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午前2時の逃避行  作者: 君徒よる
第三章
12/13

第一節:背中合わせの二人

 


 *

 *

 *



 憂鬱だった梅雨もようやく明けたと思えば、学校は夏休みに入った。


 入塾もせず、夏季講習にも申し込んでいなかったわたしは、最初の一週間ほどは毎日ダラダラと過ごしていた。


 せっかくの休みだからと漫画を読んだり、音楽を聴いたり、動画や映画を観賞し、とにかく好きなだけ好きなことを楽しんだ。


 だけど次第に何もしていないことに対する不安と、暇を持て余しはじめたことに対する苛つきを覚え始める。


 すると、気付けば真嶋くんに教えてもらっていた時のことを思い出しながら、再び勉強を始めていた。


 べつに将来のことを考え始めたわけでも、休み明けのテスト対策でもない。


 ほんとに何となく気が向いたからやっているだけ。


 昼夜逆転しかけていた生活も、徐々に戻し、規則正しい元の生活に戻っていった。


 そして迎えた八月中旬。


 夏休みも毎日練習をしているサッカー部も、お盆休みに入ったらしい。


 どうやってうちの父を説得したのか分からないけど、あれほど反対していたはずの父が今朝家を出る時もわたしを止めることはしなかった。


 それどころか「気をつけて行っておいで」とお小遣いまで渡してくれた。


「どうやったの?」と、聞いても真嶋くんは「普通に話しただけだよ」としか教えてくれなかった。


 腑に落ちないまま、乗車予定の電車がホームに滑り込んできたから大人しく乗車する。


 それからわたしと真嶋くんは、電車と新幹線を乗り継ぎ約二時間半かけて、東北の宮城県に来ていた。


 東北と聞いて、勝手に九州と同じ様な田舎を想像していたわたしは、ひどく驚くこととなった。



「え、宮城ってめっちゃ都会じゃん」


「ククッ……この辺は確かに栄えてるかもね」



 仙台駅のロータリーに着くと、真嶋くんのおじいちゃんが車で迎えにきてくれていた。



「じいちゃん、久しぶり」



 と、ロータリーに停車していた一台の車の前で、立ち止まった真嶋くんの声を追いかける様に、慌ててわたしも挨拶をする。



「あ、あの真嶋くんのクラスメイトの真波透子です。二日間、お世話になりますっ」



 ぺこりと頭を下げたわたしに、真嶋くんのおじいちゃんは穏やかな優しい笑顔で答えてくれた。



「二人とも遠いとこからよく来たね」


「い、いえ!」


「さあ、少し狭いかもしれないけど二人とも車に乗って」



「お邪魔します」と乗り込んだ車に揺られ、しばらくすると景色はどこか懐かしく、ほっとする様な田んぼや畑、山に様変わりした。


 その景色は、どこか九州を彷彿させた。


 ようやく到着した真嶋くんのおじいちゃんのおうちは、純和風の平家のお宅だった。


「いらっしゃい」とにこやかに迎えてくれた女性は、真嶋くんのおばあちゃんのようだ。



「はじめまして、真嶋くんのクラスメイトの真波透子です。二日間、お世話になりますっ」



「……あの、これ」と、東京駅で買っておいた手土産を渡しながら、先ほどと同じ様にペコリと頭を下げる。



「あらあら、ご丁寧にありがとうね。何のお構いも出来ませんけどゆっくりして行ってね?」


「いえ、とんでもないです」


「お父様からも丁度さっきお電話頂いたところよ」


「え、父からですか?」


「ええ」



 父から電話があった事に驚きながらも、わたしは隣にいた真嶋くんを見上げた。



「勝手なことしてごめん。俺がここの連絡先を教えたんだ。一応、連絡先くらい知らせとかなきゃ委員長のお父さんも心配だろうと思って」


「ううん。そこまで思いつきもしなかったから……むしろ、ありがとう」


「どういたしまして」



 と、笑った真嶋くんがなんと言ってわたしの父を説得してくれたのか益々、気になって仕方がなかった。


 その日は、長旅で疲れただろうからと早めにお風呂とご飯をいただき、就寝する。



「透子ちゃん、寝室はここを使ってね」


「はい、ありがとうございます」



 真嶋くんのおばあちゃんに案内され、一人、客間に通される。


 すでに部屋の真ん中には、白いシーツを被せたフカフカの布団が畳の上に敷かれていた。


 ずっと乗り物に乗っていただけだし、大して疲れてないと思っていたけど、どうやら自分でも気づかないうちに結構疲れていたらしい。


 真嶋くんのおじいちゃんとおばあちゃんにはとてもよくしてもらっているけど、慣れない環境の上やっぱり初対面の人たちなわけだし、知らないうちに緊張していたのかもしれない。


