胡散臭い青衣坊主
「………貴官達の所見を聞きたい、アル技術少尉待遇殿は、超常的な能力を有する人物なのか?それとも説明可能な、物理化学的な理論構築から成された、根拠ある異能者なのか?」
根拠ある異能者とは些か妙な認識だ。つまりそれは種も仕掛もある詐欺師の事では無かろうか。まあ、上手な詐欺師は異能扱いでも良い気がしないでも無いし。
「それについては彼と同郷であり、幼少期に学習所で共に過ごした、パルト中尉から聞きましょう。
小官も彼の詳しい経歴などは知りません。パルト中尉が、まだ准尉だった時、彼の権限に於いてアル技官殿を軍属徴兵したと聞いております」
丸っとレオンに投げた。まあ、レオンの認識を聞きたくも有る。
政府の要人の視線を集めたレオンだが、たいして動じて居ない。
考えてみたら、パルト市街の運送屋、ナザレ軍港城塞第三砲台攻略戦、海賊艦隊撤退撃退戦、テュネス街道会戦、テュネス港砲台防衛戦。
死線は潜って来たのだ、確かに胆は練れている。
………最大の生命の危機は、実は運送屋の老婆に簀巻きにされた時なのだが、これは知らぬが花だ。パルト家の人間で無ければ、アル共々始末されていた筈である。
こちらの人間とは、明らかに発想が違う……と言うか、亜細亞東域の、武林と呼ばれる閉鎖社会の常識で動く、老婆の行動原理など分かる訳も無い。
本来ならば二人の死体はバラバラにされて、知り合いの変態肉屋に二束三文で売られた筈だ。
………おっかねぇ
「彼とは同郷では有りますが、その人間性や、特異性、行動指針などはつい先頃に知りました。
小官が陸軍幼年学校に入学する前迄の付き合いでして、付き合いの深度は、その他同窓、同級に対する物と変わらず、彼は目立たない下級生にすぎませんでしたから」
「目立たない、との事だが、目立たないだけで、異能を有していた可能性の有無は?」
これは副元首。元首は名門のクラディウス家の出自だが、彼はマリウス家だ。
アルに“マリさん”と呼ばれたマリウス軍曹とは関係ない。
いや、ひょっとしたら百代から二百代も遡れば、祖先が同じ可能性は有るかも知れない、或いは無いかも知れない。
「………彼は、当時から亡くなった祖父と対話していたそうです。当人から聞きました。
発明に関する助言も、そうした叡知ある霊から教わるそうです。
最近では、連合王国人ジョージ.タウンゼントなる20年前に討伐された賊と交信しておりました」
「なるほど、報告には第三者の連合王国人の無念を晴らす為と有ったが、その人物と交信していたのか」
政府の高官が、本気で霊交信前提で話をしているのは、ある意味平和的なのだろうか。
ゴーンは、自身が主催する同好会の新規加入者リストに、この面子をアップした。
いや、枢機卿は不味いだろう。
「何者だ、そのジョージ氏とは、存在の裏は取れているのか?」
ゴーンが答える。
「元首殿ならば、記憶の隅に有る人物ですよ。20年程前に連合王国、フランク王国、ヒスパニエ王国、南方大陸諸国家で国際指名手配し、連合王国艦隊が討伐した賊です。“カバのジョージ”が当時の通称でした」
「………ああ、あの件の。ウチも情報漏洩されたな、こう言っては何だが、便利な奴だった」
「元首、口が滑りましたぞ」
情報内容をコントロールすれば、確かに便利な存在である。いざとなれば討伐すれば良い所とか非常に勝手が良い。
「まあシモンズ(副元首の名)、お互いに腹の中は晒すべきだよ。そのジョージ氏と交信可能ならば、どのみち知れる事だ」
「何とも、妙な話になってきたが、そのジョージなる死霊が、その馬鹿げた砲撃狙撃を補助したのか、パルト中尉」
砲兵総監だ、兵科柄互いに見知ってはいる。
