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第12話 過去と現在

 冒険者ギルドの応対室に連行された俺はグランの爺さんと対面で座る。

 レインがギルドマスターになったと聞いたからてっきり引退したかと思っていたが、まさか別の役職引っ提げて留まっていたとは。想定外だった。


 少し込み入った話になるからとアルテナを先に冒険者宿へ向かわせて、二人分の受付を済ませておくよう頼んでおいた。

 グランの爺さんはレインほどではないが俺が合いたくなかった人物の一人だ。昔は同じ職業ということで何度も世話になっていた。


 面白い話ではない。そう前置きをしてから俺は話し始めた。

 時間としては十分もかからなかったと思う。俺の二年なんて所詮はそんなものだ。


 レインに負けてからの一部始終を聞いたグランの爺さんは、茶を啜り、しばらく瞑目してからポツリと呟く。


「……そうか、苦労したな」


「どこが。下り坂を進むのに大変なことなんてねえだろ。楽な方へ逃げた結果だよ」


「いいや、クリス。選択には犠牲がつきものだ。その道を歩むために捨ててきたもの、それはオマエが生涯大切に育ててきた信念そのものだ。友も信頼も希望も失って、亡霊のように生きるのは辛かっただろう」


「……そんなの、言えるわけあるか」


 辛かったといえば辛かった。

 どうしようもない喪失感と無力感。そして向ける先のない憤り。

 苦しみを誤魔化すために酒に頼ればさらに追い詰められ、そこから抜け出すことができない。

 ドン詰まりと言える生活を送っていた。アルテナと出会わなければ『聖剣士狩り』とかいう騒ぎも知らずにどこかでひっそりと死んでいただろう。


 だがそれは全て俺の自業自得だ。

 原因をつくったのも、逃げ出したのも俺自身の選択なんだ。


 時たま考える。レインの苦しみを。

 同じ村で育って、同じ飯を食って、同じ夢を追って、ずっと一緒に戦ってきた仲間。それがある日突然『必要ない』の一言で裏切られ、あっさりと捨てられた。


 アイツは凄い。俺だったら耐えられない。事実耐えられなかった。俺は仲間を失った途端に人生を諦めた。失意の一年間、想像を絶する修練に励み続けたレインの精神力は並ではない。


 そんな人間に負けておいて『辛い』なんて口にできるかよ。


「クリス。オマエはこれからどうしたい」


「さあな。なにも考えてない。今はとりあえずやらなきゃいけないことをやるだけだ」


「それは行動を共にしているあの娘のことか?」


「まあ、な」


 決闘によって転落した俺の人生が、またも決闘によって変わろうとしている。

 それが良い方に転ぶのか悪い方に転ぶのかはわからない。ただ一つ言えることは、俺はもう自分自身の決断を信じることができないということだけだ。


 決闘で負けた。だから好きにしろ。俺は考えない。


「オレは好転期だと思っている」


「どうして?」


「仲間を失って失墜したオマエの全て。であるなら仲間によって回復することもあるだろう。クリス、今のオマエに必要なのは信頼できる仲間だ」


「はっ。俺とアイツはそんな仲じゃねえよ。信頼なんてできるか」


 向こうだってそのはずだ。

 アルテナは俺に何かを隠している。

 互いに本心を語らない現状では『頼れる仲間』なんて到底言えないだろう。


「阿呆、初めから他人を信頼できるか。相手の本心なんてのはすぐに見えるもんじゃねえ。だからよく観察しておけ。気になる相手は目で追っちまうように、興味をもって好奇心で接しろ」


