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一家団欒の公爵令嬢

 別邸は、本邸の十分の一の大きさをしている。十分の一の大きさとはいっても、一般的な一軒家と大して変わらない作りだ。むしろ本邸が大きすぎるのだ。ごく一般的な日本人の感性を持った「私」の感覚では、本邸は「家」という括りでは収まりきらない。

 私の住む別邸には、お風呂やトイレ、洗面所も完備され、キッチンもちゃんとある。部屋も数部屋あり、応接間ーー昨日、王太子を招いた部屋だーーもあった。ここだけで暮らそうと思えば十分できる。ここから本邸には、渡り廊下で繋がっていた。


 お父様が帰宅したという知らせは、別邸にもすぐに届けられた。なんでも今朝早くに城から帰宅したらしい。

 知らせを受けてからは、別邸で働く使用人たちは慌ただしく準備を始めた。お父様いわく、久しぶりに娘の顔が見たいらしい。家族三人揃って朝食を取ろうという知らせ。そのため朝早くから起こされて、身支度をさせられた。


「お父様とお会いするのは二週間ぶりかしら?」

「旦那様はずっとお仕事でしたものね」


 普段、私の暮らす部屋はあまり人気がない。別邸で働く使用人たちはシフト制らしく、立ち替わりで毎日十五人から二十人程度はいるのだが、皆、用事がない限り私の部屋には近づかないのだ。例外はミーシャだけ。


 ミーシャは私と並んで寝室のベッドに座り、忙しく働いているメイドを一緒に眺めている。部屋の中ではメイドが一人、忙しなく掃除をしていた。

 屋敷の主人であるお父様の手前、不備があってはいけないと、いつも以上の入念さでもって別邸全てが丸ごと清掃中なのだ。


「お嬢様。もうしばらくしたら本邸から旦那様がいらっしゃいますので、もう少々お待ちください」


 寝室に置かれた簡易のサイドテーブルを丁寧に布巾で拭きながら、三十半ばを過ぎたくらいのメイドが慇懃な口調で話しかけてきた。


「私は寝室で待てばいいの?」

「さきほど確認してまいりましたが、居間と応接室はいつもよりも多くの人出で朝食と、その後のティータイムの準備をしておりました」


 私の疑問にミーシャが答えた。

 十九世紀のヨーロッパを模したようなこの世界の貴族の家は、むだにマナーやしきたりが細かい。私はうんざりしてため息をつく。たかが家族と会うために、使用人総出で準備しなければいけないなんて。

 ため息をついた私に、メイドは鋭い視線を向けた。淑女が人前でため息をつくのは、品があるとは言えない振る舞いなのだ。

 うっかりとやってしまったことに、メイドは厳しい目を向ける。


「お嬢様はこのところ、随分と大人びていらっしゃいましたが、まだまだあどけないご様子。せっかく旦那様が朝食をご一緒してくださると仰っておられるのですから、淑女然としたお振る舞いをなさいませ」


 慇懃無礼な態度のメイド。私は少々ムッときた。何か言い返してやろうとしたけれど、しかし、ここは我慢して大人な態度を取るべきなのかもしれない。

 なにせ、ミーシャ以外の使用人とも仲良くなると決めたのだ。


「アンナさんったら……。お嬢様はまだまだお小さいのですよ。そんなに厳しいことを言わないで」

「お嬢様はお小さいとは言え、公爵家ご令嬢。(わたくし)ども使用人一同、お嬢様のご成長をお見守りしている立場として、お耳に痛いことを言うこともございますが、そこは奥様からもお許し頂いていることです」


 私のことを庇うミーシャの言葉を無視して、メイドーーアンナはきっぱりと物を言う。

 どうやらお義母様は、私に使用人が厳しく接するのを許しているらしい。

 さりげない嫌がらせだわ。

 そう思ったけれど、私はぐっと我慢する。


「……はぁい」


 厳しいアンナに、ここは折れておこうと私がしぶしぶ頷くと、彼女はようやく釣り上げた眉を和らげた。


「奥様から、お嬢様のお好きな蜜のケーキをご用意するようにと伺っています。たっぷり召し上がってくださいね」


 それからアンナは部屋をぐるりと見渡して不備がないことを確認すると、他に用事があるからと寝室を出て行った。

 アンナが出ていくと、ミーシャは私に優しい笑みを向けた。


「お嬢様、ご成長なさりましたね。アンナに素直に頷けるようになるなんて。ミーシャは嬉しゅうございます」


 そういえば記憶が戻る前のマリーは、厳しいアンナに反発して、たびたび癇癪を起こしていた。しかし今の私は、「私」の記憶を取り戻したのだから、前よりも大人になったのだ。多少感じが悪く思うメイド相手にだって、駄々をこねたりはしない。


