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婚約者と出会う公爵令嬢

 お義母様とお義母様が連れてきたメイドが本邸へと帰ってから。私はベッドに寝そべって、ロバートの情報を整理する。


 乙女ゲームの中では、ロバートはいわゆる俺様王子枠で出てくる。


 ヒロインと同じクラスになる王太子。文武両道、時期王として期待されながらも、彼には悩みがあった。それは、自分は父親のような立派な王になれるのだろうか、というものである。

 カリスマ的な俺様気質の陰に隠れて、彼は意外にも気弱なのだ。むしろ、その気弱さを隠すために俺様を装っていたと言ってもいい。

 ヒロインは、その悩みに気がついて、ロバートを励まし、彼の持っている真面目さは王に必要なものだと説く。そして彼は自信を取り戻し、また、自分を勇気づけてくれたヒロインに惹かれるのだ。


 さて、では乙女ゲームの中で、私ことマリー公爵令嬢はどのような役回りなのか。

 マリーは、ロバートに執着する婚約者として出てくる。

 ロバートの悩みには一切寄り添わず、むしろ「あなたは未来の王なのですよ!」が口癖。ことあるごとに時期王妃という看板を振りかざし、平民出身のヒロインをいびり倒す。

 そして最後は、学園の卒業式で、ロバートに自身の罪を暴かれ、婚約破棄されて没落する。没落してからは、これまでの罪が裁かれて、()()()()()。悪役令嬢の没落は、全シナリオで共通である。


 悪役令嬢の没落。私はため息をついた。

 もちろん、私は乙女ゲームのマリーのような悪事を働くつもりはない。だから、処刑される未来は来ないはず。

 しかし、乙女ゲームに転生だなんて、摩訶不思議なことが現実に起きているのだ。何らかの意思の介在によって、ある日いきなり自分が、悪役令嬢としての役割を果たすようになるかもしれない。

 そこまで考えて、ぞっと背筋が冷えた。

 何者かに意識を乗っ取られて、自分が自分ではなくなる。そんなことが起きたとしたら……。


 私はベッドから起き上がって、サイドチェストの引き出しを開け、そこから手鏡を取り出した。そこに映る自分の顔を見る。


 鏡に映る自分の顔。見慣れたはずのその顔は、高熱を境に時折、自分のものではないような気になる。


 艶々とした黒髪。天然のカールがついた髪は、ふわふわしている。青みがかった黒色の瞳。幼いながらも通った鼻筋。お人形のような唇は、肌の白さに引き立てられて、より赤く見える。

 幼いながらも完成された美貌。まさに美少女である。


 うん……私だ。ここにいるのは、公爵令嬢マリー・ヒルデガルト・フォン・ヴォルフラム。


 私は手鏡を引き出しに戻し、もう一度ベッドに横たわって天蓋を見上げた。天蓋に広がる薔薇の彫り物。

 私は目を閉じて深呼吸する。


 きっと大丈夫。私は私。

 明日に控えた王太子との邂逅。心臓がドキドキしてきた。王太子に会った瞬間、自分が自分でなくなったらどうしようかという不安。その不安が足元からじわじわと自分を染めていく。


