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優しい王太子と公爵令嬢

 王太子の血塗れ姿は、その後も記憶から消えてはくれなかった。もやもやしながら過ごした日々はあっという間に過ぎ去り、王太子が再び我が家を訪れる日がやってきた。




「こんなにも間を空けずに訪ねて申し訳ない」

「まぁ! お気遣い頂き恐縮です。殿下がおいでになることを、娘共々心よりお待ちしておりました」


 今日も今日とて私の隣に座るお義母様は、愛想よく王太子に答える。華やかな笑みは、やり手の公爵家夫人そのものである。

 場所は前回と同じく別邸の応接室。

 王太子の斜め後ろには、以前と同じ侍従が控えている。彼はどうやら王太子の専属侍従らしい。短髪の黒髪をきっちりと撫でつけて、生真面目そうな顔をしていた。

 テーブルを挟んで目の前に座る殿下は、今日も大変麗しい。そして大変安心なことに、その顔には何もついていない。私はほっと胸をなでおろす。

 やっぱり前回見た光景は、単なる白昼夢だったのかも。


「ヴォルフラム嬢はご機嫌いかがかな?」


 六歳とは思えないほど如才ない王太子。私は今日こそ公爵家令嬢らしく振る舞おうと、背筋をしゃきんと伸ばす。


「ありがとう存じます。つつがなく過ごしております。このところ陽気が続いておりますので、気分も華やいでおりました。さらには本日、王太子殿下にご足労いただき、まことに恐悦至極にございます」


 ここ数日の間に、お義母様から叩きこまれた挨拶の口上を述べれば、かすかにだが王太子の瞳に驚きが浮かぶ。

 ふふん、どんなもんよ!

 私はドヤ顔になりそうな自分を抑えて、澄まし顔を保つ。隣のお義母様の反応を気配で伺うが、何の反応もないところを見るに、お義母様の合格水準にも達していたらしい。


「驚いたな……ヴォルフラム嬢はてっきり恥ずかしがり屋さんかと思ってたよ」


 王太子ははにかんだように笑う。


「僕の方が半年お兄さんだから、引っ張ってあげなくちゃって思ってたけど、必要なかったみたいだね」


 それから浮かぶ王子様スマイル。心臓は思わずキュンッと高鳴った。


 なにせこの王太子様は、今はまだちびっ子だけど、「私」がめちゃくちゃ好きだったあのロバートなのだ。前世の「私」の気持ちがぐんぐんと高まり、「や〜ん! かんっわいい〜‼︎ ショタ殿下最高〜‼︎」と脳内お祭り騒ぎである。

 さらに、まだ六歳のマリーとしての私も、ちょっとだけ年上の王子様に優しく微笑まれてぽやんとなる。

 マリーとしての私は、優しい王子様にハートをがっちり掴まれてしまった。


 とは言え、あくまでもそれは「素敵な王子様だなぁ」という感慨にすぎず、恋に落ちたというものではない。むしろ目の前のアイドルにときめいてる、みたいな。前世の記憶で言うところの、「萌えてる」というのが近いかもしれない。

 王太子への恋に狂うようなことがなくて、私は安心していた。


 それにしても、こうして直接目にしてみると、王太子殿下は乙女ゲームのキャラクターとしてのロバートとは全くの別人のようだ。


 乙女ゲームの中のロバートは、カリスマ性はあるものの俺様気質で、時折横柄。そして婚約者のことをとことん嫌っていた。

 ヒロインに自身の婚約者について説明する際には、「あの女は昔から、俺にベタベタとまとわりついてきて鬱陶しい」とまで言ってのけた。

 しかし現時点のロバートは、私のことを嫌うどころかむしろ友好的だ。この差異は何だろう。


 もちろん、私が前世の記憶を取り戻してことによって、人格が変わったと言うこともある。シナリオでは悪役令嬢であるマリーの過去を掘り下げるなんてことはなかったから、子供の頃の殿下とマリーの様子は想像するしかない。

 しかし、記憶を取り戻さなかったマリーは、幼少期から乙女ゲームで登場する十七歳まで、ずっとわがまま令嬢だったのではないかと思う。そんなマリーを、ロバートは嫌っていたのだろう。


 殿下の性格の変化についてはよくわからないけれど、乙女ゲームの中でも元々は生真面目な性格であることが明かされている。

 もう少し大きくなったら、父王へのコンプレックスを拗らせて、優しい王子様から俺様王子様へと変化してしまうのかもしれない。けれどその時はその時として、ノータッチでいこう。

 私としては、王太子とそこそこ友好関係が保てていれば問題ない。王位を継ぐことへのプレッシャー問題とか、コンプレックスとか。そこら辺には触れないことにした。


 ちょっとぐらい拗らせたって、それも一つの青春だよね! ヒロインとの甘い恋のスパイスとでもしてくれ。いつか将来、甘酸っぱい思い出になるさ!

