元首官邸で報告会議
所変わって、こちらは首都ロマヌス。元首官邸である。
此度の派兵の詳細報告は、既に総合総司令本部に、元首を交えた席で報告済みである。
アルニンは制度上、国家元首が軍トップの元帥を兼任するからだ。
元首官邸への出頭報告は、アルニン政府として、実際に現地入りした責任者の詳細な報告を求めての事である。
概要概略ならば、既に軍部を通じて閣僚も報告は受けている。
しかし、不明な点が有り、また、超機密事項となる為に、直接説明の場が設けられたのだ。
佐官、尉官が官邸に出頭など、あまり有る話では無い。ゴーンにしてから官邸は初めてだ。
やや緊張した面持ちだ、むしろ同じく初めて赴いたレオンの方がリラックスしている風だ。
「流石だな中尉。実戦経験者は胆が練れて物事に動じなくなると聞くが、大した物だ」
「恐れ入ります少佐殿。ただ、小官は父が政府派遣の執政官の為、幼少時より官邸の様子を聞き齧っていたのですよ。
なので初めて来た気がしないのです」
「貴官は………そうか、パルト執政官殿の子息であったな、昔の事だが、執政官殿とは面識を得ている」
「それは初耳でした」
「そうで有ろうとも、貴官がまだ生まれる前の話で有るからな。してみると歳をとったものだ」
そんな話を待機応接室でしていると、官邸執事に案内される。
因みにだが、官邸執事も国家公務員である。
官邸内閣議室に案内される。ただ、二人は官邸内に不案内なため、閣議室とは知らない。入室し、その面子に驚く。
国家元首に副元首。外務大臣に内務大臣、治安維持省長官に陸軍大将に砲兵科総監。
更に青い法衣を纏う景伸教会枢機卿。
回れ右をしたくなった。
「総合総司令本部総参謀本部所属、作戦参謀ゴーンであります」
「総合総司令本部所属、臨時編成新型砲教導砲兵小隊隊長レオン.パルトです」
「ご苦労、掛けてくれ」
国家元首は軍トップでも有る、軍式礼で構わない筈。
つまり、元帥に着席を促された訳である。
詳細質疑とは聞いていた。確かに書面、伝聞では分からない内容ではあるが、面子が妙な塩梅である。
閣僚は、まあ良い。分からないのは陸軍大将と砲兵総監。あと枢機卿だ。
ゴーンはナザレ移動前は中央所属の参謀であり、陸軍大将や砲兵総監の顔を見知っていた。だから疑問である、何故総合総司令本部の人間が居ない。
疑問には元帥閣下自身が答えてくれた。
「参謀少佐、彼等はオブザーバーだ、軍事行動的な報告ならば理解した。だが、理解に遠い部分を専門家に解析を頼むが為に呼んだのだ」
了解した。つまり砲撃狙撃の件だ。その解釈ならば、枢機卿の同席は、つまりそう言う事か。
オカルトの専門家は即座に理解した。
レオンはと言えば、砲兵総監に萎縮していた。
ゴーンはハタと気づいた。砲兵科の妙な洗礼式の事だ。
記憶では士官学校砲兵科の主席卒業のパルト中尉は、新戦法研究室に配属され、失意の内にナザレに移動してきた。
目の前の砲兵科総監には、苦手意識が植え付けられているのだろう。
妙な事を口走らなければ良いのだが……
などと周囲に気が回る程には、ゴーンは精神的復調を果たした。
外務大臣が口を開く。
「永らく四連合王国内海艦隊総司令であった、ジャン.ジャール提督の死亡が公表された。発表では内海公海上での演習中の事故とされている」
次いで口を開いたのは副元首だ。
因みに副元首に軍役は無い。緊急時には任命される事も有る。
「公海上の演習とは正にヌケヌケと言ったものだが、少なくともジャール提督の殺害成功報告と時期的に一致する。
………砲撃狙撃、如何なる物なのだ」
砲撃狙撃、凄い字面だ。
狙撃者が大砲を担いで狙撃対象者に狙いを定め狙撃するという、あまりにも馬鹿馬鹿しい絵面が、アルファベットのGと共に頭に浮かぶ。
「それについては、実際現場にいたパルト中尉から報告が上げられましたが」