 大丈夫。きっと、大丈夫。

 祈るように何度も自分に言い聞かせるうちに、私は眠ってしまった。




 翌朝、目がさめると、幾分か気分がスッキリしていた。


「おはようございます、お嬢様」

「おはよう、ミーシャ」


 ベッドのそばには、いつものようにミーシャがいた。


「奥様と他のメイドたちが、お嬢様の支度にこちらにおいでになるそうですよ」

「そうなの……」


 私は憂鬱な気持ちではぁとため息をつく。ミーシャは苦笑した。


「せっかくなのですから、華やかに装うのをお楽しみになってはいかがでしょう?」

「そうね、そうするわ」


 それから後、私の部屋へとやってきたお義母様とメイドたち一行によって、私はお風呂に入れられ、ゴテゴテとしたドレスを着せられ、化粧まで施された。



「いいこと、マリー。王太子殿下に失礼なことをしてはいけませんよ。お茶のときにお菓子は食べすぎないで。無駄口も叩かない。それから……」

「わかりましたっ!」


 くどくどとお説教するお義母様にうんざりして、私はつい大きな声を出してしまった。お義母様はしかめ面で口をつぐむ。


 私はパステルブルーのドレスを着ていた。フリルがたっぷりとついた可愛らしいデザイン。ロリータっぽさがあるものの、まだ幼い私にはよく似合っている。

 髪はコテで巻かれ、綺麗な巻き髪になっている。……巻き髪といえば悪役令嬢マリーのトレードマークなのでちょっと嫌なのだけれど。

 けれど、ドレスに合わせたブルーのリボンがところどころ結ばれて、華やかに仕上がっていた。

 軽くお粉をつけて、頬もふんわりピンク色。どこからどう見ても可愛らしいお姫様だ。思わず自画自賛してしまう。


「王太子殿下がお越しです」


 扉の外から侍従の声が響く。私とお義母様は、立ち上がって、扉が開くのを待った。


 扉が開く。そこから一人の少年が入ってくる。私は思わず目を見開いた。


 ブロンドの髪は綺麗に整えられ、宝石のようなグリーンの瞳がこちらをまっすぐに見る。賢そうな顔立ちは六歳の少年をより大人びて見せた。


 ひぇ〜! すんごい美少年!


 乙女ゲームのスチルの美青年をそのまんま少年にしました、と説明されると頷ける。ロバートは想像以上の美少年だった。


「ヴォルフラム公爵夫人、ヴォルフラム嬢、今日は時間を取ってくれてありがとう」


 美少年ことロバートが微笑む。いや〜ん! 超絶美貌スマイル玉砲!


 内心悶えつつ、表向きは澄ましてお義母様と並んで静かに頭を下げる。


「王太子殿下につきましては、ご機嫌麗しゅう。今日は娘を見舞ってくださるとのこと。恐悦至極に存じます」


 お義母様の言葉に、殿下は軽く手を振った。


「むしろ見舞いと言いつつ、遅くなってしまったことを詫びよう。ヴォルフラム嬢は婚約者なのだ。本来ならばもっと早くに来るべきだったのだが……」


 言葉を濁す殿下。そりゃそうだよね。いくら婚約者と言えど、高熱を出した令嬢に王太子様を近づけさせるわけにはいかないよ。もし伝染病だったら大変だもん。

 そういう事情もあって、見舞いと銘打ちながらも、私が完全に回復したと認められるまでは面会できなかったのだ。


 そして私は、王太子とお義母様の会話を聞きながら、ほっと胸をなでおろしていた。

 王太子を見た瞬間に、たしかにその美貌に驚きはしたものの、彼に執着する気持ちはこれっぽっちも浮かばなかったからだ。私は私のまま。

 杞憂に終わった不安から解放され、私は穏やかな気持ちでいた。


「ささやかながら、お茶をご用意いたしました。こちらへどうぞ」


 お義母様がそつのない仕草でテーブルを示す。そこには、コックが腕によりをかけて作ったケーキや、たくさんの果物が並び、紅茶が用意されている。


「ありがとう。では頂こう」


 殿下は、六歳とは思えないぐらいのしっかりとした受け答えで席に着く。側には連れてきた侍従がいる。恐らく毒味役も兼ねているのだろう。

 私もお義母様と並んで席に着く。現金なものだけど、不安から解放されたからかお腹がすいてきた。目の前に美味しそうな匂いが立ち込めたお菓子が、宝石のごとく輝いているのだ。仕方ない。別に私が食いしん坊というわけじゃないんだから!

 ミーシャが私の背後に立つ。朝から、お義母様とお義母様の連れてきたメイドたちが率先して動いていたので、ミーシャはずっと壁際に立っていた。ようやく近くに戻ってきてくれたミーシャに私はほっとした。


「ヴォルフラム嬢。元気になったかい?」


 私に話題が振られる。私は王太子に返事をしようと、令嬢らしく伏せていた視線をあげた。王太子を見る。


 そして凍りついた。

 煌びやかな美貌を振りまく王子様。

 その王子様はなぜか血塗れだった。頭からペンキを被ったように、血が滴っている。

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