東灯台砲台防衛戦3
テュネス海軍に動きは無い。いや、動けない。
後顧の憂いとも言うべき、テュニス海軍が降った事は、脱出組を砲撃した時から分かっていたが、総合総司令部からの緊急伝達によりその詳細は知れた。
そして、司令部と戦略レベルで齟齬が有る事も知れた。
テュネス司令部は、連合王国との対決を望んでいる。そう海軍では理解した。
“東灯台砲台と連動し、連合王国を撃退せよ”実行可能な、現段階では最良な作戦ではある。
ただ、実行した場合、連合王国とは決定的な亀裂が生じる。
また、不味い事に、テュネス海軍と一括りにしているが、彼等は彼等で混成艦隊群だ。
流石に戦術単位は艦隊レベルだが、各方面からの寄せ集めで、総指揮を取れる者が居ない。
無理も無い。陸軍戦力と同様でエリート組は全て首都出向だ。
なので、ここに集まる提督は同格の少将ばかりだった。
彼等は散々迷ったあげく、バクスタールに総指揮を願う事にした。
バクスタールは歴戦の海将だ。軍歴の長さもさることながら、現総合総司令の兄であり、海軍のトップに、いずれ彼が納まると噂されている。
政治的な理由からも、彼が総指揮官に推された。
連合の不幸はここにも起因した。
バクスタールは現在遊撃哨戒から外れ、ザベス~首都テュネス間の警戒索敵哨戒に当たっていた。
東公海上が、連合王国艦隊に封鎖された為、テュネス海軍の補給線が西方のザベス港のみになったからだ。
ここを封鎖されたら、テュネス海軍はお手上げだ。
まあ、連合王国の戦略目的が、テュネス政府との会談交渉にあるのだから、対峙こそが望ましく完全封鎖は目的から外れる。
だから、警戒索敵哨戒はあまり意味の無い行為だ。
いや、意味が有るとしたら、兄バクスタールの精神衛生上は意味がある。
彼は静かに激怒していた。周囲に発散するようなまねはしないが、たまにこぼす言動は過激だ。
元々彼はその他の海将同様、四連合王国海軍には好意的だった。
歴史的にテュネスは海洋国家だ。海軍の歴史などそれこそ紀元前にまで遡れる。
近代化の波に乗り遅れはしたが、常設10個艦隊を誇る海洋強国である。
なので、同じ海洋国家であり、列強国とまで成り上がった、四連合王国に親近感と敬意を持っていた。
それが、現在は連合王国に激しい敵意を持っている。
半年前の連合王国によるテュニス港封鎖がきっかけであった。
次には、偽装海賊艦隊の一連の敵対行動で敵愾心は決定し、
今回再び海上封鎖された事により、彼はハッキリ四連合王国を敵と認定した。
敵は殺せ。彼は単純にそう思考する。
そんな物騒な男の元に、海将連名の総指揮官任官依願書が緊急通信用快速挺で届けられた。
警戒索敵に当たっているとは云え、戦局はどう動くか分からない、然程テュニスより離れては居ない海域に滞在していたので、連絡はすぐについた。
「つまり、テュニスは陥落したのだな。ならば連合王国は完全に内政干渉している事になるな」
テュネス軍総合総司令部から、テュニス沖の艦隊群に寄り、更にバクスタール艦隊を探しだしたのだから、この伝令は優秀だ。
「自国の領海に武装艦隊が侵犯したなら、自衛攻撃は国際法で認められている。しかも、一つ覚えの国籍不明艦隊群であろう。海賊として討伐しても問題有るまい」
バクスタールは静かに激怒しているのだ、理性的な判断はまず無理だ。
「総指揮の件は了解した。ただ、今から合流し艦隊指揮を執るのは無理だ。
各艦隊、連合王国艦隊のテュニス侵犯を防ぐ事のみに、専念する様に通達してくれ」
専守防衛だ、現在の状況と変わらない。
「東灯台砲台は機能を回復したのだな、アルニンの砲兵が守備に着いたなら好都合。
伝令、アルニンの砲兵隊長に伝言を頼む。
“鷹の目”の、重火砲での戦艦狙撃を依頼する。的は委任する」
「“鷹の目”ですか?重火砲での狙撃とは?」
伝令兵は復唱をしかねた。
「そう言えば伝わる」
伝令兵は符丁と理解し別の質問を返す。
「了解しました。それから、提督の艦隊は
どのような行動になるでしょうか?」
テュネス艦隊と、総合総司令部に連絡報告をしなければならない。
最も、陸の方の総合総司令部には伝書鳩を飛ばす。そこから東灯台砲台へ伝令が走る。
総合総司令本部の建物の制圧も完了し、通信手段である鳩や犬を入手したのだ。
「我が艦隊は北上し戦線離脱を見せ掛けた後、連合の後背に回り込み砲撃する。東灯台砲台と連携が取れれば挟撃可能だ」
連合王国にしてみれば、八個艦隊に単独で海戦を挑む艦隊など理解の外だろう。
奇襲としては、意表を突けると云う一点のみ評価出来る。
本来なら余り薦められない作戦だが、幸い日没前に一当て出来る時間帯だ。奇襲の混乱と日没により戦域の離脱が可能だ。
こうしてテュネス側は反撃の準備が整った訳だが、実はこの時、既に東灯台砲台から攻撃が始まっており、バクスタールの作戦自体が概ね徒労となる。
………一点を除いてだが。だがその一点が連合王国海軍にとって最悪の結末をもたらすのだが、これは結果論である。
当事者達はその場その時の状況に、最適解と思われる行動を取っただけであり。“風が吹けば桶屋が儲かる”的な最終的な結果論である。
投げ槍的に言えば、運命であったと放言できる。
東灯台砲台への伝令は、結局全てが終わってから受通達される事になる。
時は少し遡る。
東公海上の四連合王国艦隊総司令、ジャール艦隊旗艦だ。
「総司令、実行したい作戦案が有るのですが」
ベルソン中将が、ジャール提督の元に訪れていた。通信でも可能だったが、彼は暇だったのだ。
「中将、腰が軽いのは感心しないな」
ジャン.ジャールだ。高齢であるが年齢を感じさせない。軍歴40年の老将だ。
流石の貫禄である。




