老婆編2
老婆の正体が明らかに。
(嫌なものだろうよ、張り付かれるのは)
老婆は粘身功の達人だった。
粘身功とは相手の心音が聴こえる程に密着しながら戦う戦技だ。当然この国の武術ではない。
超接近戦のため通常の格闘部位は使えない、よって肘、膝、肩、左右側身部、臀部、頭部位しか攻撃に使えない。
結構攻撃部位が多いようだが、超接近戦の修練が無ければ、満足に戦えない。
無理に使った所で勢いのない攻撃のため簡単に迎撃される。
(吾子よ、俺は教えたぞ、どうやって間合いをとるかをな)
老婆は店主の軸足を踏み、体捌きを封じながら肝臓周辺に掌打?を放つ。打点は掌だが、攻撃自体は体当たりに近い。
(繼歩を入れてたら肝臓破裂だったぞ吾子)
繼歩とは老婆の流派独特の予備動作で、強く地面を踏みしめる動作だ。
老婆の故国の東にあるという島国に、スモーウなる闘技があるが、そのスモーウにも、シコ、なる繼歩に似た動作があるという。
繼歩はシコよりも動作は小さいが。
繼歩は地面を強く踏んで生まれる運動エネルギー(径という)をなるべく減衰させず体幹に送り反射させるという動作の総称で、踏んだだけでは繼歩ではない。
繼は続くという意味で、歩いて続く、つまり一歩ごとに運動エネルギーを足から体幹へ反復反射を続ける事が繼歩であり、
これが出来て初めて老婆の流派、遨家極拳では拳士と認められた。
繼歩を入れる、とは攻撃に径を乗せるという意味で、言い方を替えると発径するという事だ。
(ぐえっ‼駄目だ、距離とらなきゃこのままタコ殴りだ、間合いが近すぎる。こんな時は…)
小柄な老婆とは身長差があった、身長差を活かして降り下ろし頭突きだ。これは牽制で、間合いをとり逃走するのが目的だ。
(そう、正解。敵との技量差はもちろん、体格、足場、状況、光源を量れ。天地人必ずいずれかに隙はある。無ければ作れ、無理なら逃げろ…)
遨家の教えだ。このあと
…もしくは死ね、死んで活路を見いだせ。と続く。今回は稽古のつもりなのでそこまでは言わない。
(そろそろ良かろ、毒も吐かせたいし)
老婆は店主の胸ぐらを掴み、下方に引いて頭突きをいなした。
店主はつんのめる形でタタラを踏む。老婆のほうから間合い開けた形だ。
チャンスと見た店主は、バックステップからの逃走を図る。背中を向けるのは自殺に等しいからだ。
「硬功」老婆は店主にのみに聴こえる程度の小声で呟く。
これは、これから必殺技出すから硬功使って防御してね、死んじゃうよ♪
という意味だ。
弟子?である店主は、経験上即座に理解した。
硬功とは、かなりザックリした説明になるが身体を固くする武技だ。
というのは定義が曖昧で、筋肉を収縮させ筋繊維の密度を上げるのも硬功だし、
外皮を痛めつけて足裏の皮の様に皮膚自体を厚く硬く鍛えるのも硬功だし、
単純に攻撃に備える挙動全般を硬功ともよぶ。その動作は流派による。
ただ、遨家を代表とする極拳使いは、打撃の瞬間に繼歩を踏んで、反射運動エネルギー(径)を打撃箇所に当てて、内部から衝撃を相殺する高等武技があり、
それは特別に内硬功と呼ばれる。
もちろん、店主にそんな高等武技はない。
一般的な硬功、筋肉を収縮し、息を吐き出し、打ってこい!という気組を組んだ。
いわゆる気合いで耐えるというやつだが、案外馬鹿にできない。耐えられるものなのだ。
(これから、奥義を見せる。盗め!)
繼歩を踏むと、老婆は一歩目を踏み込んだ
タン!
二歩目を踏み込む
ダン‼
三歩目だ
バン‼‼
本来三歩で詰める間合いではない。
遠いのではなく、近すぎるのだ。
踏み込むタイミングは店主のバックステップの移動限界点到達時。詰める間合いは距離にして1.2㍍程。
老婆の歩行は繼歩ではない。
繼歩の上位武技、練歩だ。
繼歩が一定の力でするドリブルだとすると、練歩はバウンドのたびに力を倍加するドリブルだ。
一歩毎に体幹に戻る運動エネルギー(径)を体幹の更に中心、丹で受けて反射させる。反射した径を繼歩に乗せて更に踏み込む。
径を繼歩に練り込む、だから練歩だ。
一歩ごとに径は倍加する。理論的には三歩目で8倍の径となる。極拳士には体格差による不利は存在しないのだ。
ただし三歩以上の練は不可能で、四歩を踏むと丹が16倍の径を受けきれず、第五腰椎周辺が爆散する。
「遨家絶肩」
三練歩から発径した技は、絶、の字がつく。拳なら絶拳、肘なら絶肘、掌なら絶掌といった具合だ。喰らったら絶対に絶命するからだ。
「グウッ!」
カウンターで入った絶肩だ、本来なら心臓は破裂しただろう。だが、何度も言うがこれは稽古だ、初動の繼歩の段階から加減してある。
(まだだ、吾子よ刮目せよ)
老婆は、カウンター絶肩の反動を丹に送りそこから更に軸足に径を送る。
軸足、利足の順に着地する。そして深く腰を落とした、減衰しすぎた径の増幅だ。
トン!ドン‼ズン‼‼およそ小柄な老婆がたてる着地音ではない。
(これで三練歩)
歩くだけが繼歩、練歩ではない。運動エネルギー(径)を体幹の更に中心の丹に反射させれば、どんな状態からも繼歩、練歩に成りうるのだ。
だが、特に呼称はかわらない。
(秘奥義、相絶肘)
両肘打ちという意味ではない。
絶技と絶技のコンボという意味での相絶だ。
老婆は粘身功の達人のため、肩や肘などの使用頻度多いから技名がこうなるのだ。
「ぐぼっ」
老婆の肘が、みぞおちに食い込んだ。
(本来なら内臓破裂だな、吾子よこれで三回死んだぞ。全く大姐め吾子の修練を放置していたな…おっと)
老婆は息子の嘔吐のタイミングを読んで体を躱した、激しく吐き出されたヘドに幾分か血が混ざっていたようだが、見なかった事にした。
(・・・まあ良い、これだけ吐けば毒も致死量を越えまいよ)
(まあ、吾子よお前が大姐を嫌うのも解らないでもない。だがな、あれは病気だ、諦めよ。俺にできることは、吾子が大姐に殺されないように鍛えてやる位なものだ…)
(大姐は俺と違って加減なぞしないぞ、強くなれ死なない程度には)
そう思いながら老婆は四つ這いになって吐いている息子の両耳をつかんだ。
(ま、それはそれとしてだ)
「死ね‼」
老婆は顔面人中に膝打ちをくれた。
(さんざん俺達を糞ババア呼ばわりしやがって)
メインとサブの人格は記憶を共有していて、ひそかにサブ人格もムカついていたのであった。
老婆の正体はシナのバーサーカー