テレ城塞降伏
「騎兵大隊指揮官兼重装騎兵中隊隊長、騎兵大佐、ヤーズール。アルニンの客人、“馬の王”とは客人で間違いないのだな」
早口の公用語だが、何とか聞き取れた。ただ“馬の王”が分からない、誤訳では無かった。
「大佐殿、その“馬の王”と云うのが分かりません。こちらの習慣や慣例にも不慣れです。何かの例えなのですか?」
市街の執政官の家系だけあって、レオンは公用語が堪能だ。学問所とは別に家庭教師を付けられて仕込まれただけはある。
「……お国では確か一神教でしたな。こちらでは、神は複数居られると信じられている」
また、ここに繋がるのか。ブブエロ同様加護の……以下略
「俺は“馬の鼓動”の加護がある、だから我等の半身とも言える馬達の気持ちは分かる」
気のせいでは?とは口が腐っても言えない。宗教絡みでは滅多な事を言うと、最悪の場合拘束、宗教裁判にかけられてしまう。
「気のせいじゃない?」
だから!さ・い・ば・ん!そうでなくても、色々あなたは危ないの!
「すまないが、アルニンの言葉はよく聞き取れない」
セーフでした。話を進める。
「加護の話は、以前バクスタール提督から伺った事が有ります。なので大佐殿の加護について疑う事はしませんが、ただ、それがアル技官にどの様に関わるのかが分かりません」
「アル殿と云うのか、“馬の王”の名は」
そう言えばまだアルは名乗ってはいなかった。レオンは市議会所で面識を得ているので必要ないが、アルは紹介しといた方が良さげである。
レオンが促す。
「従軍技術官アル。挨拶遅れてすまないね」
「いや構わない。それより“馬の王”に会えて光栄だ、古代の英雄ハンニバルス以来の“馬の王”だ。
彼は馬と対話して、無敵の騎馬部隊を率いたと言われている」
また、偉人と比肩されたものだ。ハンニバルスは騎馬戦術の使い手だ。
騎馬の突進力で陣を切り裂き、背面に展開。下馬した騎兵がそのまま歩兵戦力として、正面からの歩兵部隊と連動挟撃をする。
騎兵戦術黎明期における必勝戦術だった。
それを編み出したのが名将ハンニバルスだ。
「この所、馬達がやけに落ち着かない。意識が此方の客人の方に向いている。
この間の放馬で馬達を回収した兵が、皆口を揃え、馬に指図した者がいると言う。
そんな事ができるのは“馬の王”だけだと兵舎で話題になった」
レオンは放馬の件は報告を受けていたが、まさかアルが中心にいるとは思わなかった。
「いや、いや、いや、別に馬と会話した訳じゃないよ、俺が話しかけたのは野良のさんご……」
「アル!」
すかさず制止する。余計な事を言って宗教裁判に掛けられると面倒だ。
こちらでは、セーフでも本国ではアウトな案件だし。
何処の誰の耳に入るのか分からないので、喋らせないに限る。
「うん?よく分からなかったが、話しかけてはいるのだな。馬達がそれに応じたのなら、対話は成されてはいるのだな」
そういう解釈ならば、あながち外れてもいない。全く動く気配の無かった馬達が解散したのだから。
「そう言えば、最近向こうの考えもおぼろ気に分かる気がするな、なんか戦いたがってたよ」
アルは公用語は話せない、ただ現アルニン語は公用語のベースとなる古代アルニン語の発展形なので、互いに片言で通じる。
「ではやはり“馬の王”だ。俺は馬達の気持ちは分かるが、考えまでは分からないからな」
そこまでは、百歩譲り理解したとしよう。ただ、相変わらず来意が分からない。
「だから“馬の王”であるアルニンの技官殿は、我等騎馬族の長に互する存在だ。馬達も離れたがらない、我等はアル殿に従う」
色々と分かった。ヤーズールは軍から離れた騎馬族視点で物を言っている。
言葉からして、彼は騎馬族の一員で、更に進発部隊に騎兵が同行したのも、馬達の気持ちを汲んでの事だろう。
彼は騎兵大隊の指揮官だ、公私混同の気もしないでもないが、発言力は強い。司令部に捩じ込んだのだろう。
「そうかね、まあヨロシク」
馬鹿はこんな時本当に便利だ。騎兵大隊指揮官の面子を潰す事なく、また衒いや遠慮など全くなく受け入れる。
器が大きいのでは無く、芯から馬鹿なだけだろう。
ヤーズールがアルの仲間に加わった。まあ、騎兵大隊指揮官と懇意になれたのだ、悪い話では無い。
ガッシリと握手をする二人を見て、レオンはそう思った。
……彼は彼で大概な感性をしている。
行軍が再開された。
指揮官であるヤーズールは重装騎兵中隊に戻ったが、おそらく重装騎兵中隊内の騎馬族の有志だろう、二名ばかりアルの護衛にやってきた。
裸馬に跨がり、器用に御する所は流石である。
ただ、彼等は公用語が全く駄目らしくジェスチャー語だけが頼りだ。
面白い発見だが、アルに騎馬は平気だ。だが騎馬以外の軍馬は相変わらず彼を嫌う。
護衛の騎兵が、一般軍馬も器用に御するので、一般軍馬は馴致されてはいる。騎馬のみが特別のようだ。
ゴーン少佐が、興味津々に観察していたので、そのうち考察を聞かされるだろう。
テレまであと1日程の所で、テレ城塞都市から特使がやってきた。大方の予想通り降伏を告げに来たのだ。
宣撫の効果は抜群だ、行軍進路沿いから流布した噂によりテレ城塞は連合軍による包囲を恐れた事が原因だ。
アルニン派兵が、かなり膨らんで流布されている。多分計画的にだ。
テュネス資本は良い仕事をこなしている様子だ。
こうして難なくテレ攻略が完了した。
教砲小隊がテュネスに入国して、まだ一月も経てはいない。