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第32話 接戦

 大気を焦がすような熱を宿した大剣を振る。

 今の俺の剣なら大抵の物は両断するはずだが、正面から受け止めるリトアのランスはびくともしない。

 おそらくオリアナと同様にリトアの職業も保有する装備自体に防御補正が施されているのだろう。

 防御状態とはいえ、聖なる力を圧縮した大剣アスカロンの斬撃に耐えるとは驚きだ。


「っ、舐めるなァ!」


 攻撃を受けた反動で仰け反ったリトアは、顔を怒りに歪めてランスを突き出してくる。

 なんとか剣で突きを受けるが、勢いを殺しきれずに後退する。


「『役割置換:(リバース・シフト:)攻転(アサルト)』!」


 来た。

 恐れていた攻撃状態へ移行するための詠唱。

 捕捉しているリトアの姿を見失えば、俺はランスの一突きで殺される。

 リトアが神速を発揮する前に対処しなければいけない。


 俺は大剣を地面に突き刺し、聖なる力を爆発させる。

 地盤がせり上がり、俺とリトアの足下にある地面が波のように歪曲する。

 目視できない程の走力を対処するには、そもそも本領を発揮できない環境をつくるしかない。こちらも動き難くなるリスクはあるが、今は割り切るしかないだろう。


 少しだけよろめいて体勢を保とうとするリトアを確認すると、俺はすぐさま肉薄する。

 こちらの行動に気づいたリトアも迎え打つ姿勢でランスを構える。


「ちィ!」


 何度目かもわからない鍔ぜり合い。

 苛立った顔で舌打ちをしたリトアは腕力にものを言わせて俺を弾き飛ばす。

 距離をつくるのは不味い。俺は死に物狂いでリトアに喰らいつく。


「『役割置換:(リバース・シフト:)防転(ディフェンス)』」


 攻撃状態では今の負荷に耐えられないのか、次の一撃を受ける前にリトアは防御状態へ移行した。

 打ち合う度に大気が炸裂する激しい攻防。こんな極限は魔物相手では体験できない。

 明確な殺意を宿した俺の一撃は全てが必殺だ。それに比肩するリトアは怪物と言う他ない。


「守ってばかりか!?」


「こ、の……調子に乗るなァ!」


 俺の攻めに対して後手に回っていたリトアが吠えた。


「『役割転換(クイックロール)』」


 また新しい詠唱だ。

 上段から大剣を振り下ろす途中、リトアの姿が俺の視界から消える。


「――――っ!?」


 まさか、攻撃状態になったのか。

 そう思った矢先、背後の地面が砕ける音がした。


――後ろだ。


 反射的に振り向いて、無我夢中に大剣を振る。

 俺の大剣はたまたまリトアのランスに直撃し、攻撃の軌道を逸らす。

 驚嘆するように目を見開くリトアに向かって、さも気づいてましたと言わんばかりに追撃を行う。

 咄嗟に防御に回るリトアは、俺の渾身の連撃を受け切る。


 おかしい。

 俺の大剣をランスで受けるリトアは間違いなく防御状態だ。しかしそれでは先の高速移動の説明がつかない。

 詠唱によって状態を切り替えた様子はなかった。


 俺の身長よりも長いランスを大剣と同じように振り回すリトア。

 それだけの質量を持った武器は、刃がなくとも殺傷力がある。

 叩きつけるように振り下ろされるランスを大剣で受け止めるが、あまりの重量に足下の地面が割れる。


「ぜえあああああッ!」


 俺は手先から全身に迸る衝撃と痺れを誤魔化すように雄叫びを上げた。

 気合でランスを跳ね除け、お返しとばかりに聖なる力を込めた拳でリトアの顔面を殴りつける。


「ぐぅ! ――『役割転換(クイックロール)』!」


 殴られたリトアは口もとから血を飛ばし、またも詠唱を行った。

 次の瞬間、リトアの動きが加速する。

 一瞬にして体勢を立て直したと思ったら、俺の腹部に脚が食い込んでいた。


「ガッ」


 不意の一撃を受け、俺は肺の中の空気を一気に吐き出す。

 吹っ飛びそうになるが即座に地面に大剣を刺して持ちこたえる。

 今の一撃。攻撃状態にしては軽かった。だが攻撃の直前の加速は防御状態ではありえない。

 まさか『役割転換(クイックロール)』は状態を瞬時に切り替えるための詠唱なのか?

