める。

 しかし、俺の体は持ち上がらない。

 すぐに力が抜けてその場でくずおれた俺は、自分の体が思っていたよりも限界に近いことをようやく悟る。


「クリスさん!」


 アルテナが悲鳴にも聞こえる声で俺を呼んだ。

 わかっている。立ち上がらなければ。戦わなければ。

 けれど体が言うことを聞いてくれない。どうして?


 これが地力の差なのか。

 意思だけでは届かない明確な壁だとでも言うのか。


「さんざん手を焼かされたけれど、それもここまでよ!」


 腕を広げ、腰を落とすリトア。

 全身から邪悪な光が解き放たれ、漆黒のオーラを纏う。

 俺やグランの爺さんが聖なる力を拳に纏わせるのと同じ理屈だろう。しかし、俺たちとは規模が違う。

 まるで全身凶器だ。あそこまで力を自在に扱える人間は見たことがない。


――ああ、また届かなかった。


 漠然とした思考の中で、その一言だけが胸中に木霊する。

 絶対に勝たなければならない戦いに限って、俺はどうしても勝てないのだ。

 負け犬の遺伝子、冗談で言ったつもりが案外本当なのではないかと思わされる。


「リバース・シフト――――」

 

 晩鐘にも聞こえる攻撃状態へ移行するための詠唱。

 成す術もなくリトアの挙動を見つめていると、突如、リトアの周辺の空間が歪む。


「な!?」


 どうやらリトアが引き起こした現象ではないらしい。

 詠唱をやめて、驚愕の声を上げるリトア。

 歪みから青白い光線が放たれ、まるで意思があるようにリトアに巻き付く。


「どういうつもり!? 私はまだ戦える!」


 虚空に向かって怒鳴るリトア。

 何かの魔法なのか、光線はリトアの肢体を掴むと歪みへと引きずり込む。

 リトアはそれに抗い、己を縛る光線を強引に千切ってこちらに向かおうと足掻く。だが千切られた光線はすぐに再生し、その倍の数で拘束する。


「クリス・アルバートッ!!」


「っ」


 唖然とその状況を見ていた俺に、リトアが怒声を放ってきた。


「次は必ず殺す! 必ずよ! 覚えていなさい――――!!」


 腕を伸ばして宣告したリトアは歪みに完全に引き込まれ、その姿を消した。

 途端に訪れる静寂。

 後に残された俺は第三者による介入で危機が去ったことを理解し、直後に地面に倒れる。


 遠退く意識と暗転する視界の中で、アルテナが駆け寄ってくる姿だけが知覚できた。

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