 真っ暗な物音ひとつしない静かな和室で一人敷布団に身を包み、目を瞑ればさっきまでは聞こえてこなかった音が聞こえてくる。


 虫や、カエルの鳴き声が静かな夜を彩る様に響き始める。


 それは懐かしい田舎特有の夏の音。


 都会の喧騒とはまた少し違う、田舎に住んでいる時には鬱陶しく感じることもあった小さな生き物たちの、命を賭した叫びのような鳴き声がそこら中にこだまする。


 都会からやや外れていると言っても、現在の住居であるマンションでは決してお目にかかれないけど、わたしにとってはこれが夏の風物詩だ。


 しばらく賑やかな虫たちの鳴き声に耳をすませていると、ストンと眠りに落ちていた。



 *



 翌日。



「委員長、観光に行かない?」という、真嶋くんの提案で、わたし達は再び仙台駅にやってきた。


「ありがとうございます」と、今日も送迎してくれた真嶋くんのおじいちゃんに頭を下げる。



「じいちゃん、ありがとう! 行ってきます!」


「二人とも気をつけてな。帰りもまた迎えにくるから終わったら電話しておいで」



 と、それだけ言うと真嶋くんのおじいちゃんの車は走り去り、車が行き交う大通りのなかに消えて行った。


 お昼時ということで、まずは仙台駅の中にある某ハンバーガーチェーン店で昼食を取ることにした。


 その後は真嶋くんに連れられて、『るーぷる仙台』という仙台市の主要観光名所の各所を巡ってくれるレトロで可愛い見た目のバスに乗り、わたし達は観光を始めた。


 最初に向かったのは、伊達政宗の魂を祀っているとされている『瑞鳳殿』。


 “斗栱(ときょう)”と呼ばれる色彩豊かな瑞鳳殿の軒の装飾は、まるで幾重にも重なる鯉のぼりの様で美しかった。


 そして重厚感のある木造作りの建物は厳かな雰囲気に包まれており、どこか神秘的だ。


 境内を見学し終え、瑞鳳殿を後にしたわたし達が、次に向かったのは『仙台城』だった。


 第二次世界大戦の空襲で焼けてしまったらしいそのお城は、石垣しか残ってはいなかったけど、本丸跡には伊達政宗の騎馬像が立っており、今でも彼がこの街を城主として見守っている様な気がした。


 そして石垣だけがそびえ立つその様を、わたしは熊本地震で倒壊した熊本城に重ねてしまい、密かに胸を痛めていたのはひみつだ。


 きっと熊本城が熊本のシンボルである様に、今はなきこの城もかつてこの地に住む人々にとってのシンボルだったに違いない。


 空襲で焼けてしまった時、どれほど胸を痛めたのだろうと、顔も知らないこの地の誰かに想いを馳せた。


 真嶋くんはなぜか観光の間やけに口数が少なく、時よりわたしが振り返ると、ただ微笑みを浮かべるだけで、まるでわたしを見守る様に佇んでいた。


 どうしたんだろう?



