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第31話 戦況を見る者

 完全に脱力したオリアナを片腕で担ぎ上げ、グラン・アーガスはアルテナと共に戦場を離れる。

 もはや廃墟と化した冒険者ギルド本部に近づくと、半壊した建物の中にいくつもの人影がグランの目に留まる。

 リトアの攻撃を受けて負傷した冒険者に回復魔法を施している『医療協会』の人間だ。それに騒音を耳にして駆けつけてきた冒険者や王国騎兵などもいる。

 彼らは到着して間もないのか裏庭での戦闘に気づいている様子はない。


「おい、テメエら! いつまでも建物の近くにいたら危ねえぞ!」


 グランが声をかけると、その場の全員がギョッとして彼を見る。


「ぐ、グランさん! いったいなにが――ってその腕、どうしたんですか!?」


「見りゃわかんだろ。ぶっ飛んだんだよ!」


「それはわかりますけど!」


 『医療協会』に勤める知り合いがたまたま立ち合っていたようで、負傷者に施していた回復魔法を切り上げてグランのもとに駆けつけてくる。


「すぐに治療を」


「オレはいい。コイツを頼む」


「こ、この人は……!」


 グランは担いだままのオリアナに目をやって示す。

 その人物が最上級冒険者であることを確認した『医療協会』の男は、蒼白な面持ちでグランに目を向ける。


「オリアナ・エルフィート! どうして彼女が、」


 そこまで口にして、強烈な炸裂音と地響きに言葉が遮られる。

 建物中から嫌な軋み音が響き、どこからか瓦礫が転がるような音もする。


「おい、アレ!」


 建物から外へ出てきた冒険者の一人が裏庭に目を向け、声を上げた。

 全員がそちらへ目を向けると、裏庭で今まさに激しい攻防を繰り広げているクリスとリトアの姿。

 時に姿を消し、背後や上空から巨大なランスで刺突するリトア。それを無我夢中で暴れることで辛うじて凌ぐクリス。

 白光と黒光を幾度も散らし、二人は地形が変わるような一撃必殺を惜しみなくぶつけ合う。


「人間の戦いじゃない……」


 誰かが呟いた。

 冷めきった静寂がその場の全員の気持ちを代弁する。


「死にたくなかったら近づくな。オマエ達はさっさと負傷者を連れて避難しろ。いいな?」


「は、はい!」


 沈黙の中、未曾有の戦闘に見入っていた『医療協会』の男にオリアナを預ける。

 おずおずといった様子でオリアナを抱きかかえた彼は、冷や汗を流して口を開く。


「生きてる、のか? 呼吸は浅いけど脈はまだある。でも、これは……」


 助かるかわからない。

 人命を救うことを生業としている以上、男は口にすることはなかった。

 肉体の損傷が酷い。

 外見はむしろマシな方で、危険なのは内面だった。

 よほど体を酷使したのだろう。目測でも数か所の骨折。血管が切れたことによる内出血。瞬間的な高負荷によるショック症状。見えない傷も含めると、生きているのが不思議なほどだった。


 『医療協会』は回復系の職業を持った人間が所属する総合機関だ。

 大きく別けて『肉体的損傷を治す者』と『精神的損傷を治す者』とが存在するが、力の強弱は個人によって大きな差がある。

 『僧侶』クラスの職業を持っているならどんな傷でも受け付けるだろうが、強力な職業持ちは立場が高くて突発的な事件になかなか関与できない。

 民間の災事は基本的に彼のような『回復術師』が対応するのがセオリーなのだが……。


(僕の回復魔法では間に合わない……!)