現場検証の様な、かなり細かい報告書を上げてきた。
レオンは目撃している訳では無いが、居合わせたダッド砲班員と、何より当の本人から聞き出した報告を元に作成された報告書だ。
読めば読む程に、正気を疑う内容だ。
「5㎞先の洋上に居る人物を、砲撃により射殺。与太話しにしても出来の悪い話しだが………実際連合の艦隊は直後に撤退し、当人の死亡が公表された。
重火砲の砲撃と有ったが、そんな精密射撃が可能なのか?」
返答は砲兵総監からだ。
「不可能ですよ、副元首。そもそもウチで使う重火砲に砲弾を5㎞も飛ばせる能力は有りません、どの国でも同じでしょう。
………いや、それ以前の問題ですよ」
理屈で言えば、単純に砲弾を飛ばすだけなら火薬量を増やせば良い様に思えるが、砲の強度が持たない、砲身破裂してしまう。
「………報告書には信号弾による砲撃だとあったが、信号弾の弾芯を狙撃に用いたとは、何処から出てきた発想なのだ?その軍属とは何者だ」
これは陸軍大将の言だ。
何者かと聞かれると、実に答えにくい人物だ。だからその手の質問には答えられない。
枢機卿が居る事でも有る。
クラディウス国家元首が、青法衣の聖職者の説明をする。
「二人はこちらのマカロフ枢機卿に遠慮が有る様子で有るが、枢機卿の事はこの際考慮しないで貰いたい、事実のみを知りたいのだ」
マカロフとやらは頷いた。表面上はにこやかな坊主だ。
そもそもこんな場に居る様な坊さんだ、碌な者じゃないに違いない。
「すると、お聞きになりたい事は技官殿の異能とも言える砲術のみでよろしいのでしょうか、技官殿は多才な人なので一面のみの理解では、疑問の全てには答えきれません」
いささか挑発的だ。後出し情報で何なのだが、ゴーンは坊主が嫌いなのだ。
まあ、好きで好きで堪らない者も居ないだろうが。
「構わない、全てを聞きたい。何度も言うが、枢機卿の事はこの際考慮しないでくれ。異能者、やはりその様な者なのだな」
想像通りの質疑審問に成りそうだ、枢機卿が同席している事で、粗方そんな事だとは予想はできた。
ただ、坊主の存在は抜きにしての事実報告が引っ掛かる、異端審問の目は無いのだろうか。
ゴーンは矢鱈と宗教関係の奇跡に詳しい。これは別に敬虔な信徒だからでは無い。
宗教とは、詰まる所真性のオカルトであり、奇跡、秘跡とは超常現象の言い方を変えただけの超オカルトなのだ。
そうした訳であり、幼少時より馬鹿みたいにこの手の話が好きなゴーンとしては、
情報公開しない坊主供が嫌いなのであった。
………変人の類いである。
「技官殿はテュネスにおいて、“鷹の目の加護”持ちだの、“馬の王”と呼ばれました。ナザレの兵士達には“神眼の砲手”とも“神の目の持主”とも」
「………続けてくれ」
「又、彼の発案した物は多岐に渡ります、機動架台や、重火砲用の移動架台、重火砲用の反動吸収機構の開発、そして各種新型砲弾、特定火砲の着弾計算尺、汎用防水剤、汎用接着剤、改良携行糧食」
「なんと、ナザレの開発部からでは無かったのか、どれも……そうかそれで技術軍属か、その技術軍属殿が何故砲術を?」
新技術はそのまま新戦法の発展に繋がる、陸軍大将ともなれば、情報の閲覧権限も大きく、件の開発報告は知悉していた。
「彼は武官待遇者でも有りますよ。
半年前のナザレ軍港封鎖事件は御存じですね、我が国に対する連合王国の発端軍事行動の。
連合に内通したナザレ軍港第三砲台を、砲撃鎮圧したのが彼でして、元々は武官起用だったのです」
順序としてはそうなるが、奴は自作機動車両の接収が嫌で従軍し、更に車両特許料を当て込んでの軍属志願なのだから、砲撃手としては誤算であったのだ。
ウンコシリーズ。全ての根幹がこれなのだが、これを正しく理解して、説明出来ない限り、奴の発明や砲術、そして異常さは理解不能な事である。




