“馬の王”と騎兵大隊指揮官ヤーズール
「うおっ!これまた団体様のお着きだ」
コロンボ砲班の人員、歩兵上がりの兵長、上等卒、輜重上がりの一等卒の面子と雑談に興じていたら、馬に囲まれた。
馬に囲まれた。状況が特異なので繰り返してみた。
やはりあいつ目当てだった。
「伍長さん、一応聞くけど馬だよねこれ」
……犬猫やプリンには見えないね。
「馬だねぇ、軍馬だねぇ、騎馬っぽいねぇ」
ざっと見50頭位。更にポツポツと合流してくる馬もある。
いずれも古傷まみれの歴戦馬だ。“ヒンッ”と嘶くでもなく、静かにコロンボ砲班を囲んでいる。
妙な絵面だ、あり得ない事でもある。
騎馬の馬丁や、その主である騎兵兵士がようやく追い付いて、手綱を引くが動く気配もない。
一様にアルを見つめる。大人気である。
「……聞くだけ聞くけど、騎馬に何かした?恨まれる様な事」
具体的に、騎馬達に何をどの様な事をして恨まれたら、これほどの数に囲まれるのだろうか?
この様にコロンボは間抜けな言動があり、アルとは相性は良い。
「分からないけど、挨拶かな?コイツら分かっているっぽい?」
いつもの事だがこの男、圧倒的に言葉が足りない。
「分かっているって何が?異常事態だよこれ」
この面子は、別にカリスマ調教師ではない。馬に好かれて囲まれる謂れは無い。
普段、馬に噛まれたり蹴飛ばされたり、唾を吐かれている男が、それらしい事を言っても説得力は無い。
なんか落ち着いた様子でアルは馬達に宣った。
「騎馬なんだから戦う事は本分だろうけど、馬の好きにさせてやんなよ。軍人ってのは業が深いな」
……好きにさせると、宣った当人が噛まれるか蹴飛ばされるか、唾を吐かれそうだが。
人語が、しかもアルニン語など軍馬が解る筈もないのだが、馬達はおとなしく帰っていった。
……鹿ではどうだろうか?
「アルさん、なんですアレ?」
「あたし達ってよりアル技官さんを囲んでたみたいだけど」
歩兵上がり組だ。
「まあ、勇み足?早く闘いたいみたいだね、いや迷惑な事だ」
答えになっているような、なっていない返事だ。
最もアルにも分からない話しだろう。
「例のウンコ関係?アルはアルで業が深いと思うよ。つまり馬がアルに集って来たって事だろ、ハエみたいに」
ハエと汚物の関係みたいな物か?言い得て妙かもしれない。
「ウンコ関係って?馬と何の関係が?」
「噂のウンコ使いってマジなんか?」
「何で馬と会話が出来るわけ?」
知らない。
……何はともあれ、馬と仲良くなれたなら何よりだ。
アルニンの援軍に“馬の王”がいると云う、妙な噂が、テュネスの騎兵部隊を中心に流れる事になる。
言語の違いから、教砲小隊の面々に知れるのは少し後、行軍中の事だ。
補足だが、騎兵科の兵士は、正に人馬一体、相棒以上の信頼を乗馬に寄せている。
その相棒の“王”に、騎兵大隊は関心を寄せる事となる。平地の多いテュネスは歴史的に騎兵が活躍していた。
馬に関する逸話も多い。
宣撫行軍に、一部変更が生じた。後続進発予定だった騎兵大隊が、先陣に加わったのだ。
野戦どころか、要塞攻略戦すらならないと司令部は踏んでいたので、兵科的に重要でない騎兵大隊は後発に回していた。
宣撫行軍なので隊列を揃え、行軍中に寄る市町村、集落などに威勢を示すのだが、行軍中の騎馬は、大体裸馬で行軍する。
だからあまり格好は良くないので敬遠したのだ。
因みに重装歩兵も、当然行軍中は重い装備は着込でいない。
大体輜重兵を借り受けて運搬任務をこなしてもらう。
編成だが、パストゥール大隊の三個歩兵中隊、一個工兵中隊、二個輜重小隊、一個砲兵小隊、教砲小隊。これに重装騎兵中隊が加わり、輜重部隊を増員する事になった。
編成としては、異様であるが、見せ物として考えた場合効果的ではある。
ザバ市を進発したテュネス軍の二陣にあって、今度こそマトモな来客が教砲小隊にあった。
騎兵大隊指揮官、重装騎兵中隊隊長ヤーズール大佐だ。
騎兵科は戦局に大きく影響を及ぼす兵科なので、階級が高めだ。歩兵大隊指揮官のパストゥールが少佐なのだから、違いが解ると思う。
因みに、騎兵科は司令本部直下部隊なので、歩兵大隊指揮官のパストゥールに指揮権は無い。
この場合、二陣の歩兵大隊自体が司令本部と考えた方が理解が早い。
「こちらに“馬の王”が居られると聞いた、取り次いではもらえないか?俺は騎兵大隊指揮官のヤーズール」
あまり公用語は堪能で無いようだ。
現在は小休止中だ、ザバを進発して半日程。つまり最初の休憩中に態々やってきたのだ。
応答したのは、またもやピエト一等卒。とは云えバクスタールで慣れている。
上に振る、これに限る。“お待ちを”と一声、レオンの元へ飛んでいく。
「隊長殿、テュネス騎兵大隊指揮官殿が“馬の王”に面会に参られました」
右から左だ、伝書鳩だ。
「なんだい?その“馬の王”って。本当にそう言ったのか?誤訳じゃないの?」
「間違い有りません“馬の王”です。恐らくアル技官の事だと」
例の馬の包囲は、テュネス騎馬の放馬と報告されていた。
ピンときた、つまり彼が絡んでいるのだな。大凡の事情を察し、レオンは自身がアルの元へ赴く。
最近彼は、アーガイルの出向技官と仲が良い様で、連んでいる事が多い。
こちらを認めると、アーガイルの出向技官が場を外した。
「アル、ちょっと良いかな。君に客だけど、騎兵大隊指揮官殿だ。……この間の放馬に関係しているのかな?同行しても良いかい?」
相手は佐官階級だ、失礼があってはまずい。と言うかするに決まっている。
アルがただの技官なら、ここまで面倒は見ない。彼はこちらの切り札である。
問題を起こして拘束されたら堪らない。
「構わないけど、テュネス人てのは義理堅いのか、挨拶好きなのか、騎兵さんだけでも三人目だぜ」
先客があった様だ。不安になり聞いてみる。
「騎兵の誰だい?失礼な事を言ってないだろうね?」
「わからん。言葉が通じなくて、軍曹が公用語で聞いてたけど、片言会話で騎兵としか分からなかった」
つまり対話は無かった訳か、ならば良し。
「んで、なんかリンゴ貰った。テュネスの特産物なのかリンゴ?」
なんか、やたらとリンゴばかりを食べていると思ったら、テュネスの騎兵に餌付けされていたのか。
因みにリンゴはテュネスの特産品では無い。
海軍は壊血病予防の為、騎兵は騎馬の嗜好食品の為、態々輸入している高級品だったりする。