いや、砲兵総監のガウス中将にしてみれば、パルトは今だ試験中の有望人材であり、テュネス派兵に彼を推した一人でも有る。
ただ、レオンにしてみたら苦手な爺様でしか無い。
「いえ違います。本人曰く、助言は他の砲兵の霊からだそうですが、砲撃自体は感だそうで、遠方の景色が頭に浮かぶと言っていました」
「感とな、そのような不確かな………」
「いえ、コルドバラ陸軍大将殿。彼は試射を含め千を越える砲撃を行いましたが、一度も的を外した事が有りません、砲撃計算尺もそうして作成しました。
むしろ感である方が説得力が有りますよ、機器による精密計測のほうが余程命中率が低いのですから」
ゴーンの危惧した様に、レオンは口を滑らし始めた。彼の言ならば、精密計測は感以下の精度と云う事になり、不要となる。
「………つまりパルト中尉、彼はその5㎞もの超々遠距離狙撃は意図的に再現可能なのだね」
「………本人に聞かない事には分かりませんが、恐らくは可能でしょう。洋上で2㎞先の戦艦にも命中させましたから」
5㎞からしたら半分以下の距離なので大した事の無い様に思えるが、艦砲射撃、この場合は輸送船だが、揺れる艦上からの砲撃である。
しかし揺れが実感出来ないのか、この面子には特に響く物は無い様だ。
この面子に海軍が混ざっていれば、大騒ぎだった筈だ。
何せライブ観戦していた水兵は、興奮のあまり、残りの艦隊も撃沈すべく造反寸前だったくらいだ。
まあ、唆したのは例の軍曹(曹長)なのだが。
「一度見たい物だ。装備品一式は中央に輸送されてはいたな。
彼は今どうしているのだ」
重火砲架台、機動架台、新型砲弾は超機密事項なのでナザレ軍港では無く、中央陸軍本部に輸送されて、厳重に封印保管されていた。
報告に有った、重火砲用拡散弾の検証の為でも有る。
「………現在はナザレ軍港城塞の陸軍兵舎で待機している筈です。
その、彼は一般志願軍属なので、依願指示しか出来ません、民間企業出向ならばまだやり様が有るのですが………」
通常、軍属は通いである。宿舎などは所属企業が用意する。若しくは手当てがついて各自が探す。
軍事機密上兵舎に入舎する事は無い。
「技術少尉待遇とは云え、民間人を軍兵舎内部に留めるには些か問題が有るな。
ただ、少佐、歯切れが悪い事からして何事か有ったのか?確保すべき人材の様だから、特例として認めるが」
陸軍大将の御墨付きを貰った。
「彼は実家から勘当されて居りまして、それも間の悪い事に、テュネス従軍中に報せが届いた為、手続き期間が過ぎ本籍が抹消されてしまいました。現在は特例措置の申請中です。
その為、彼は市街で宿舎を借りられないのですよ」
「何とも締まらない話しだな、だが少佐、その技術少尉待遇者を囲い込めた事は評価出来る。
民間人だからな、自発的に軍部に取り込めたは大きい、勘当されたと有るが、ならば身内も騒ぐ事も無いだろう。
マカロフ殿、聞いての通りだ、彼の身柄は政府で預かる事にする、なので彼の新規戸籍の手配配慮を願いたいのだが」
枢機卿は戸籍管理が業務では無い。
神の代理人である法王の補佐が業務である。
だが、その権限は強大でありマカロフの口利きならば、アルの新規戸籍作成など造作も無い話だ。
補足で説明すると、戸籍管理は出生時の洗礼を行う教会の業務だ。
教区ごとに管理され、何処其処教区の誰某と言った具合に個人特定がされる。
例として、ナザレ方面ナザレ大教管区パルト市街教管区ロッツォ教区所属アル。
と言った具合だ。
現在はロッツォ教区から外れ、また申請期間が過ぎた事から、アルニン国籍本籍不詳アルとなった訳である。
“お任せあれ、元首殿”
胡散臭い青衣坊主が安請け合いをした。
表面上はにこやかな坊さんだ。