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午前2時の逃避行  作者: 君徒よる
第一章
6/13

第五節:秘密と約束

 

 *

 *

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 毎朝の図書室通いはやめたものの、来年受験なのには変わりないから図書室での勉強はそのまま継続する事にした。


 放課後ホームルームが終わると、図書室に向かいグラウンドが見える席で二時間ほど自習する。


 取り組むのは苦手な数学の問題集だ。


 どんよりと曇っているけど、かろうじて雨が降っていないそんな微妙な天気の中、サッカー部は今日も練習に励んでいるようだ。


 グラウンドの周りのフェンスには、タオルや手作りのお菓子を持った女の子達が熱い声援を送りながら練習を見守っている。


 県内でもサッカーが強い事で有名なうちの高校は、サッカー部に属しているだけで三割増しでカッコよく見えると言われるほど、サッカー部は毎年バラエティーに富んだ様々なタイプのイケメンやモテ男が多数在籍している。


 その中でも真嶋くんが入学した年は、女子の間でファンクラブが結成されてしまうほど話題になったとか。


 やっぱり真嶋くんは、つくづくすごい人だと思った。


 真嶋くんほど将来を有望視されている人となると、先のことなんかもちゃんと決めているのかな。


 将来のことなんて何一つ決まっていないわたしにとって、夢や希望を持って努力ができる人たちは眩しくて、少し羨ましかった。


 わたしが分かるのは、間近に迫った今月末にある期末テストを頑張らなくちゃいけないと言うことくらい。


 将来自分が何になりたいのか、どんな職業が向いているのか、何一つ決まっていなくて進路調査票を埋めることすら難しいと感じていた。


 親からはやりたいことがないなら、とりあえず大学進学を考えてはどうかと以前言われたことがある。


 目指すべき進路も、将来やりたい仕事や夢もなく、自分では何一つ決めることができない現状に嫌気がさしていた。


 これと言って特技も才能も持ち合わせていないわたしは、一体どこを目指しているのだろう。


 仮に大学に行ったとして、その後は?


 目指すべき進路が何一つ浮かんでこないこの状況が、大学に行くことで解決されるとも思っていない。


 大学卒業後に進むべき進路に向かえるのは、それ相応の努力と準備をし続けた人だけなんじゃないのかと思わずにはいられない。


 そもそも大学卒業後に、資格や免許を必要とする職になりたい事に気づいてしまったらどうするの?


 例えば、美容師なら美容専門学校に通わないといけないし、医者なら医大へ。


 気付いた頃にはスタートラインすらきれずに終わる人が、一体どれだけいるのだろう。


 いや正確には、熱意と経済的余裕さえあれば途中で進路変更も可能だろうけど……そこまでするほどの熱意がないことこそがわたしは自分の問題だと思う。


 多分、“やっぱりこっちのほうがよかったかも”というものと出会ったとしても、一度乗ってしまったレールの上から外れることが怖くて、億劫で、わたしはきっとそのまま流される事を選んでしまうと思うから。


 それにわたしは、この高校生活で未来の自分がどうなっているかが八割ほどは決まってしまっているんじゃないかって思っていたりする。


 せめてわたしに学びたい分野とか進みたい分野があれば、話は違っていただろう。


 後悔のない選択をしたいなんて贅沢なことは言わない。平凡でいい。


 食べるのに困らなくて、時々ちょっとした自分へのご褒美を買えちゃうくらいの、小さな幸せを噛みしめられたらそれでいい。


 それが将来に夢も希望も抱いていない今のわたしの、精一杯の未来に対する展望だった。


 結局その後も、苦手な数学の問題と格闘したものの何度回答集を見てもわからない問題があり、集中力が途切れてしまった。


 他の教科は特に苦手意識もなく、可もなく不可もなくという点数が取れるのに、数学だけはどうしても点数が上がらない。


 正直、数学の教科書も参考書もこれ以上見たくなどない。


 だって数学のわからない問題に頭を悩ませている瞬間が、わたしは一番苦痛だから。


 今月末がテスト期間じゃなかったら、来年受験じゃなかったら、きっとわたしは勉強などせずにだらだらと毎日時間を浪費しているに決まっている。


 じゃあ、なんで勉強するの?——未来に夢も希望も抱いていないわたしには、“将来のため”とかいう目標さえもないのに。


 そもそも将来この勉強が一体なんの役に立つっていうの?——日常生活で数学の公式やら、古典の小難しい言い回しが役立つ瞬間なんて訪れるの?