「大丈夫? 真嶋くん。疲れちゃった?」


「大丈夫だよ、ありがとう。委員長」



 なんて会話をすでに三回はした。


 真嶋くんが毎回その調子でわたしを押し切り、次の観光名所へと移動する。


 次にわたし達は、『大崎八幡宮』を訪れていた。


 伊達政宗が建てたというこの神社は、桃山建築の傑作で国宝に指定された社殿を持つ。


 色鮮やかな朱色の大鳥居は、観光客にも人気のスポットらしい。



「委員長、そろそろ休憩しようか」



 と、真嶋くんが連れて行ってくれたのはかき氷屋さんだった。


 なんでもここは一年中かき氷が食べられることで有名なお店らしい。


 冷たくて美味しいかき氷に舌鼓したわたしに、真嶋くんは言った。



「最後に委員長を連れていきたい場所があるんだけど、いいかな?」



 特に拒否する理由もないわたしはコクリと頷き、了承する。


 わたしの返事に「ありがとう」と真嶋くんは穏やかに笑った。


 再びバスに乗ったわたし達は、仙台駅に戻ってきた。


 その後、真嶋くんは真っ直ぐとタクシー乗り場に向かうと、一台のタクシーに乗り込む様にわたしを促す。



「え!? タクシー??」


「ほら、委員長乗って」



 親と一緒でもタクシーなんてほとんど乗ったことのなかったわたしは、大いにたじろいだ。


 そんなわたしをクスリと笑うだけで、真嶋くんは耳慣れない地名を口にして、タクシードライバーのおじさんに行き先を告げた。



 *



 目的地に到着したタクシーを降りたわたし達は、菖蒲田海水浴場(しょうぶたかいすいよくじょう)を訪れていた。


 初めて訪れた菖蒲田海水浴場は綺麗に整備されている海水浴場で、白基調の広めに間隔の空いた石階段を数段降りると、白砂浜が広がっている。


 その浜より先には波打ち際で泡を立てる真っ青な海が見える。


 やや沖の方にはテトラポッドの島が波の浸食を防いでおり、空には黄色のパラグライダーが浮かんでいて、気持ち良さげに滑空している。


「行こっか」と、真嶋くんに促され二人並んで浜辺を歩く。


 水着を持って来ていなかったから残念ながら海には入れないけど、それでもこうしているだけでわたしは十分楽しかった。



「委員長、見て」


「ん?」



 真嶋くんが波打ち際で拾い上げたのは、夕日を受けながらキラキラと光るカラフルな半透明の石だった。



「……綺麗。真嶋くん、それ何?」


「シーグラス」


「シーグラスって?」


「長い年月をかけて波に揉まれた元は透明の硝子片が、角が取れて丸っこくなって、こんな風に曇りガラスみたいになるんだ。それが海の宝石と呼ばれるシーグラスだよ」


「へぇ。真嶋くんは物知りだね」



 そう言うと、拾い上げたシーグラスをわたしに手渡しながら真嶋くんは笑った。



「真波透子。——ってさ、まるでシーグラスみたいな名前だね」


「っ、」



 突然真嶋くんに名前を呼ばれて、思わず胸が高鳴った。


 自分の顔が赤面しているのがわかり、とっさに俯く。


 シーグラスを受け取った時に、微かに触れた真嶋くんの指先さえも意識し過ぎて、ときめいてしまう自分が嫌だ。


 どうか、どうか……このドクドクとうるさい、胸の高鳴りが真嶋くんに聞こえていません様に。


 と、願わずにはいられなかった。


 真嶋くんは今、どんな表情をしているんだろう。


 熱を持った自分の頬を隠すこともできないまま、怖いもの見たさのような気持ちが勝り真嶋くんを見上げた。


 やっぱり真嶋くんのことだから、いつもみたいに柔らかな優しい笑みを浮かべているのかなと予想するもその予想は大きく外していた。


 だってそこには、ふいに見せる真剣そのものの表情をした真嶋くんが居たから。



「委員長。確かに人は自然には決して敵わないかもしれないし、委員長のジンクスは本物なのかもしれない。だけどあの大震災で大きな被害を受けたここ東北・宮城を見て。当時の荒れ果てていた土地は復興し、被災して俯きがちだった人たちも前を向いて歩き出してる」



 真嶋くんの表情に、瞳に、目が釘付けになって離せない。


 たしかに宮城を訪れてから目にした町や、この地に住む人々の様子は、前向きなものばかりだったように思う。



「もちろん町も人も完全に元に戻るには多くの時間が必要だし、失われた命や残された人たち心の傷は取り戻せない」



 真嶋くんの表情に一瞬、影が落ちる。その表情は以前にも覚えがあった。



「それでも残された俺たちは、亡くなった人たちの分も生き続けなきゃいけないんだ」



 途端に意志の強さが瞳に宿った気がした。


 “残された俺たち”と言う真嶋くんの言葉に、わたしは引っ掛かりを覚えた。


 そしてわたしは、一つの可能性を弾き出していた。


 それは出来れば外れていて欲しい、と思わずにはいられない可能性だった。だからわたしは無理やり頭の隅へ、その考えを急いで追いやった。



「休んだっていい、辛ければ途中で何度でも立ち止まればいい。それでも諦めずに少しずつまた歩み出せばいいんだから。独りで立ち上がれないなら、一緒に支え合えばいい。俺はいつだって、どこに居たって必ず委員長の元に駆けつけるから」



 真嶋くんの言葉が嬉しくないと言えば、嘘になる。


 それでもやっぱり彼のことを受け入れる勇気が今のわたしにはなかった。



「わたしに関わるとろくな事にならない。もしかしたら真嶋くんだって無事じゃ居られないかもしれない」


「大丈夫。俺、悪運だけは強いから」



 太陽みたいに笑う真嶋くんの笑みになぜだか無性に泣きたくなった。


 自分の負のジンクスを呪いながら、もう誰も傷つけたくないからと他人を避け続けたはずなのに……


 真っ直ぐでいて真剣な目をした真嶋くんを信じてみたいと思ってしまったから。



「俺、委員長のことが好きだよ。ねえ、俺のこと好きになってよ」



 認めざるを得ない自分の気持ちが溢れ出しそうになるのを、なんとか堪えながらわたしは真嶋くんに問いかける。



「どうして真嶋くんは、わたしの事をそこまで想ってくれるの?」



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