第二節:花束の飴と消えちゃう魔法
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あの日、帰りのホームルームで担任からクラス委員の仕事を放課後二人で残って作業するように言われたわたし達。
わたしはそれまでクラスでも一際目立つ彼のことが少し苦手だった。
どうせ真嶋くんもクラス委員の仕事をわたしに押し付けて、帰るんだろうなとすら思っていた。
だけど彼は意外にも放課後きちんと居残りして、わたしと一緒に作業をやってくれた。
「それじゃあ、始めようか」
真嶋くんにそう促され、おずおずと頷いたあの日のことを、わたしは昨日のことみたいに覚えている。
新学期が始まってすぐの初めてのクラス委員としての雑用。
男女混合のランダムの席順で、偶然前後の席になった真嶋くんとわたしは中庭側一列目の最後尾。
真嶋くんが机ごとわたしの席の方に振り返り、小さな机の班をつくった。
黙々と二人で作業をしたあの日。
誰もいない教室の片隅で真嶋くんがプリントを三枚一組にまとめ、受け取ったプリントをわたしがホッチキス留めする。
どうせ一人でやる羽目になると危惧していた雑用は、二人でやればあっと言う間に終わった。
「真嶋くん、ありがとう」
一緒に作業をしてくれてとは言わなかった。
「ん?」
「ちゃんと居残ってくれて」
わたしてっきり真嶋くんはサボって帰るって勝手に思っていたから。
「なんで? 俺たち二人でクラス委員じゃん。俺こそいつもありがとう」
真嶋くんのその言葉が、わたしがどれだけ嬉しかったか彼はきっと知らない。
嬉しさと照れ臭さから自分の顔が赤くなるのが分かった。
素直じゃないわたしは、このむず痒い状況に免疫がなさ過ぎてこの場の雰囲気に耐えられなくなった。
「作業も無事終わったことだし、出来上がったプリントの山はわたしが提出しておくから真嶋くんは先に帰っていいよ」と声をかけようとした。
だけど真嶋くんはまたもや予想の遥か斜め上の行動に出た。
「あ、そうだ。あとこれはいつも頑張ってる委員長にご褒美」
そう言いながら彼がスクールバッグから取り出したのは、まるで花束のように五本一組がセットになって括られた棒付きキャンディだった。
いちごのような形をした真っ赤で可愛らしいその飴を、小さい頃は駄菓子屋に行くたびに買っていた。
「わぁ、ありがとう! わたしこの飴小さい頃から好——」
その先は、口をつぐんでしまったせいで不自然に途切れてしまった。
気まずさから視線は自然と落ち、俯きがちになる。
途端に言葉に詰まってしまったわたしを不審に思ったのか、真嶋くんが小首をかしげるのが分かった。
何か言わなきゃって分かっているだけに変な汗をかきながら、わたしは焦っていた。
たった二文字が口に出せないわたしは、せっかく真嶋くんと普通に話せていたのにこれでまた変な奴っていうレッテルでも貼られるのかなと不安に駆られる。
「委員長、どうしたの? 気分でも悪い?」
その問いに有難く「うん」と応えていれば、彼はそれ以上追求せずにいてくれただろう。
だけど再び顔を上げた時、真嶋くんの澄んだ真っ直ぐな瞳と視線が交差した。
気付けばわたしは口を開いていた。
「真嶋くんは、ジンクスって信じる?」
何故だか彼には話してもいい気がした。
たとえこの一件以来、真嶋くんに避けられたとしてもいいやって思えたからかもしれない。
だって元々、真嶋くんとわたしには接点なんてないから。
「ジンクス?」
「うん」
「信じるよ。それに俺に限らずスポーツやってる奴は大概何かしらのルーティンとか、ジンクスを持ってると思うよ」
揺るぎない彼のその答えにわたしはひどく安堵した。
そっか。彼はわたしがどんな話をしても受け止めてくれる気なんだ。
「実はわたし、ジンクスはジンクスでも“負のジンクス”持ちなの」
「負のジンクスって?」
「わたしが好きになるものはいつだって、壊れては消えてしまうから」
「……」
「大切なモノを、人を、傷つけてしまわないためにもわたしは“好き”を捨てたの。これがわたしの“負のジンクス”」
突然こんなことを言い出すわたしをどう思っただろう。
「そっか。委員長は“消えちゃう魔法”が使えるんだね」
「え?」
呪われたわたしはこれまでこの“負のジンクス”を誰かに話したことはないけれど、きっと誰かに話せば“厄病神”だとか“呪い”だって言われるに決まっていると勝手に決め付けていた。
だけど、くしゃりと笑った真嶋くんは、“消えちゃう魔法”だと言ってくれた。
何だか柔らかくて優しいその表現にわたしは真嶋くんらしさを見た。
「多分今、俺が何を聞いても委員長は答えてくれない気がするから聞かないけど、話したくなったら話してよ、俺で良ければ話くらいいつでも聞くから」
この人がみんなから好かれる理由がわかる。
こんなに純粋に他人のことを信じて、受け止めてくれる上に、無理に詮索しようとはしない人が好かれないわけがないから。
しかもそれを真嶋くんは多分、無意識にやってる。
「うん。ありがとう、真嶋くん」
天邪鬼のわたしがすんなりと彼を受け入れることができたのも、彼の人との距離感の保ち方が絶妙だからだろう。
「どういたしまして。んじゃ、これ職員室に持って行こっか」
「え、いいよ。わたし持ってくから真嶋くんは先帰ってて」
「いいから半分貸して」
そう言いながら、真嶋くんは結局プリントの山の七割を持ってくれた。
あの日から真嶋くんは、わたしの負のジンクス絡みの話になると“消えちゃう魔法”だと口にするようになった。
その度にわたしの心は微かに軽くなっていく。
呪われたわたしを真嶋くんだけは受け止めてくれるような、そんな気がしたから。