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午前2時の逃避行  作者: 君徒よる
第一章
5/13

第四節:すれ違いの二人

 

 *

 *

 *



 その日からわたしは出来るだけ真嶋くんとの接触を避けるようになった。

 

 真嶋くんを守るためと言えば聞こえはいいけど、実際のところは自分の気持ちに完全に蓋をするための準備期間が欲しかったからだ。

 

 あの日捨てたはずの“好き”がこんなにもあっさりと湧き上がってくるなんて、一年前なら考えられなかった。

 

 それだけ真嶋くんが魅力的であり、素敵な人だからと言うもあるけど……何よりわたし自身の警戒心が緩み切ってしまっていたのでは無いかと懸念する。

 

 あまりにも自然とわたしの中に入って来た真嶋くんを、わたし自身が特別扱いしていた節はないかと自問する。

 

 わたしはあの日以来、注意して他人と近づき過ぎないように線引きをして来た。

 

 だからこそ去年も今年もクラスメイトの中に、努めて特別仲の良い友達を作らずに過ごしている。

 

 今年はクラス委員の仕事を押し付けられた事で、去年よりはクラスメイトとやりとりすることが増えたものの、それでも些細なやりとりに過ぎない。

 

 だけど真嶋くんとは、少なくとも他のクラスメイトと比べるとやり取りをする頻度が高い気がする。

 

 真嶋くんは同じクラス委員で、誰から見ても特別な存在かもしれないけど、わたし自身が真嶋くんを特別視するのは違う。

 

 そんな事あっちゃいけないから。

 

 だから蓋をする。言葉にしてはいけないこの思いが溢れてしまわないために。

 

 誰に対しても平等に優しくて、逆に真嶋くんを嫌いな人なんているの?ってくらいみんなから愛されている真嶋くん。

 

 そんな真嶋くんは、わたしみたいな人間に対しても毎日欠かさず声を掛けてくれる。

 

「おはよ、委員長」と「委員長、また明日!」、この二つの挨拶を真嶋くんは同じクラスになってから一度も欠かした事がない。

 

 席順が前後な上に、クラス委員で接する機会が増えた事が主な理由だろうけど、それでもわたしに毎日声を掛けてくる人なんて真嶋くん以外だと親か担任くらいのものだ。

 

 だからわたしも自分でも気付かない内に、真嶋くんに対して必要以上に気を許し過ぎたのかもしれない。

 

 人との境界線があやふやで、するりと人の中に入り込んでは、相手に嫌悪感を抱かせることなく難なく馴染むことができる真嶋くん。

 

 それが彼が持って生まれた魅力であり、才能なのは分かっている。

 

 それでもその才能を発揮する相手は、わたしじゃ駄目なんだ。

 

 わたしはこれ以上、わたしのせいで人が傷つくところなんて見たくはない。

 

 いや、見ていられない小心者だから。

 

 翌日からわたしは真嶋くんを避けるために、いつもより早い時間に登校するようになった。

 

 それまでは担任が教室に来る十五分ほど前に席に着いていたけど、それだとサッカー部の朝練を終えた真嶋くんと確実に顔を合わせることになる。

 

 そこでわたしは、ホームルームが始まるギリギリの時間を狙って席に滑り込むため、それまでの時間を図書室で過ごすようになった。

 

 元々読書好きだったことも幸いして、この方法はわたしにはあっていたように思う。

 

 朝の図書室はわたし以外には人がおらず、静まり返っていた。

 

 一階にある図書室の窓からは、サッカー部が練習しているグラウンドが見える。

 

 だけど図書室の窓の外は植え込みになっていて、植物のバリケードのお陰で外からはあまり図書室の様子が分からないようになっている。

 

 もしも真嶋くんに避けられていることを気づかれたとしても、来年は高校三年生になり受験の年でもある。

 

 だから毎朝ここに来るのは、受験勉強をするためという言い訳ができる。

 

 そもそも真嶋くんはわたしと接点がなくなることなんて、気にもとめないかもしれないけど。

 

 静まりかえった朝の図書室は、読書にも勉強にも適した環境だった。

 

 自宅で勉強するよりも、学校の図書館というだけで程よい緊張感の中、集中できるからかもしれない。

 

 それからしばらくの間、苦手な数学の予習と復習をしながらホームルームまでの時間を潰した。

 

 予鈴が鳴り、勉強道具を片付けて図書室を出た。

 

 教室に着く頃には、本鈴の一分前というジャストな時間だった。

 