「当然よ! 私を誰だと思ってるの!」


 ミーシャの前では堂々と振る舞える。鼻高々の私に、彼女はふんわりと微笑んだのだった。




 それからしばらくは、寝室でミーシャと二人、たわいもないお喋りをして過ごした。

 一通り話し終えて、のんびりとした時間を過ごしていると、トントンと扉が軽くノックされる。


「はい」

「マリー、私だ。入るよ」


 扉を開けたのはお父様だった。


 お父様ことヴォルフラム公爵は、今年で三十一歳になる。まだ年若い公爵だ。先代であるお祖父様はあまり体が強くなく、早々にご隠居なさったので、お父様は随分と若くに公爵位を継いだらしい。


 お父様は、私と同じ色の髪と瞳を持っていた。

 顔立ちは似ていない。お父様いわく、私はお母様似らしい。ことあるごとに私をまじまじと見つめては、「年々よく似ていくね」と感心したように言われた。

 お父様のお顔は、気弱そうだが人が良さそうな穏やかな雰囲気がある。甘いマスクは、幼いながらも少々きつめな顔つきの私とは正反対。


「病明けのお前に付き添ってやれず、すまなかったね。どうしてもやらなければいけない仕事があったんだ」


 申し訳なさそうに眉を下げると、お父様はベッドに腰掛けたままの私の隣に座る。お父様の体重でマットレスが沈み、私の体が傾く。ミーシャはいつの間にか壁際に移動していた。


「いいえ、平気です」


 本気で答えたのに、お父様は痛ましそうな表情になる。

 お父様とは、高熱が下がり目覚めた日に顔を合わせたきりだった。私の熱が下がってすぐにまた仕事に行ってしまったので、あの日以降は今日まで会っていなかったのだ。


「マーガレットから聞いているよ。王太子殿下に随分と緊張したんだって?」


 お父様にからかうように言われて、私はムッと眉をひそめた。お義母様は私がいない隙に、お父様に私の悪口を吹き込んだらしい。

 それに緊張したのは確かだけれど、それは王太子殿下にじゃない。

 昨日のことを思い出すと、まだ背中に震えが走る。意識して王太子殿下の()()姿を思い浮かべないようにしながら弁明する。


「そうじゃありません。ちょっと口ごもっちゃっただけです」

「そうなのかい? マリー、君は少々内弁慶なところがあるからね。まぁでも、君はまだまだ幼いし、これからしっかりすればいいさ」


 お父様はあっけらかんとそう言うと、私に手を差し出す。その手を掴んで、私はベッドからぴょんと降りた。

 お父様と手を繋いで、朝食が用意された居間へと移動する。


「最近はわがままを言わなくなってきたらしいね。つい先日まで赤ちゃんだったと思ったのに……子供の成長は早いね」


 お父様はまるで普段会いに来ない言い訳でもするかのように早口になる。もしかしたらこの人にも、娘を放置している罪悪感のようなものがあるのかもしれない。


「君のことはマーガレットに任せきりになってしまっているね……」

「お義母様は私のこと、何か言ってた?」


 思わず鋭い声になった。強くお父様の手を握ると、お父様はぎょっとした顔で私を見下ろす。


「……元気に過ごしていると聞いたよ」


 一瞬の間は、私に不自然さを感じさせた。私はしかめそうになる表情をこらえて、「そう」とだけ返事をした。




 居間に入ると、そこにはすでにお義母様がいた。椅子から立ち上がって私たちを迎える。


「おはよう、マリー」

「おはようございます……」


 挨拶を返す声は硬くなった。お義母様の表情もぎこちない。

 私と繋いでいた手を離したお父様は、空気を変えるように一度ぱんと音を鳴らして両手を打ちあわせると、食事を取ろうと私たちを促した。




「そうそう、マリー。王太子殿下が、今度またお前と遊びたいと仰っておられる。三日後に、またこちらにおいでになりたいそうだ」


 薄切りの白パンにバターを塗りながら、お父様は何でもないようにそう言った。私は飲み込む途中だったサラダが喉に引っかかってむせる。

 三日後に……またあの王子様が家に来る……⁉︎


「慌てて食べないで。淑女ならゆっくりお食べなさい」


 むせたところで、すかさずお義母様からのお叱りが飛んできたけど、私はそれどころじゃなかった。

 昨日の今日である。血塗れ王太子にそう何度も会いたくはない。

 一夜明けて冷静に考えてみても、やっぱり昨日見た光景が、単なる幻とは思えなかった。


「良かったわね、マリー。あなたは昨日あれほど失礼だったというのに、王太子殿下はお優しいわね」

「まぁまぁ……あまり厳しく言うもんじゃないよ、マーガレット」


 それなのに、私の気持ちは置いてきぼりで、王太子との面会が決定されていく。

 私の背中を冷たい汗が伝う。


「私はこの子のために言ってるんです。いいこと、マリー。次は失態を挽回できるよう、きちんとお行儀良くするんですよ」


 前半はお父様、後半は私に。お義母様の声は鋭い。お父様はかすかに肩をすくめて、パンにバターを塗る作業へと戻っていく。お父様はお義母様に弱いのだ。

 お義母様のしかめっ面を見ながら、私は避けられそうもない王太子との面会に、早くも嫌な予感を覚えていた。

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