 大人の言う“勉強しなさい”って本当は誰に対して言ってるの?——わたし達を通して本当は過去の自分に言ってない?


 いくつも理由を並べ立て、勉強をやらなくていい理由を探してしまうのは、何がわからないのかさえもわからない状態で、やらされている感覚のまま、勉強しているせいかもしれない。


 でもそれと同時に本当は、数学がわかるようになりたいという矛盾も抱えている。


 結局はテストで悪い点を取るのが怖くて、格好悪い気がして勉強するんだけど、それでも捻くれているわたしはこれからも色んな矛盾を抱えて生きていくんだろう。


 ため息が溢れ、勉強に身が入らなくなったところで、握っていたシャーペンを転がした。


 集中力も途切れちゃったし、とりあえず今日はこの辺で切り上げて帰ろうかな。


 時には諦めも必要だよねと、自分に言い訳をして転がっていたシャーペンをペンケースにしまう。


 勉強道具を片付けて、昇降口をくぐる。


 天気は今にも崩れそうな曇りのまま、雨は降っていなかった。


 お願いだから家に着くまでのもう少しの間だけ、曇りのままでいてと願いながら帰路につこうと歩きかけたその時。



「あれ? 委員長、珍しいね」



 グラウンド横の小道から正門に向かって歩いていると、屋外に設置されている水飲み場で真嶋くんと鉢合わせた。


 でも確か……サッカー部が練習しているグラウンドに、一番近い水飲み場はここじゃないはずだ。


 どうしてだろうとそちらを見やると、先ほど黄色い悲鳴を混じらせながら熱い声援をおくていた女の子たちが見えた。


 女の子たちは目当てのサッカー部員を取り囲むと、タオルや手作りのお菓子を渡すというイベントを勝手に発生させているらしい。


 二、三人の女の子に囲まれるだけならなんて事ないだろうけど、真嶋くんの人気はファンクラブが出来てしまうほどの人気っぷりだ。


 その真嶋くん目当ての女の子が、あの中に一体どれだけいるのかと考えただけで恐ろしい。


 なるほど。流石の真嶋くんでも休憩中にあの集団に囲まれていたら、休まるものも休まらなさそうと言う感想が浮かんだ。


 すると、わたしの視線の先に気づいた真嶋くんが苦笑するのがわかった。



「内緒だよ」


「うん」



 何をとは言わない。真嶋くんは人を傷つける様な言動をする人ではないから。



「委員長は居残り?」


「うん。ちょっと図書室でテスト勉強してて」


「そっか。もうすぐ期末だもんね。順調そう?」


「んー、どうかな。……数学以外は多分、大丈夫だと思う」



 自分でも苦虫を噛み潰したような表情で返事をした自覚はあったけど、どうやらその顔が真嶋くんのツボに入ったらしい。



「ククッ……そう言えば、委員長。この前も数学とにらめっこしてたね」


「うん。数学はなんか苦手で……」



 真嶋くんにはなぜか恥ずかしいところばかり見られている気がする。


 でも流石に笑い過ぎな気がする。



「何もそこまで笑わなくても……! 真嶋くんってば、笑いすぎ!」


「……ごめん、委員長。委員長もそんな顔するんだなって思ったら、面白くって、つい——ククッ」



 いまだに肩を微かに震わせている真嶋くんは、意外にも笑いのツボが浅いらしい。


 つくづく不思議な人だと思った。


 こう言うポンポンと、言葉の応酬を繰り返す様なやりとりは久しぶりだったから。


 真嶋くんにつられて、ついついわたしも他人と距離を置き始める前の、昔の自分が顔を出す。



「もう、ほんと怒るよ!? 真嶋くんなんて知らない!」



 子供だなって自分でも思っちゃう様な冗談まじりの口調に、“ごめん、ごめん”と真嶋くんがわたしを拝む様に調子を合わせてくる。



「お詫びと言っては何だけど俺で良ければ数学、教えるよ」


「え?」



 予想だにしない申し出に一気に正気に戻る。



「ちょうど来週からサッカー部もテスト期間で休みに入るから、俺も一緒に勉強していい?」


「……う、うん。別にわたしは構わないけど」



 面と向かって聞かれると、昨日の今日では流石にダメとは言えずに、了承してしまう。



「ありがとう、委員長。それじゃあ、また明日」



 微笑みながらそう言い残すと真嶋くんは颯爽と走り去り、サッカー部のメンバーが待つグラウンドに戻っていった——。



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