 滑り込みで登校してくる生徒と一緒に教室後方の扉をくぐり、自分の席に向かう。

 

 真嶋くんは今日も朝練を終え、すでに着席している。

 

 そろりと彼の真後ろの席に着席する。

 

 真嶋くんが多分わたしの自意識過剰でなければ普段通り、こちらへ振り向きながらに声を掛けようとしたその時だった。

 

 ガラリと音を立て、担任が教室前方の扉から入ってきた。

 

 

「はい、全員席つけ。出席とるぞ〜」

 

 

 担任のその声に真嶋くんは結局振り向き掛けていた身体を元に戻した。

 

 担任の原先生が出席番号順に名前を呼んでいくのを、真嶋くんは窓の外を眺めながら聞いていた。

 

 その後ろで、わたしはこの方法なら上手くフェードアウト出来そうだと思った。

 

 それから授業の合間にある休み時間なんかに真嶋くんに声をかけられても、「ごめん。先生から呼ばれているから」とか「進路のことで進路指導部の先生に相談があるから」と避け続けた。

 

 こんな事になんの意味もないことをわたし自身が一番わかっていたけど、それでも真嶋くんとこれ以上親密になるわけにはいかなかったから。

 

 わたしが真嶋くんを避け始めてから、自体が一変したのはそれから一週間後のことだった。

 

 もはや恒例となっていた毎朝の図書室通い。

 

 今日も苦手な数学を克服するために、参考書と睨めっこしながら格闘していた。

 

 あーでもない、こうでもないと唸りながら、「なんでこの回答になるの?」と頭にハテナを浮かべながら難問に悪戦苦闘する。

 

 

「この公式を使うんじゃない?」

 

「え?」

 

「おはよ、委員長。朝から頑張ってるね」

 

 

 突然、目の前に真嶋くんが現れるものだから、驚きすぎて固まるわたし。

 

 

「ど、どうして真嶋くんが?」

 

「んー、最近委員長と話す機会がなかったから?」

 

  「……そっか。わざわざありがとうね」

 

 

  用意してた言い訳を使う時がついに来たって頭ではわかってるのに、いざそれを口にするのが躊躇われたのは、きっと真嶋くんの真っ直ぐと相手を見つめる瞳のせい。

 

 なんだか全てを見透かされている気がして、言えなかった。

 

  むしろあなたを避けるために毎朝図書室に通っていますと、白状してしまいそうになる。

 

  もちろんそんなこと口が裂けても言えないけれど。

 


  「委員長、俺のこと避けてるでしょ」

 

  「え、」

 

 

  思わぬ先制攻撃を受けたことで、一瞬で思考が停止する。

 

 

  「俺、何か委員長の気に触るような事しちゃった?」

 

 

  だけどその誤解だけは絶対に解かないとダメだと焦ったわたしは、まとまらない思考でなんとか言葉を捻り出す。

 

 

  「全然! 全く! 真嶋くんは悪くないから!」

 

 

  嘘も方便という言葉がふと頭に浮かんだ。

 

  これは相手を傷つけないための嘘なんだと、自分に言い聞かせる。

 

 落ち着いて早口にならないように気を付けながらゆっくりと、事前に用意していた回答を口にする。

 

 

「来年はわたし達も受験生だし、そろそろ本格的に受験勉強でもやろうかなって……」

 

「そっか」

 

  「う、うん。だから真嶋くんを避けるとか、真嶋くんの言動が気に障ったとか全然そんなことないから……」

 

  「それが聞けて良かった。じゃあ、俺はこれからもこれまでと変わらず、委員長に声をかけてもいいんだね?」

 

  「う、うん。もちろん」

 

 

 わたしには初めから言い逃れができるような逃げ場なんてなかった事を、ようやくここにきて察した。

 

  多分真嶋くんはわたしが故意的に彼を避けていた事に気付いていたし、それをわかった上で今後避けられないように言質をとりにきたんだと思う。

 

  優しくて、爽やかな好少年のイメージだった真嶋くんだけど、どうやら本当の彼はそれだけじゃなさそうだ。

 

  だけどやっぱり真嶋くんは、どこまで行っても真っ直ぐな人だと思った。

 

  だってこうして直接自分のことを避けているとわかっているわたしに、理由を聞きに来るくらいだから。

 

  この真嶋くんの行動で約一週間に及ぶ、わたしの毎朝の図書室通いは幕を下ろした——。

 

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