お城へと向かう公爵令嬢
それからロバート様は、「次は城に遊びに来てくれ」と半ば強引に約束をもぎ取ってお帰りになった。
血塗れのままにこやかに手を振って馬車に乗り込まれるのを見送って、私はようやく一息ついたのだった。
ロバート様は親切で丁寧なお人柄だけど、王族らしくちょっと押しが強い。そういうところは、乙女ゲームでのロバート様に重なるかも。
「来週かぁ……」
一日の終わり。私はベッドにごろごろと寝転がって、お城訪問の約束へと思いを馳せていた。ミーシャはベッドの脇に立って、いつもの如くにこにこと朗らかに微笑んでいる。
「ロバート様と仲良くなって良かったですね、お嬢様」
「……仲良くなってるように見える?」
「ええ、そう見えますよ。ロバート様とお嬢様……大変お似合いですわ」
「そうかしら……?」
婚約者であるロバート様と私。お似合いと言われるとなんだかムズムズした。居心地が悪い。嫌な気持ちというわけではないけれど、なんとなく反発したいような気もする。
私は起き上がると、ベッドの上で膝を抱えて座る。座った隣を手でぽんぽんと軽く叩くと、一礼してミーシャが隣へと上がってきた。二人で並んで座り、夜のお喋り。
「お城に行くときは、ミーシャも着いてきてくれるのよね?」
ロバート様を訪問する予定の日。お義母様は前々から予定があったらしく、私一人がお城に向かうことになっていた。
馬車の迎えをよこすとロバート様は仰ったけど、お城に行って知らない人に囲まれるのがすでに不安だ。私は人見知りなのだ。六歳のマリーの心が、よく知らない場所に行くのを不安がっている。
それならば、気心の知れたミーシャと一緒に行きたい。
私は期待を込めて彼女を見たけれど、ミーシャは困ったように眉尻を下げ、琥珀色の瞳に申し訳なさそうな色を浮かべた。
「申し訳ありません。私はお屋敷から離れられないので……」
「ど〜してもダメ? たまにはいいでしょ! ミーシャを連れてお城に行かせてもらえるよう、お義母様にお願いするから!」
「お嬢様……私もお側を離れたくはないのですが、私はお城にあがれるような人間じゃありませんから……」
「そんなぁ……」
目論見は外れた。私の信頼するメイドは着いてきてくれないらしい。
私が眉をへにょっと下げて唇を尖らせると、ミーシャは弱った私を励ますように微笑んだ。
「きっとお嬢様ならお城に行っても立派に振舞うことができますよ」
「でも……知らない場所なんだもん……」
「大丈夫です。自信を持って」
うるうると瞳を潤ませてみたけれど、励まされて終わってしまった。
そしてお城訪問の日がやってきた。
朝からメイドたちによって頭から爪先までピカピカに整えられた私は、屋敷の戸口に立って、お城からの馬車を待っていた。
私の背後にはアンナがいる。彼女は今日、私の侍女兼付添人として一緒にお城に向かうことになっていた。
しばらくすると、城下町の南西にある教会の鐘が、定刻きっかりに時間を告げる。教会の巨大な鐘が八回打たれた。八時を告げる鐘の音が、街全体に響き渡る。
ごうん、ごうんという古ぼけた鐘の響きをぼんやり聞いていると、門の向こうから馬のいななきと、ガラゴロと車輪が道を踏む音が聞こえてくる。迎えの馬車が見えてきた。
馬車の到着を待つ私の後ろからアンナが囁く。
「お嬢様、背筋をしっかり伸ばしてくださいませ」
「はぁい」
仲良しのミーシャではなく、苦手なアンナと一緒。それだけでテンションが下がっちゃう。
アンナは次々と注意を始める。
「良いですか、お嬢様。お城の方々の前では余計なことを話さず、大人しくしておくんですよ」
「私、普段から余計なおしゃべりなんかしないもん」
「あら。お気づきじゃないんですか? 時々独り言を話してらっしゃいますよ」
減らず口のメイド。私の眉間にぐっと力が入る。
私達の目の前で馬車が止まる。止まった馬車から降りてきた侍従が、うやうやしく馬車の扉を開けてくれた。私は軽く膝を曲げて挨拶する。
馬車に向かって歩き出す直前。アンナはとどめとばかりに小さな声でさらに囁く。
「お嬢様がもう少しご成長遊ばせたら、家庭教師の先生がいらっしゃいますからね。その時までに独り言の癖はお辞めになるとよろしいかと」
「……気をつけるわ」
ツンとして私は答える。アンナはそっけなく頷いた。
やっぱり私、この人嫌いだわ!
お義母様がアンナを今日の付添人に選んだんだろうけど、これもきっといつもの嫌がらせに決まってる!
心の中であっかんべーと舌を出しながら、私は馬車へと乗り込んだ。
馬車は、さすが王家所蔵と言おうか。圧巻の乗り心地だった。城下町はほとんどの道に整備が行き届いているということもあって、大変快適な道中。
城門をくぐると、馬車は駈歩から常歩となって、ゆったりとした動きで城門から城へと続く細い道を行き、そして華やかな居館の門の前へと辿り着いた。
手を差し伸べてくれる侍従にエスコートしてもらって馬車のステップを降りると、目の前にはずらりと並んだ衛兵。そしてその真ん中に、ロバート様がにこやかに佇んでおられた。
「マリー嬢! 待っていたよ!」
「ロバート様。この度はお招きにあずかり光栄です」
ドレスの裾を軽く掴んでカーテシーを披露すると、ロバート様も右手を胸に当てて、紳士の礼を返してくださる。
控えていた侍従や侍女たちが微笑ましそうな表情を浮かべるのが視界の端で見えた。
いやぁ、君たちの気持ちわかるよ〜! いくらロイヤルな生まれだとしても、ちびっ子が紳士淑女のマナーをしてたら可愛いなって思うよね!
実際、はにかむロバート様はとっても可愛らしかった。
「今日は天気がいいし、お庭の薔薇でも見てから、庭園でお茶を飲もう。マリー嬢が好きそうな甘いお菓子もたくさん用意したよ」
ちょっぴりお兄さんぶった笑みで、手を差し出してくださるロバート様。まだあどけない手のひらへと私は自分の手を重ねる。
「はい……よろしくお願いいたします」
小さな手はお日様のように温かかった。