 ちょっと冷たいかもだけど、私はそこは知らぬ存ぜぬを貫くことにした。変に突いて藪蛇とばかりに王太子との関係が悪化してもいけないし……。


 王太子ロバートに惚れて執着し、ヒロインを虐めて処刑されたマリー。私はヒロインを虐めるつもりも、犯罪に手を染めるつもりもない。


 王太子との婚約は回避できなかったものの、私はこの優しい王子様となら、友好的な関係を作れるのではないかと期待した。

 それならば、シナリオ通りにヒロインが現れた時にも、友人として穏やかに婚約破棄すればいい。


 うん。それってありよね。


 悪役令嬢にはならないと決意しているものの、破滅はやっぱり怖い。ここ数日悩んだ末に、私は決意した。

 攻略対象とヒロインには極力かかわらない! 攻略対象には恋しない!

 これが一番ベストな気がした。


 王太子の話に相槌をうちながら、私は控えていたメイドに淹れてもらった紅茶をゆっくりと飲む。ついでにちょこちょことお菓子もつまむ。

 食べすぎるとお義母様に叱られてしまうけれど、甘いものと紅茶の組み合わせは正義なのだ。やめられない、とまらない。


「ところでヴォルフラム嬢」

「なんでしょうか?」


 好物のフルーツが練りこまれた蜜漬けケーキをもぐもぐと咀嚼していた私は、王太子に話しかけられて慌てて口の中のものを飲み込み、返事する。

 マナー的にはぎりぎりセーフ。お義母様からちょっとだけ鋭い視線が飛んできてる気がするけど、セーフったらセーフである。


「もしよかったら、マリーって呼んでもいいかい? 君も僕のことはロバートって呼んでよ」


 殿下の頬がほんのりと赤くなっている。殿下の大人びた雰囲気が崩れ、少年そのままの表情になる。


「同じ年頃の子と遊ぶことって少なくて……できたら君とは友達になりたいんだ」


 予想外の申し出に一瞬ぽかんとしてしまったけれど、婚約者の照れた様子に、私はようやく合点がいった。なぜこの王太子が、私に対して積極的に仲良くなろうとしているのか。


 おそらく殿下は、友達が欲しかったのだろう。

 私も殿下も似ているのだ。


 公爵令嬢である私も、平民の子供のように自由に駆け回って遊ぶことはできない。さらに常日頃から周りを大人に囲まれていて、同じ年の子と遊ぶという経験も少ない。

 兄弟でもいたら違っただろうが、私も殿下も一人っ子だ。

 もう少し大きくなれば、上流貴族の子供同士でお茶会をしたりと交流する機会もあるだろうが、しかし私達は貴族である。そこにはマナーやしきたりが介在し、普通の子供らしく「仲良くなる」ということはできない。

 ましてや殿下は時期王である。これから知り合う貴族の子女全てが、将来自身の配下となる。対等な友達というわけにはいかないだろう。……私も含めたごく一部の例外を除いては。


 婚約者である私は、現在、王太子殿下に最も近い立場の貴族子女となる。だから殿下は、私とならば気負わずに仲良くなれるのではないかと期待したのではないだろうか。


 そう考えると、殿下のことが可愛らしく見えてきた。彼は彼なりに、このお茶会に期待と緊張を抱えていたのかも。


 私は殿下をまっすぐに見つめて、にっこりと笑った。


「もちろんです、ロバート様。私のことはマリーとお呼びくださいませ」

「ありがとう、マリー嬢」


 緊張から解放されたように頬を緩めるロバート様。私は「やっぱりこの人、いい人だわ」と思いながら、再び目の前に並ぶケーキへと視線を向けた。

 せっかくだから、おすすめのケーキを紹介して、一緒に食べるのもいいかもしれない。

 そう思って、今度はこちらからロバート様に話しかけようと顔を上げ……そして私はまたもや先日のように凍りついた。


 さっきまでは普通だった殿下のお顔。それが今や、全くの別物へと変化している。私は悟った。やはり先日のあれは、幻ではなかったのだと。


 ロバート様は、血の涙を流しながら、割れた額から滝のように血を垂れ流していた。

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