“倒立カバ”の“ジョージ”君
「ジャール総司令?アル、何の事だ」
あの時、アルは“倒立カバの聖霊”こと“ジョージ君”に呼ばれて、砲撃停止時に薮の指揮所に降りてきていた。
砲撃が再開されると二号拡散弾が面白い程命中し、そのデータ収集の為、一時レオンとは別行動となっていた。
だからアルが信号弾で狙撃した事自体知らない。
「いや、ジョージ君の仇を討ってやろうと、何とかジャージャー殺せない物かと考え込んでね」
しつこいが、“倒立カバ”はジョージと云う名らしい。
「それで軍曹が撃ち殺そうとしていた、救命艇の人たちが信号弾を打ち上げてね、三号が教えてくれた。重火砲用の信号弾なら弾芯がジャージャーに届くと」
「つまり、重火砲用の信号弾を使って、超々遠距離狙撃を重火砲で行ったと……そんな事が……」
慄然とする。それが可能ならば、そもそも戦闘自体が不要となる。超ピンポイントの断首戦術だ、いや、戦闘だけとは限らない。
そもそも狙撃地点が特定されない、遠すぎるからまさか狙撃だとは思わない、不運な流れ弾と判断される筈だ。
戦地にあれば、敵味方関わらず暗殺可能だ。
「では、連合王国の不可解な撤退は」
味方艦隊により西に移動中の連合王国艦隊群が前後に分断されたかと思ったら、数発の信号弾を打ち上げて、撤退したのだ。
総司令が死亡したのなら、あり得る話だ。
そこまで思考し、目撃していたであろうダッドに確認しようと見やると、
……なんか、ニッコリ微笑んだ。
背筋が寒く感じたので確認は断念した。
「つまり、ジャール総司令の狙撃を重火砲で行ったのだな、“鷹の目”とは恐ろしいな」
兄バクスタールが呟いた。
レオンはハッとした、迂闊であった。
アルニン語でアルと会話をしていたので、警戒をしていなかったのだが、兄バクスタールは公用語が堪能だ。
公用語と現アルニン語はベースが同じな為、それぞれ片言ながら理解できるのだ。
兄バクスタール程公用語が堪能なら、ほぼ会話は筒抜けだった。
これは、かなり不味い。いや、ジャール狙撃の件ではない、超々遠距離狙撃可能な異能者の存在を知られた事がだ。
あまりにも危険な存在だ、いつ自分にその超々遠距離狙撃が及ぶか分からない。ならば危険は排除する事は自然な発想だ。
組織の上層部に所属する者ならば、当然そう思考する。
間髪置かず兄バクスタールは発言する。
「パルト隊長殿、そんな顔をしなくとも他言はせんよ、秘すればこその切り札だからな。
いや、冷静になってみたら、背筋が凍ってな、連合王国艦隊があそこで撤退しなかったら、我が艦隊は壊滅していた」
その通りである。
「何故撤退したのか、そこを考えてた所サンドロ中佐、……中佐とは面識済みであったな、中佐から隕石らしき飛来物がジャール艦隊に消えていったとの報告を受けた」
「偶然でしたよ、たまたま視界に掛かったのです。前回の砲弾を見ていなければ、気のせいと思ったでしょう」
何の為にサンドロ中佐が同行したのかと思ったら、目撃証言の為だった。しらばっくれたら追求してきただろう。
兄バクスタール程では無いが、サンドロ中佐も中々公用語が達者だ。
「これで疑問は解決した。いや、隊長殿。心配しなくとも、報告書には技官殿の事は伏せるよ」
これには助かった。兄バクスタールは特にアルの危険性を危惧しなかったが、他の政府要人、軍部はどうか分からない。
「いや、邪魔をした、これで暇しよう。………技官殿、貴殿はとてつもなく強い加護を得ている様だ。幸多からん事を………」
南方大陸では加護の概念は一般的だ。テュネスでは加護の強弱は、そのまま神の寵愛の強弱を表すと考えられていた。
神の寵愛が大きいとは、側に召されやすいと考えられていた。
逆説的では有るが、名を成し、かつ夭逝した者を悼む気持ちから起こった概念である。
兄バクスタールがアルの事を伏せようと心掛けたのも、こうした理由で夭逝前提で悼んだからだ。
………縁起でもねぇ。
兄バクスタール一行が辞去するのとほぼ同時、入れ違いで交代の砲兵中隊がやってきた。
幸い、と言うか、アルニン人で有ることは総合総司令部でも周知であるので、公用語をある程度話せる隊員が同行してきたので、引き継ぎは簡単に終わった。
ただ、レオンは何か引っ掛かる物を感じていたがそれが分からず、また多忙さに落ち着いて考える暇が無いまま、テュネス軍総合総司令部までたどり着いた。
道案内は、護衛として同行していた歩兵の皆さんだ。
海軍本部の方は、砲撃により建屋として機能しないが、総合総司令本部の方は健在だ。
兵器、物資は砲科用の危険物専用倉庫に格納し、兵員は外国人で有ることを加味されたのか、別棟に貸し切り状態で入舎した。
技官集団は既に入舎済みであった。
報告の為総司令部に出頭する。
……何かスッキリしない……
ずっと頭の隅にこびりついた感情だ、こんな事も珍しい。そう、何か違和感を感じるのだ、いや、戦闘も終結し、戦果も満足いくものだ、”マークⅡ“”マークⅩ“を用いた戦術も実用性の有るものと立証出来た。
兵員の精神にはケアが必要だが、それは想定内。新兵には多い事案なので、本国で教会に掛かればよい。
引っ掛かるとしたら、本来なら任務に携わらない筈のアルなのだが、彼の行動は、いわば追加戦果みたいなもので、大金星ではあるが、今回の遠征目的を、根幹から揺るがす様な行動では無い。
………なにか、見落としている………
スッキリしないまま、総合総司令本部指揮所でバクスタール以下首脳陣に報告を済ませた。
あらましは歩兵に伝令を命じ報告書として上げてある。口頭での補足説明と質疑返答だが、まあ、こちらは良い。
問題は、ゴーン少佐への報告だ。我々はアルニンへの報告義務が一等責務で、ゴーン少佐は今回の遠征総監だ。
報告の為に、別室に呼ばれた。
当然の権利、義務であるのでテュネス首脳部に特に反対はなかった。




