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午前2時の逃避行  作者: 君徒よる
第一章
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第一節:非凡と平凡

 

 *

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 いじめられはしないけど、軽んじられやすいわたし——真波透子(まなみとうこ)は「真面目な子」だとか「大人しい子」という枠に一括りにされては、みんながやりたがらない仕事を押しつけられる。


 親の転勤で高一の途中でこの高校に転入し、つい先日新学期を迎えたかと思えば気づけば早二ヶ月が過ぎ六月の現在。


 高二のわたしは毎日時間を浪費するだけの怠惰な日々を送っていた。


 平日はまだ毎日学校がある分、集団生活の中で勉強しているという意義が見出せる。


 だけど休日になると、友人のいないわたしはぼんやりと起床して、宿題を片付けて、スマホをぼーっと眺めるだけで一日が終わってゆく。


 夜寝る前になるとその日一日を無駄にしてしまったと、激しく自己嫌悪に陥るのが分かっているのにやめられない。


 なにものにも興味を持ってはいけないわたしは、家の中に引きこもっている方がいい。


 そうすれば誰も傷つけずに済むはずだから。



「委員長! 今日の放課後の掃除当番替わってくれない?」



 目鼻立ちがはっきりとしていて可愛い上に、クラスでも目立つ女子生徒から声をかけられる。


 本当は当番でもない掃除なんて替わりたくないし、替わったはずのわたしの当番の日を彼女がきちんと覚えているかも怪しい。


 それでもわたしの返事は初めから決まっていた。



「……うん。いいよ」



 普段は声なんてかけてこないし、居ても居なくても一緒なんじゃないかってくらい影の薄いわたしは、多分みんなの便利屋くらいに思われているのかもしれない。



「ごめんねー! ありがとう、委員長っ!」



 そう言うや否や、すぐに友達の輪に小走りで戻っていく彼女の背中を見送り、ため息を溢す。


 新学期早々ホームルームで中々決まらなかったクラス委員の仕事だって、眼鏡をかけているからという理由だけで半ば強引に押し付けられる形で決まった。


 元々頼み事を断るのが苦手な性格なのも手伝って、今や都合よく使われることが日常と化している。


 頼んでくる子たちも多分、わたしが断りきれないのを分かっていて頼んでくるんだと思う。



「嫌だと思ったら、断ったっていいんだよ? 委員長」



 わたしの前の席に座る副委員長の真嶋くんが、太陽みたいな笑顔を携えながら話しかけてきた。


 彼はわたしと同じくクラス委員の仕事を任されてはいるけど、わたしとはまるで正反対の人。


 副委員長の仕事だって、ホームルームの時にたまたま寝ていた真嶋くんを面白がってクラスの男子が投票して決まったようなものだし。


 彼が副委員長をやると決まると、クラスの女子はわたしが押し付けられる形で決まったはずの委員長になりたがった。


 クラスのムードメーカーというか、彼はいつだって人に囲まれている人という印象だ。


 彼の周りは笑顔が溢れているし、彼自身他人との間に一切壁を作らないから一緒にいると心地の良いタイプのようだ。



「別に暇だし、わたしは大丈夫だよ」


「そっか。委員長は優しいね」


「え?」


「消えちゃう魔法が使えるのにそれを嫌いな奴に使わないところが」



 呪われたわたしの負のジンクスを呪いではなく、魔法と呼ぶ——副委員長の真嶋啓(ましまけい)くん。


 前にクラス委員の仕事を一緒にしている時、わたしがうっかり“負のジンクス”について口を滑らせて以来、真嶋くんはこうして時より声を掛けてくるようになった。



「わたしの呪いは好きなモノ限定で効くから」


「委員長は好きの反対って何だと思う?」


「え? ……嫌いじゃないの?」


「俺が思うに好きの反対は多分、無関心だよ」


「……そんな事考えもしなかった。真嶋くんにも居るの? 嫌いな人」



 誰にでも優しくて、いつも笑顔が絶えない真嶋くんにも人を嫌うことがあるんだろうか。



「どうだろね」



 曇りのない真嶋くんの太陽みたいな笑顔が、途端に(かげ)り始める。


 アンニュイなその表情はひどく大人びているのに、今にも壊れてしまいそうな危うさがある。



「——ま、」



 わたしが思わず彼に声を掛けそうになったその時だった。



「真嶋ッ、部活始まるぞ!」



 真嶋くんと同じ部活に所属する男子生徒が廊下側の窓から身を乗り出しながら、真嶋くんに声をかける。


 すると途端にいつもの太陽みたいな笑顔を取り戻した真嶋くんは彼に向かって「サンキュー、すぐ行く!」と返事をした。



「ごめん。委員長、今なにか言いかけた?」


「ううん、部活頑張ってね」


「そっか。ありがとう。それじゃあ、また明日」


「うん」



 そうだ。わたしは忘れていた。


 真嶋くんは人気者だからわたしなんかが声を掛けなくても、大丈夫だった。


 だけど真嶋くんがわたしとの些細すぎるあの日のやりとりをいつまでも覚えていてくれるから、わたしはいつもうっかり忘れてしまう。


 真嶋くんは遠い存在なはずなのに、一緒に話していると誰よりも近い存在なんじゃないかって勘違いしてしまいそうになるから。


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