東灯台砲台防衛戦9
本来なら、奇襲というほどではない。
四連合王国全艦隊が移動する、それに伴い別動任務を受けた公海北側布陣の艦隊が南下し、一時的に北側の海域が空白化する。
時間と共に総司令を護衛すべく、空白化した海域に、他艦隊が布陣するところに、バクスタール提督による艦隊特攻が決まってしまった。
油断とは言い切れない、100隻を越える戦艦の移動だ、しかも灯台砲台から攻撃を受け、そちらに派遣した艦隊もある、同時に気を回し過ぎている。
更に日没が近く、西日に視界が奪われがちだ。
まさか、艦隊による奇襲攻撃が行われるとは誰も予測できない。
予測した人物が居たとしたら、それは実行者と同様の狂者であろう。
艦影を監視が確認したときには、既に間に合わない、北風、追い風だ。南下一直線のバクスタール艦隊は最大船足で迫る。
「どうした事か!あれに見えるはジャール艦隊、副官、好機だ」
「正に!しかし提督、この艦隊態勢では砲撃は無理です」
“正に!”ではない。このままでは全滅コースだ。八個、いや、六個艦隊による袋叩きに合う。
バクスタール艦隊は艦隊態勢が、ジャール艦隊の右側面に、真っ向から向かってしまっている。
ジャール艦隊からすれば右舷砲撃可能だが、バクスタール艦隊からしたら、進路をずらさねば砲撃できない。
ここで、バクスタール提督は素人の様な戦術を選択した。
即ち、衝角による艦隊突撃でジャール艦隊を分断し、艦砲による水平射撃だ。
すれ違い際に砲撃し離脱するという、戦記物語の様な戦術だ。……超馬鹿である。
少々弁護すると、まず四連合王国内海艦隊総司令に、直接砲撃できる戦機などまず無い。
次に艦隊が、敵艦隊の横腹を貫ける程の速度に乗っている。
一番の理由は、ジャール艦隊の旗艦が、目前だと云う事だった。
伝説を討ち取れる距離に有るのだ。
「各艦通達、本艦隊はこのままジャール艦隊に衝角突撃を行う、すれ違い際にありったけの砲弾を見舞ってやれ!衝突したら白兵戦だ!」
「了解しました!全艦通達!………」
……“了解しました!”ではないだろうに。副官なのだから、一緒になってはしゃいではいけない。
しかし、艦隊司令の人格、感情と云うのは良くも悪くも伝播するらしい。
連絡を受けた各艦艦長、意気軒昂の士気高揚、反対する者も無く戦場の空気に飲まれた。
「……永らく艦隊の総司令をやっているが、海上で猪に出会うとは思わなかった」
「テュネス海軍の遊撃艦隊が、戦域離脱したとの報告がありましたが、その艦隊でしょう。バクスタール艦隊と言いましたか」
「はて、つい最近聞いた名だが、どの件だったか?まあ、いい。猪は華麗にやり過ごすに限る」
海賊艦隊の件でベルソンから報告が上がっていたのだが、注意がリーグ事故死に傾いて失念したのだ。
「猪艦隊の通路を開けてやれ、各艦、敵艦隊の進路を見定め距離を取れ。
各艦隊、我が艦隊に習い敵艦隊の進路を開けよ。然る後可能な艦隊は砲弾を浴びせよ。深追いは無用」
陸と海の違いはあるが、これは騎馬迎撃戦術の艦隊版であろう。
騎馬も船も急には止まれない。進路も限定されるから、定点砲撃の的である。
更にバクスタール艦隊は衝角突撃後に水平砲撃を敢行する予定だ、つまり火薬庫は開封されている、砲弾を貰えば誘爆必至だ。
二階級特進コースだ。
兄バクスタールは、少なくとも臆病者ではない。
海賊艦隊の時同様、自身が先陣を切っての突撃だ。いや、兄バクスタール自身も戦場の空気に飲まれ、酔ったのだろう。
「バクスタール提督に遅れを取るな!旗艦特攻など僚艦の恥だ!進めすす……なんだ?また隕石か?」
サンドロ中佐だ、バクスタール艦隊の右腕的な存在だ。
忘れているだろうが、アルの砲撃を隕石の衝突とバクスタールに報告した人物だ。
この御仁、異常に動体視力が優れている様子だ。突然音も無く飛来した砲弾を、普通なら目視出来ない。
“鷹の目”の下位互換“燕の目”の加護を持っているとか何とかカンとか。
隕石と認識した飛来物は前回と違い、小さい。
長銃の弾丸程の大きさだ。
海戦で長銃の出番などほとんど無いから、流れ弾とは考えられない。
方角からして、連合王国艦隊の何れかの艦からの物と考えられるが、目標物からしてその可能性はあり得ない。
隕石と認識した長銃弾は音も無く、ジャール艦隊の旗艦に吸い込まれる様に飛来していったからだ。
「さて副官。戦局は動いてしまったが、今作戦の根幹はテュネスの威圧にある。よってこのまま西進し、頃合いを見て反転しテュニス沖を再封鎖」
言葉の途中で、ジャールは吹き飛んだ。副官の目には、まるで巫山戯て跳び跳ねた様に見えた。コメディアンみたいに。
だから驚愕より、呆気に取られた。総司令は何をやっているんだ?と云うのが初期感情だ。
「総司令?」
起き上がってこないジャールに、副官はようやく事態の異常を覚る。
「総司令!ジャール総司令!」
甲板に流れ出すドス黒い血に、ジャールが致命傷を負った事を知る。
甲板指揮所は騒然とした。「船医!至急船医を!」
誰かが怒鳴る、水兵が走る。
だが、血の色からして体幹からの出血だ。致命傷である事は明白だ。
副官が、ジャールに這いつくばる様に寄る。
「総司令!お気を確かに!直ぐに船医が駆けつけます!それまで辛抱を!」
かなりの出血量だ、体を動かず事すら憚られた。
「……狼狽えるな……こうした……事も有るのだ。……副官、緊急コードAだ……全艦隊に……ベルソンに指揮権を委譲」
ジャールは事切れた。呆気なく、本当に呆気ない最期だった。
およそ半世紀に渡り、四連合王国海軍の重責を担った生ける伝説が、本当に伝説となった海戦となってしまった。
死因は腰部貫通銃創による出血死、右骨盤から左臀部に抜けた、流れ弾とおぼしき長銃弾によるものだった。