二章エピローグ
「友人の訳が無かろう。中尉、この名に聞き覚えは無いか、ジョージ.タウンゼント。有名人だが」
「軍師さん、何で“ジョージ君”のフルネーム知っているのさ、こいつ死んだの随分昔だよ」
「そうだな、年代的にアル技官殿が生まれるか産まれないかという頃に討伐されたからな」
「討伐……ですか。名前からして連合王国出身の様ですが?」
アルが生まれる年代となると、20年程前だ。
この頃は既に内海の治安秩序は諸列強国に守られており、討伐されるような海賊など存在しない。
「その通り、“麻薬王ジョージ”と通称されて各国で指名手配された連合王国人だ。
“倒立カバ”殿の商売は手広く、内海周辺国一帯におよそカネになる物なら何でも密売した。薬も人も機密も。
技官殿の言われたカバ面でピンときた、ジョージはその風貌と凶暴さから、嘲り半分の“カバのジョージ”と呼ばれていたからな。そう、連合王国海軍に討伐された」
お猿面で無くて本当に良かった。それから、カバはとても気性が荒い生き物だ。
「あっ!」思わず声を上げてしまった。
ようやく違和感の正体が分かった、ジョージの名に違和感を感じていたのか。
フランク発音のジョルジュでもアルニン発音のジョルジョでもない連合王国発音のジョージ。
アルのザックリした説明から、連合王国海軍から攻撃されて死亡した、ジョージなる商人。
そう、連合王国人である事を話の前後から失念していた。
テュネス入国の際、偽装海賊艦隊に追われた為、連合王国は手段を選ばないという先入観から、“倒立カバの聖霊”たるジョージなる商人が被害者と思い込んでいた。
国籍はアルから聞いていなかった、と云うより気にも止めていなかったが、名前の響きに違和感を感じていたのだ。
何故、連合王国人が連合王国海軍に攻撃されて死亡したのかを考えれば……いや考える必要も無いか。
既に全て事後だ、20年も前に。あまり我々には関係の無い事……………では無い!
思わず表情に出た。
「中尉、口外法度だ。この事、“倒立カバ”の仇を討つため技官殿が神技を発揮したなどと聞かれたら色々と不味い、事の真偽以前に技官殿に注目が集まる」
アルはポカンとした表情だ、一拍置いてダッドが状況を察して言う。
「つまり、アルは逆恨みの意趣返しを真に受けて、極悪人を討伐したジャール総司令を撃ち殺した訳ですか………」
「?どゆこと」
当人だけが分かっていない。
およそ半世紀に渡り祖国に忠誠を捧げ。
200を越える海戦を経て、その大半に勝利し。
内海最強と自他共に認める迄に海軍を育て上げ。
半年後に後進に地位を委ねて勇退する老功将を。
この男は、カバのジョージの口車に乗り、ウッカリ撃ち殺した訳である。
ジョージ.タウンゼントは嘘をついた訳では無い。
アルには嘘をつけないのだ。
自分に何人目かの子供が生まれる。
気力が充実し、特殊商品の密貿易に精を出す。
配下の裏切りにより自身の行動を連合王国海軍を流される。
待ち構えた連合王国艦隊に砲撃を受ける。
降伏し捕縛される。
公開処刑で斬首される。
見せしめの為に晒し首にされる。
斬首晒しの伝統で、首は体が両手で下げ抱える様に固定される。
結果、頭部は腰の辺りで固定される事になり、アル曰く、倒立しているみたいに見えるそうだ。
周囲から懇々と説明を受けて、ようやく事態を理解する。
「なんだって!つまり、立派な軍人さんじゃないか。惜しい人を亡くしたな……」
「おまっ!」
「アル……」
「……まあ、敵対勢力の総司令だったからな」
……まあ、何れにしても時は戻らない。
もし、何時もの如く纏わりついてくる4号を、面倒臭いと無視を決め込んでいたら、まあ、バクスタール艦隊は壊滅していただろう。
東灯台砲台は二個艦隊を相手にする事となり、最悪陥落していたかもしれない。
所詮は一個砲兵小隊、歩兵を合わせて100名弱の人員だ、ベルソン艦隊からも強襲揚陸されたら、些か不利だ。
だが、それもタラレバの話だ。