「恋愛術かよ……ジジイが――ってえ!?」


 言い終わる前に、目にもとまらぬ速度で飛んできた空のコップが俺の額に直撃した。

 俺が『聖剣士』じゃなかったら普通に殺傷事件になっていたところだ。この爺さんは相変わらず加減というものを知らない。


「バカヤロウ! ジジイが恋愛観を語ってなにが悪い! オレはまだ現役だ!」


「うっそだろ!?」


 俺も正確な歳は知らないが、流石に生命力が高すぎる。


 重苦しい話をしていたとは思えないほどに空気が弛緩した。

 完全に毒気を抜かれた俺は呆れ半分で笑みをこぼす。

 気負っていた俺がバカみたいだ。爺さんは昔となにもかわらない。俺が変わったせいで無根拠に恐がっていただけだった。


「ともあれあの娘っ子はしっかり面倒を見ろよ。せっかく人が推薦してやったんだ。これで特例昇級試験に落ちましたなんて言ったら半殺しにするぞ」


「推薦って……もしかしてアルテナの特例昇級試験を許可したのは爺さんだったのか!?」


「おうよ。逃げるようにして消えたオマエがどうにも連れと同伴だって聞いてな。……弱くねえんだろ?」


「まあ……アイツは今の俺より強い」


「そんなにか」


 決闘で負けたことまでは言わないが、俺は本心をそのまま告げる。

 グランの爺さんは少しだけ目を見開いて驚く。

 それはそうだ。あんな娘が『聖剣士』の俺より強いっていうのだから。

 将来有望どころの話ではない。アルテナは確実に世界に名を轟かせる。剣を交えて確信した。


 それにしても、カイエの受付嬢が連絡をとっていた相手がまさかグランの爺さんだったとは驚きだ。

 レインがギルドマスターになったと聞いたからてっきり現役は引退したものと思っていたが……いや、待て。なにかおかしくないか?


「そういえば、レインの奴が俺に王都へ来いとかって……」


「ああ、それはオレがそう伝えろと言ったんだ。あいつの名前を使えば必ず来ると思ってな」


「は、はあ!? どういうことだ!」


「どうもこうも。レインの奴にギルドマスターの肩書を譲ったはいいが、いかんせんあいつは引く手数多でな。冒険者ギルドに腰を据えて仕事をする気はないらしい。

 そんなもんだから今はオレが代理としてやってんだ。これじゃあ何のために退いたのかわかんねえぜ」


「だからって簡単に人を騙すなよ」


 人選をミスったか……なんて頭を掻く爺さん。

 俺は呆れてしまった。


「さて、聞きたいことは聞いた。オマエの事情も汲んだ。オマエからは何か聞きたいことはないか?」


「……いや、特にはない」


「本当か?」


「なんだよ。なにもねえよ」


「知りたくないのか? オマエが脱退してからのパーティーのことを」


「それは……」


 全く気にならないと言えば嘘になる。

 しかし他人の口から聞くことがどうにも躊躇(ためら)われた。

 自分自身どんな感情なのかわからない。怯えているのだろうか。俺がいなくても上がっていける事実を真実として受け入れることを拒んでいるのか。


 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、グランの爺さんは付け加える。


「言っとくとな、オマエが思ってるほど良い方向には進んでねえぞ。パーティーの実情を知りたいならまずはそこを理解してくれ」


「どういうことだ?」


「レインは凝り性で気まぐれだ。そもそもリーダーに向いた性格じゃない。加えて今は『剣神の寵児』なんて持て(はや)されて多方面から声がかかっている。現状は俺がギルドに縛り付けているからそうそう自由にはさせねえが、とはいえあいつは奔放だ。そうなりゃ後はどうなるかなんて、オマエなら想像できるだろう」


 グランの爺さんの言葉を聞いて俺は思わず立ち上がって叫ぶ。


「ま、まさか解散したのか!?」


「まてまて、落ち着け。流石にそこまで酷くはない。ただそれに近い状況ではある。……最後まで聞きたいか?」


 試すようなグランの爺さんの眼差し。

 お前に真実を知る勇気があるのかと、問われている気がした。

 聞かなくたっていい。別に知らなくても害はない。アイツらが駆け上がろうが転げ落ちようが今の俺とは関係がないのだから。


「…………ああ、聞かせてくれ」


 俺は心の声に反してそう口に出してしまった。

 自分の中に巣食う未練が決して小さくはないことを今更ながらに悟った。

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