 オリアナの傷は、火事場に群がるような下っ端では対処できないものだった。

 時間は残されていない。すぐにでも治療に当たらなければオリアナの命は失われるだろう。

 男は背後を見やる。

 他の『回復術師』はそれぞれ別の負傷者の治療を行っている。オリアナの命を助けられるのは現状彼だけだ。


「アルフ」


 囁くようなグランの声に男――アルフはハッとなって相手を見上げる。


「テメエがテメエの力信じないでどうする。自信のない奴に命預ける奴のことを考えろ」


 アルフは頭を殴られたような気分になった。

 そんなことは『医療協会』に入ってから最初に教わることだ。

 負傷者を不安にさせるような素振りを見せてはならない。少しでも『助からない』と思わせてしまったら、その人は本当に命を落としてしまうから。


 思い込みほど恐ろしいものはないのだ。

 人間は強すぎる自己洗脳によって、時にあるはずのない結果を強引に引き寄せてしまうことがある。

 いい方向に転べばいいが、大抵はよくない方向に向かってしまう。

 生物とは本質的に臆病で悲観的だから。


「全ての責任はオレが負う。オマエは全力で仕事に当たれ」


「……はい!」


 アルフは力強く頷いた。

 助からないかも、ではない。必ず助けるのだ。

 それこそが彼に与えられた才能であり、自らが望んだ道なのだから。

 数人の冒険者に手伝ってもらい、アルフは移動しながらの治療を行う。

 『医療協会』の本部に向かえばより高度な治癒を行える人々がいる。そこまで命を繋ぐことができればオリアナは助かる。


 野次馬になっていた冒険者や王国騎兵の手を借りて続々と現場を離れていく『医療協会』の面々を見送り、グランはその場に座り込む。


「大丈夫ですか? グランさんも向かった方がいいのでは」


「いいや、そんな勿体ないことはできねえな」


 心配するアルテナにグランは首を振って答える。

 視線の先には己の剣を託したクリスがリトアと命をかけた戦いを繰り広げている。

 遠巻きながらに感じる戦闘の熱。

 地面を砕く炸裂音。風を切る擦過音。耳をつんざくようなつば迫り音。渇いた喉から轟く両者の怒声。


「……あれが、クリス・アルバート」


 アルテナが小さく呟いた。


「嬢ちゃんはクリスの戦いを見るのは初めてか?」


「いいえ。一度打ち合いました」


「ほう。あいつの話じゃ聞かなかったな。……強かったろ?」


「はい。けれどあの時はここまでではありませんでした」


「はっはは! そりゃそうだ! あいつは常に力をセーブして戦っているからな」


 片腕の痛みも忘れて哄笑するグラン。

 アルテナは不思議そうに首を傾げてグランに問う。


「力をセーブ? どうして」


「『聖剣士』としての適性がありすぎて、自分の火力にあいつ自身がついていけてねえんだよ」


 クリスは身に宿す聖なる力が膨大すぎて、少し力んだだけで大抵の剣は負荷に耐えきれずに壊れてしまう。

 不朽の名剣であろうと全力に耐えられるかはわからない。

 昔、クリスが所有していた剣だってそれなりに名が知れた宝剣だった。だというのにレインとの決闘で砕けてしまった。

 さらに戦闘は個人だけのものではなく、共に戦う仲間や守るべき人も立ち合う。そんな中で好き勝手に暴れてしまえば無用な怪我人を出してしまうだろう。


「生粋の脳筋なのに周囲に配慮しなくちゃいけない。無駄に足りない頭を使うから動きが単調になる。本来は個人プレーの方が向いてるが、リーダーの適性も高いときた。いろんなものを取捨選択した結果、あいつは()()()()()になる道を選んだのさ」


 どうせ全力を出し切れないなら仲間が有利に立ち回るための起点になる。

 それこそがかつてクリスの見出した結論であり、パーティーの戦闘方針だった。


「だが沸騰したあいつは違う。誰にも手がつけられねえ暴れ馬になる」


 周囲の人間も、手にする武器も、自分自身すら省みない。

 二年前の決闘では異常を察知したレインによって力を発揮する前に沈黙させられた。

 アルテナとの決闘ではバスタードソードが脆かったために不完全燃焼で敗北した。

 今のクリスは莫大な聖なる力に耐え得る武器を持っている。あとはその力を発揮する猶予があれば、あるいは……。


「さて、今回は見られるか……あいつの全力」


 グランは呟いて、防戦一方に近い状態で持ちこたえるクリスを見守る。

 グランは僅かな懸念を抱いていた。

 クリスが理性を失うほどに怒る時は決まって『自分自身』が理由だ。

 プライド、劣等感、トラウマ。そういった心理的欠点を揺さぶられた時、クリスは感情を昂らせる。

 その点で言うと、今回はそれらの条件に当てはまっているとは言えない。


 大切なモノを失った。

 それ自体は怒るに正当な理由だろう。

 だがそれはむしろクリスの理性を強固なものにしてしまうのではないかとグランは考えていた。

 敵討。無念に倒れた誰かのために剣をとる行為。

 今のクリスがオリアナのために力を振るっているとするなら、オリアナの存在が脳裏にチラついて余計な()()()を意識してしまうのではないか。


 グランの憂いをよそに、クリスとリトアの戦いは佳境に迫る。

 カウンター気味にリトアのランスを下段から打ち上げるクリス。遥か上空まで飛ばされたリトアは身動きが取れず万事休すかと思われた。


「あれは……っ」


 不意にアルテナが声を出す。

 空中からクリスを見下ろし、鬼気迫る表情で投擲の構えをとるリトア。


「マズい! あの構えは『幻投撃ファントム・ジャベリン』!」


「ファントム……? って、オイ!」


 聞き慣れない単語を聞いて首を傾げるグランだが、次の瞬間にクリスのもとへ駆け出すアルテナを見て我に帰る。


「やめろ! 行くんじゃねえ!」


 止めようにも、グラン自身生きているのが奇跡のような状態だ。

 再び立ち上がることもできず、グランは離れていくアルテナを見送ることしかできなかった。

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