カバ面に釣られ、意気投合し、馬鹿なりに義憤を感じてこその砲撃狙撃だ。
前にも言ったが、超投げ槍的に放言すれば、それが運命だったと言えるのだ、うん。
………色々と不味い会話だ、筆談自体を忘れている。バミューダフォー侮り難し。
「……まあ、済んだ事だし、次からは気を付けるよ」
まるで忘れ物をした子供の様な言い草だ、これでもアルなりに悪い事したと反省しての事だ。
“カバの言葉は真に受けない”
多分次回に活かされる事の無い反省だろう。
「………数日の内に我々は帰国する事になる、現在のアルニンでの身分は、総合総司令本部所属、新型砲教導砲兵小隊だが、これは一時解散となる」
ゴーンが話の流れを強引に曲げた。流れがグダグダで、収拾がつかなくなってきたので助かる。今回で2章はエピローグなのだ、締めを頼む。いや本当に。
「少佐殿、以前南方大陸遠征は長期に渡るとの見通しでしたが」
「中尉、我々は何も南方大陸征服者たらんとしている訳ではない、一時帰国位はするさ、ただ、来年早々には再び南方大陸に派遣されるだろう。
今回の事で、四連合王国の求心力は著しく低下する。テュネス資本が、ここぞとばかりに親フランク、アルニン拡大に働くだろうしな」
「以前に伺った話ですね、連合王国の勢力減衰がこの件で加速する訳ですか」
「そこで、短い時間でとなるが、機動砲兵小隊の装備、人員を充当したい。幸い現場の下士官が居るのだから忌憚無い所を聞きたい」
レオンからは先程聞いている。アルとダッドからの要望を聞きたいのだ。
「機動架台の台数が足りません、援護組からあと二組機動組に人員を回せたら、街道の戦いはもっと楽になりました」
「重火砲もあと二門は欲しいかな。拡散弾を間断無く撃てれば艦隊相手でも楽勝かな。アレ掃除が楽で良い砲だねぇ」
「フム。概ね中尉の意見と同じか。ならば装備を充当させ小隊人員を増強させるか……もしくは二個小隊でもって当たるか」
「少佐殿、随分と気前の良い話ですが、予算委員会は通過する内容ですか?」
「通過させるさ。中尉、戦果を過少評価している。教導砲兵小隊の戦果は、戦艦四隻撃沈、一隻大破、三個重装歩兵中隊、一個混成歩兵中隊撃破だ。バクスタール閣下から、持ち込んだ全砲門購入の打診があった程だ」
してみると、大戦果を挙げていた様だ。総合総司令本部に鼻高々で報告出来る内容だ。
「ふーん。軍師さん、人員はナザレで集めるの?目ぼしい人材はかき集めたって、前に聞いたけど」
「済まない、話が前後してしまったな。我々の所属は総合総司令本部に移動したが、帰国後一時新型砲教導砲兵小隊は解散する。だが、所属はナザレには戻らず、総合総司令本部のままだ」
「すると、首都ロマヌスに栄転ですか!」
上昇志向が強いレオンにして見れば、願ったり叶ったりだ。
「首都っスか、あんまり人が多いのはなぁ」
ナザレでもウンザリしているのがアルだ。800万人都市のロマヌスはハッキリ言って行きたく無い。
「まあ、辞令が有ればどこにでも行きますよ」
ダッドだ。こいつは基本戦争が出来ればどこでも良い。
「首都防衛の陸軍砲兵部隊から選別する事になるだろう、中尉、それから先任曹長。人選は任せる」
『了解しました!』
返事がハモる、まあ、軍人なら当然か。
軍属であるアルは特に反応はない、“行きたかねぇなぁ”と云うのが正直な所だ。
首都ロマヌスは国教である景信教の総本部所在地でもある。
地方では、異端はそれほど取り沙汰されないが、総本山では話が違う。
アルが異端審問官に付け狙われるのは、必然と言えば必然で、超投げ槍的に放言すると、“それが運命だった”と言える。
飛んで火に入る吉男達である。
2章完
お付き合いいただき有難うございます。100話には届きませんでした、残念。
武侠少女の二章を再開します、何とか今日中に一話投稿したいのですが、章設定がイマイチ。
オリンピックの頃には突撃の三章を再開したいですね。
では今夏に、多謝。