第四節:それぞれの思い
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「お父さん、あのさ」
数日後、夜勤明けで帰宅した父が仮眠をとり、ようやく落ち着いて話せるようになる頃合いを見計らいながら旅行の件をダメ元で相談した。
「……夏休みにさ、友達と旅行に行きたいんだけど」
仕事着のつなぎを洗濯機に放り込みながら、ため息をついた父の反応で、すでにその先の言葉は容易に想像がついた。
「透子。高校生だけで旅行なんて駄目に決まってるだろう」
「…………デスヨネ」
やはり予想通り、断られる。
小さい頃から単身赴任で家をあける事が多かった父は、どこか距離を感じるから少し苦手だ。
何を話したらいいのかもわからないし、父が何が好きで、何に興味があるのかもわたしにはわからない。
多分、それは父の方も同じで、わたしと濃い絡みをしようとはして来ない。
こっちに引っ越してきてから、毎日顔を合わせる生活になって約一年ほど経つけど、いまだに父との距離感も接し方にも慣れない。
家族のはずなのに、血の繋がりのある実の父と娘のはずなのに、わたし達はぎこちない親子を続けていた。
お互いに不器用なせいかもしれないし、元々口数が少ないせいかもしれないけど、家の中はいつも静まり返っていた。
学費も生活費も出してくれるし、何不自由ない生活を送れているけど、母と生活している頃と比べるとこの家には——笑いも、賑やかさも、何もない。
父は最低限の親子関係を続けているだけで、あまりわたしに興味も関心もないのかもしれない。
もしかしたらわたしをこっちに引き取ったのも、真嶋くんとの旅行を反対するのも全部、本当は世間体ってやつを気にしているせい?
わたしはまだ社会も知らない高校生で、自分の子供を持った事がないからわからないけど……親だからって、無条件に子供を愛せるわけじゃないのかもしれない。
だって子供のわたしからしても、父を好きかと問われでもしたら、正直答えに詰まるから。
子供は親を選べないって言うけど、それは親だって一緒じゃん。
お父さんはもしかしたら、女のわたしじゃなくて男の子が欲しかったのかもしれない。
ううん。性別は関係なくて、例えば成績が優秀なことか、容姿が優れている子、スポーツ万能な子……例をあげればキリがないけど、とにかくわたしはお父さんの理想の子ではなかったのかもしれない。
何よりお父さん自身もあまり関わって来なかった子どものわたしを、可愛がったり愛する事ができないのかも。
愛って多分、無償じゃないから。
この世に無償の愛なんて存在しない。
だってみんな何だかんだで、見返りを求めて生きてんじゃん。
お金をもらう代わりに労働力を差し出すし、SNSのフォロワー数を気にして、相手が有名人でもない限り相互フォローされなきゃ嫌だと言わんばかりに、相手がフォローバックしなければ簡単にフォローを外すじゃない。
自分は違うと思っている人も、みんな何だかんだで打算的に生きている。
でも、じゃあお母さんはどうしてわたしを可愛がってくれていたんだろう。
自分のことは二の次で、いつもわたしを一番に考えてくれた。
もちろん母から何かを要求されたことなど一度もない。
ただ一方的にわたしは母から与え続けられていた。
どうしてだろう?
お腹を痛めて産んだ子だから?
わたしが一人っ子だったから?
無償の愛なんて無いと言った手前、母のあの優しさが愛ではなかったとするならば、何だったのかわたしには定義できなくなっていた。
それは単に父のわたしに対する存在するのかしないのかもわからない、“愛”を否定するために生んでしまった子供っぽい矛盾なのかもしれないと、ふと思った。
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翌日。
「ごめん、やっぱりダメだった」と、父に反対されたことを真嶋くんに報告した。
すると何やら閃いたらしい真嶋くんは「俺に任せてみてくれない?」と、予想外の返答をする。
その晩、おおよその父の帰宅時間をわたしから聞いていた真嶋くんは、仕事帰りの父をマンション前で待ち構えていた。
何やら二人が話をしているところを、わたしはハラハラしながらそっと部屋の窓から見つめていた——。