 俺の火力を警戒するがゆえに、防御的欠点のある攻撃状態を一瞬限りにすることでリスクを軽減しているのか。


「チッ、狡い手使いやがって」


「あら、流石にバレた? でも仕方ないのよ。認めてあげる、アナタの火力はこの〝ディフェンスモード〟ですらまともに受けられない」


「随分と弱気じゃねえか。俺を殺すんじゃねえのか」


「殺すわよ。殺す。殺してやる。……確実にね!」


「はっ! こっちだってそのつもりだがな!」


 自分を最強と信じて疑わないリトアは、己の命を脅かすほどの力を許せないのだろう。

 殺意に満ちた双眸で俺を捉えてくる。

 しかしそれはこちらも同じだ。俺はリトアを殺したくてしょうがない。


 どうしてだ。どうしてオリアナがあんな目に遭わなければいけなかった。

 彼女は正しい人間だった。清廉潔白で思慮深く、常に他人の利益を優先する女性だった。

 もっと報われていいはずだ。幸せになるべき人間だ。でなければ間違っている。決して、こんな殺人鬼の食い物にされていいわけがない。


 オリアナが犯した唯一最大のミスは、俺に好意を寄せたことだろう。

 俺に惚れていなければ、彼女が盾となることもなかった。

 俺みたいなクズよりもレインに靡いていればよかったのだ。そうすれば『聖剣士狩り』なんていう集団が命を狙って来ても恐くはない。

 オリアナは自分の目に狂いはないと言っていたが、やはりそれは疑問だ。俺は彼女を不幸にしてばかりなのだから。


「『役割転換(クイックロール)』」


 幾度も得物を交わしたのち、リトアが唱えた。

 奴は僅かな残像をつくって姿を消す。

 今度はどこからくる。最短距離の直線を警戒しながら左右、後方に神経を研ぎ澄ます。

 いない。どこからも来ない。時間差攻撃か……あるいは、


「――上ッ!」


 顔を上げ、真上を目視する。

 予想した通りリトアが黒光を纏ったランスを直下に構えて落下してきていた。


「潰れろ! クリス・アルバートォ!」


「てめえこそ星になっちまえ!」


 剣から聖なる力を噴出させ、頭上へ向けて斬り上げる。

 互いの武器が触れた瞬間、白と黒の光が爆発する。

 空中にいたリトアは衝撃を受けて吹き飛ぶ。俺は逃がすまいと脚に万力を込め、すぐさま接敵する。


「おらァ!」


「っ!?」


 辛うじて両足で着地するリトアに向けて横凪ぎの一撃を見舞う。

 咄嗟に後ずさって回避を試みるリトアだが、無防備な腹を布越しに斬る。

 しかし浅い。大剣の先端に微小な血を付着させるだけに終わった。


 僅かに表情を歪めるリトアは憤怒の形相で吠える。


「『役割転換(クイックロール)』!」


 リトアの姿が分裂した。

 あまりの速度に実態と見紛うほどの残像が生まれたのだと理解したのも束の間、実態からランスによる刺突が飛んでくる。

 俺はほとんど反射的に体勢を崩したが、それでも脇腹の肉が抉られる。血が溢れ出し、すぐさま傷口を片手で押さえつける。


「全然効かねえぞォ!」


 『悲鳴を上げてのたうち回れ』と命令してくる脳を叱責して戦闘を続行する。

 オリアナの痛みはこんなものではなかったはずだ。

 虚勢でもいい。こんな場所で痛みに悶える暇があるなら少しでもリトアに噛みつけ!


「いい加減に、しろ!!」


 痺れを切らしたように激昂したリトアが真正面からランスで突撃してくる。

 傷口から手を放し、両手で大剣を握った俺は下段からランスを叩いてリトアを上空に打ち上げる。

 同時に大剣に聖なる力を込め、強大な出力で放出する。身動きができない状態であれば攻撃状態になったところで恐くはない。次の一撃で仕留める!


 上空からこちらを見下ろすリトアはランスを片手で持ち、投擲の姿勢を見せる。

 同時にランスから莫大な黒光が放出され、夜の闇を飲み込む。

 投げるつもりか、あの質量の凶器を。……受けて立ってやる。


「――『幻投撃ファントム・ジャベリン』ッ!!」


 裂帛の声でリトアが唱えた。

 同時にランスをこちらに向かって投擲する。

 隕石のように迫ってくるランスに向けてこちらも最大の一撃を放とうとした時、


 バッ、という炸裂音と共に黒光が弾けた。

 数えきれないほどに拡散し、落下してくる黒光はまるで無数の槍の雨。

 一際強く輝くランス本体と、それと並行して迫る黒光を目撃し、俺は刹那の時間意識を奪われた。


「――クリスさん!」

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