ションベンの放物線
訓練は想像以上の物となった。
機動架台を二班に分け、機動砲撃経験者である、ダッド砲班、コロンボ砲班を機動班のリーダーに置いた。
ダッド砲班、ダーレン砲班組と、
コロンボ砲班、モス砲班をそれぞれの組とし。
残りの六砲班は、旧型砲による支援砲撃とした。
訓練の内容としては、以前ゴーン少佐に提唱した通りだ。
旧型砲による砲撃支援限界を知らしめる。
ただ、漠然と砲撃しても仕方ないので、訓練では的を定め命中率を競わせる事にした。
旧型砲の砲撃限界内までが、機動砲兵が前進できる移動距離なので、そこから敵陣内の部隊、部所を砲撃する。
訓練では機動架台側に歩兵小隊をそれぞれに帯同させる。帯同歩兵は機動砲兵の護衛だ。
想定は最前線で機動架台による砲台設営だ、防衛側の歩兵、これも二個小隊。
防衛側の勝利条件は、最前線での砲撃阻止。
攻撃側の勝利条件は、砲撃による重要地点の砲撃破壊。
この場合、火薬樽を的とした。訓練なので火薬樽の位置は予め目立つ旗を立てて置く。
砲兵の方は当然火薬を使用するが、歩兵は長銃銃剣に見立てた木杖による近接白兵戦とした。
まさか発砲を訓練で許可出来る訳がない。
機動組は、リーダーであるダッド、コロンボ砲班はそのままだが、ペア砲班は入れ換えた。
最終的には全砲門を機動架台とするので、全砲班が機動砲撃を習得させる為だ。
また、慣れた頃に機動組のリーダーも替えてみて、資質を確認した。
「驚いた。お国ではこんなに激しく砲門を移動させるのか、こんな戦法は知らない」
パストゥール少佐が訓練実施中に言った言葉だ。
知らないのは当然で、世界初の試みだからだ。
重装騎兵との連携を想定していたが、歩兵でも中々物になる事が分かった。
パストゥール少佐に重装歩兵との連携を提案した。
騎兵部隊は手配がつかない、重装騎兵と訓練で連携したいが残念だ。
日を改めて、重装歩兵による連携を試したが、これは善し悪しだった。
機動力が削がれてしまい、機動架台に遅れる。または機動架台が、重装歩兵に速度を合わせる為、やはり機動力が削がれる。
何せ、機動架台は重装騎兵程の速度で移動できるのだ。
ただ、防御力は段違いだ。元々重装歩兵の役割は戦場の盾だ。
同じ重装歩兵同士の白兵戦でも、攻守では守備の方が分が良い。
この様に、歩兵との連携を図る意味では有意義な訓練となった。
手の内の全てを空かす必要も無いので、砲弾は通常弾だ、火薬樽砲撃のみ燃焼飛散弾(仮称)を使用した。
訓練で、対人砲撃など出来る訳が無いのだ。
さてアルだが、彼を機動架台に参加させては訓練の意味を成さなくなる。
なので彼には、後方支援砲撃組の的当てを見てもらった。
直感指示なので、理論的な説明は出来ない。出来ないが実績が実績だ、古参も含め熱心に聞き入る。
ゴーン少佐とは趣が違うが、彼も教師タイプか。いや、口が汚な過ぎるから教師は無理か。
“ションベンの放物線が砲撃理想曲線だ!”とか、
“感を養うにはションベンでの的当てが一番だ”とかほざいている。
彼は飛んでいるハエを小便で撃ち落とせるそうな。
嫌な流行りが生まれそうだ。
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ザバ市に程近い平原で、連日合同演習をしていると、バクスタール師団が到着した。
師団と便宜上称したが、実質混成部隊だ。
18歩兵大隊。元々のハマクーラ駐屯師団から6大隊を選抜しこれを中核とした。
正統政府支持表明の各方面駐屯軍から、それぞれ大隊人員を徴兵し、直接戦闘部隊は18個混成大隊とした。
大隊毎に徴兵した混成師団なので、戦術部隊単位が大隊レベルなのだ。
工兵部隊は4個中隊で、大隊人員を動員し、
輜重部隊も4個中隊人員16小隊から編成した。中隊毎に物資をリレーするためだ。
砲兵は歩兵同様各方面から徴兵し、6個小隊、増強中隊人員を動員した。
そして、ハマクーラ方面師団の虎の子、重装騎兵が一個中隊、軽装騎兵が二個中隊、の騎兵大隊が指令部と同道する。
一万もの兵員だ、混成部隊が混乱もなくザバ市近郊に駐屯する様は圧巻だ。
さて、歩兵部隊の兵士達には申し訳無い事では有ったが、ザバ市には騎兵部隊、砲兵部隊、司令部と連れだってアルニン教砲小隊とパストゥール歩兵中隊のみが入場する運びとなった。
パストゥール中隊は、バクスタールの帰還に護衛として同道した二個歩兵中隊と合流し、元の歩兵大隊として司令部直下となる。
他部隊は仕方がない。混成した20大隊もの兵員を収用出来る設備など有る訳がなく、
また、美々しく着飾った騎兵、砲兵は、宣撫という任務を果す役割もあるからだ。
ましてや、アルニン支援を喧伝するに、派手に人目に晒さなければならない。
喝采や賞賛を浴びる、軍事行動の華の部分だ。
歩兵が砲兵と仲が悪い理由のひとつでもある。
騎兵は、エリート中のエリートで、また戦場での派手な働きから納得はいく。云わば騎兵は戦場の剣だ。勇猛な者も多く人気の兵科だ。
だが砲兵は、後方から賑やかしに砲撃するだけの役立たずの臆病者で、予算ばかり喰らう穀潰しだとの認識だ。
“装備だけは良いから、こんな時にここぞとばかりしゃしゃり出て来やがる”
歩兵兵科には、こんな感じに思われていた。
その認識は、今回の首都奪還作戦において覆る事になる。
今現在、この場にいる歩兵指揮官の中で、砲兵部隊の認識が改まっているのは、パストゥール少佐だけであった。
……そのパストゥールも、実はまだ機動砲兵の本当の凶悪さを理解はしていないのだが。