死んだ公爵令嬢
大好きなホラーと悪役令嬢ものを混ぜてみました。中編ぐらいの長さを予定しています。
「公爵令嬢マリー・ヒルデガルト・フォン・ヴォルフラム! 今日この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」
「そんなっ! ロバート様っ!」
「私の名を呼ぶな。貴様に名を呼ぶことを許した覚えはない」
貴族の子女が集う学園の卒業式。公爵令嬢マリー・ヒルデガルト・フォン・ヴォルフラムは、王太子であるロバートから婚約破棄をつきつけられていた。
婚約者のロバートがマリーを忌々しそうに睨みつける。マリーが心から愛し、執着した翡翠のような緑の瞳。その瞳は今、マリーへの憎しみに燃えている。
彼はマリーと対峙しながら、彼の半歩後ろに立つ少女の腰を抱き寄せた。彼の言葉に狼狽していたマリーが、それに気がついて目を吊り上げる。
「あ、あなた……あなたのせいねっ!」
ロバートの側にいるのは、平民でありながら特待生として学園に入学してきた少女――ルイーズだった。
「あなたさえ、あなたさえいなければ……ロバート様はこんな風にならなかった!」
怨嗟の声をあげるマリーの黒い瞳の奥で、蛇がとぐろを巻くように悪意が渦巻く。
「ふざけるな! ヴォルフラム! ルイーズを卑劣な手段でもって貶めようとしたことを、俺たちが知らないとでも思っているのか!」
ルイーズを庇うように一歩前へ出たのは、ロバートの側近候補の一人で、騎士であるハンス。
「ほ~んと、怖い女だよね。さっさと消えちゃってよ」
馬鹿にしたように笑う小柄な少年は、同じく側近候補であり宮廷魔術師見習いのヨハン。
「あなたのやってきたことの証拠は全て、ここにあります」
軽蔑した目でマリーを睨みつけるのは、次期公爵であり彼女の義弟でもあるロルフだ。
「学園内で、ルイーズを虐めるだけでなく、権力をかさに着て暴力をふるい、彼女を孤立させた。さらには暴漢まで雇って彼女を襲わせるとは! 何たる卑劣な行いだ。そんな女を王妃にするわけにはいかない!」
張りのあるロバートの声が、会場に響き渡る。ざわめく人々の声。
「……ヴォルフラム公爵令嬢、何か申し開きはあるか?」
ロバートは、沈黙したままだったマリーへと問う。彼女に答えを聞きたかった。なぜこのような蛮行に及んだのか。なぜ、なぜ彼女は変わってしまったのか。ロバートは知りたかった。
マリーの唇が動く。そして次の瞬間、赤い唇から零れ落ちたのは、狂気的なまでの笑い声だった。
「あは、あはははははっ、あはっはは、はははははははは」
「マリー!」
ロバートはぎょっとした顔で、マリーの名を叫ぶ。警戒した側近候補たちがロバートとルイーズの側によってかまえる。
「あーあ、もう終りね。何もかも終り」
笑い終えると、マリーはどこかつまらなそうに呟く。そして長い袖で隠していた手を差し出した。その手に握られていたのは一本のナイフ。ロバートたちがはっと息を飲む。
「やめるんだ、マリー!」
ロバートが叫んで前へ出ようとする。それを側近たちは肩を掴んで止めた。ルイーズは震えながら口元に両手を当てる。恐怖から、涙で頬を濡らす。
「姉さん!」
ロルフが、しばらく使わなかった呼び方で彼女を呼んだ。
マリーは答えずに、にっこりと微笑む。そして次の瞬間、持っていたナイフで自らの頸動脈を切り裂いた。噴き出す血が首から胸までを真っ赤に染め上げる。飛び散る血に周囲から悲鳴が上がった。
「マリー!!」
ロバートの声を聴きながら、マリーはゆっくりとくずおれていく。そして考えた。何で私は首なんか切ったんだろう、と。
周囲の悲鳴を子守歌に、公爵令嬢マリー・ヒルデガルト・フォン・ヴォルフラムは、十七歳という短い生涯を終えた。
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