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前世を思い出した公爵令嬢

 「私」はずきずきと鈍く痛む頭に眉をしかめながら、重たい瞼を持ち上げた。なんだか体全体が重い。

 たっぷりと汗をかいたからか、ほんのりと湿ったシルクのネグリジェが肌にまとわりついてきて不快だ。


「お嬢様! お目覚めになられましたか!?」

「うっ……」


 私はうめき声を出した。近くで大声を出されたからか、頭がガンガンと痛む。


「よかった……旦那様と奥様を呼んでまいります」

「ありがとう」


 部屋から飛び出していきそうなメイドのミーシャにお礼を告げると、ミーシャは振り返ってから、一瞬だけ驚いたように目をみはった。

 見慣れたはずの琥珀色の瞳は信じられないものを見たと言わんばかり。仕方ないわね。だって、数日前までわがまま放題で、使用人なんて家具の一部としか思っていなかった私が礼を口にしたんだもの。

 けれども驚いた様子だったミーシャは、すぐに現実に立ち返ると私に一礼してから扉を閉める。たたたっという足音が扉の向こうから聴こえて、遠ざかっていくのに合わせて足音はやがて小さくなった。


 寝室に一人残された私は、思わず呟いた。

「私……あのマリーに転生したんだわ」


 ふかふかの枕に頭をのせたまま、私はベッドの天蓋を見上げる。天蓋には薔薇の文様が豪華に彫られていた。いかにも高級そうだ。公爵令嬢としての私の価値観と、前世の「私」の価値観は、いまだ完全には混ざりきっていない。


 だって、「私」の記憶はさっき戻ったばかりなんだもの。

 六歳の私は数日前に、高熱を出した。そして死の狭間をさまよっているあいだに、前世の記憶を取り戻した。



 私の前世は、日本という国で暮らす、ごく普通の庶民だった。ところどころ曖昧な記憶だけれど、繋ぎ合わせていくと彼女の人生が見えてくる。


 田舎町から上京してきた二十代後半の女。仕事に追われながらも、それなりに充実した生活をしていた。仕事が忙しくてなかなか恋人ができなかった彼女の趣味は、乙女ゲーム。画面に映るイケメンにきゃあきゃあと夢中になった。


 「私」が死んだその日の前の晩も、遅くまでゲームで遊んでいた。タイトルは『アタック・オブ・ハート~学園で恋しよ!~』。ここ数カ月のうちで一番のお気に入りだった。全ルートを攻略しただけではなく、何度も周回してスチルも集めきっていた。


 舞台は、貴族の子女が通う学園。乙女ゲームのテンプレに漏れず、ヒロインは平民出身の特待生だ。攻略対象は隠しキャラを入れて五人。俺様王太子、熱血騎士、飛び級天才魔術師、クール眼鏡公爵子息。それから、隠しキャラの暗殺者である。


 テンプレ通りなシナリオにキャラ設定。王道中の王道路線を突っ走っているだけでなく、人気絵師による美麗なスチルイラストと、豪華な声優陣というのも加わって、わりかし人気が出た。前世の私もキャラグッズを集めまくる程度にははまった。


 とりわけ好きだったのは王太子ルート。シナリオを一周するだけでは飽き足らず、スチルを集めきってからも全ルートを何度も繰り返して遊んでいた。

 今日帰ってから、王太子ルートをもう一周しておこうかな、なんて考えながら会社の前にある信号を渡っていたところで、赤信号を無視したトラックが突如、突っ込んできた。直後、私は跳ねられた。


 そして気がついたら「私」は、マリーに――死の直前まで頭にあった、乙女ゲームの登場人物である悪役令嬢になっていた。

 これは何の因果か、未練なのか。理解できない不思議な現象だが、これ以上考えても答えは出ないだろうと諦める。


「乙女ゲーム開始まで、あと十年かぁ……」


 公爵令嬢マリー・ヒルデガルト・フォン・ヴォルフラム。無駄に長ったらしいこの名前は、ゲーム内に何度も現れる。


 豪華な黒髪の縦ロール。赤い唇。人形のような冷たい美貌と、出るとこは出て、引っ込むとこは引っ込んだド迫力のナイスバディ。

 制作陣が無駄に力を入れたのか、悪役にもかかわらず、マリーの立ち絵はため息が出るほど美しかった。


 しかし、性格は最悪の一言に尽きる。

 王太子の婚約者であることをかさに着て、やりたい放題。我儘三昧。

 ヒロインをいびり倒し、罪なき人々を罠に掛け続けた悪女。その所業は、「これ全年齢の乙女ゲームだよね?」と話題になったほどだ。


 自分よりも美しい存在が許せず、気に入らない女生徒や使用人を暴漢に襲わせ、身も心もボロボロにする。賄賂をもらって、敵国に自国の情報を横流しする。人身売買に手を染めるなど。どう考えても、ライバル令嬢の域を超えていた。普通に悪役である。

 こうして周囲を虐げて続けてきた彼女は、学園の卒業式で攻略対象とヒロインによって罪を暴かれ、ついには没落する。


「私は絶対に悪い事なんてしないわ……」


 前世の記憶と同時に乙女ゲームの記憶も取り戻した私は、没落する将来を知り、未来を変えてみせるわと、右手をぐっと握りしめた。

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