“鷹の目”の加護
港湾警備局へ出向いた。道々連絡に来た警備隊員に事情を訊ねた。
港湾内で大規模な発砲を感知し、保安上の理由から該当人員を確保したとの事だが、
何か歯切れが悪い、済まなそうにしている。
最初は、我々の身柄がアルニン国籍である事が理由かと思ったら違った。
参考人として連行した代表者に事情を尋ねると、
“射撃は軍が接収した埠頭内の出来事だから違法性は無い”
と言及し、逆に港湾警備局長に警備隊員の不法侵入及び不法連行こそ違法だと捲し立てたらしい。
局長が確認すると、確かに軍艦隊が入港するに当たり機密保持、安全上の理由から埠頭部分が公的に接収されていた。
なのだが、ザベスは商業港だ。しかも戦時で大規模な発砲があるとなれば、警備隊としては出動する。接収の件が連絡不足だった。
その代表者とやらも、正統政府支持表明をしたザベス市に、難癖を付けるつもりも無い様で、警備局が下手に出たら引き下がったそうだ。
そういう訳で、アルニン国籍の小隊員の引き取りに、アルニン代表者を呼びに来たそうだ。
まあ、問題が無いのならそれで良いのだ。
有るとしたら軍令違反だ、待機命令を無視したのだから罰は必要だろう。
それほど歩く事も無く、港湾警備隊の建物に到着した。
厄日ではある。武装艦に追い回され、テュネスの首脳部に突撃され、部下を引き取りに警備隊の所に出頭だ。
しかも、建物内から複数人の高笑いが聞こえる、楽しげに談話中とみた。おのれ!
カチンときたが抑えた。何でもテュネス海軍の提督が絡んでいるそうだ。
建物に入る。一階部分はホールになっている、この手の施設は、隊員の召集、点呼の為大体こんな造りだ。
だから、小隊の面々とテュネス海軍の面々が、団体で収容出来る。
小隊連中が私に気がつき、直立敬礼をする。
連られて、海軍の面々も直立礼だ。
……ただ。
何故バクスタール閣下がいるのだ?市議会所を抜け出てきたのか?
閣下も私に気がついた様で、海軍式の敬礼をしてきた。
「貴官が隊長殿ですな、テュネス海軍少将バクスタールです、この度はとんだ手間を掛けてしまい申し訳ない」
……なるほど。いくら私が鈍くとも分かる。バクスタール閣下の御兄弟か。
答礼しながらそう思った。
「アルニン軍総合総司令本部所属、臨時編成新型砲教導砲兵小隊隊長、砲兵中尉パルトです。
バクスタール提督には、本日危機を救っていただきました。感謝に絶えません」
入港しているのは一個艦隊だから、階級からしてバクスタール提督が司令官だろう。
「そう言って貰えるなら助かる。僅かに護衛任務に間に合わなかったので。
……パルト隊長、此度の不始末は、全て私に責任がある。私が貴小隊人員をつれ回したのだ、彼等に責はない。この通りだ」
そう言ってバクスタールは頭を下げた。
アルニンでは一般的でないが、テュネス界隈では頭を下げる事が謝罪である。
それはレオンも知っていた。
「提督!それでは過度の謝罪に過ぎます、あらましは聞き及んでいます、どうか頭を上げてください」
レオンとしても大事にしたくない。何よりもバクスタール提督と、知己を得られた事は大きい。
「小隊人員はテュネス海軍と共同で射撃訓練をしていただけです。
小官の留守中の出来事は、二人の曹長に委任しており、その二人が小隊人員を動かしたなら、それは隊長である私の命令になります。
なので、提督にはお心置きなく」
本国との連絡は海路しかない、補給線もだ。だからテュネス海軍の提督に、しかも、テュネス軍総司令の兄弟ならば、上手にしとかなければ馬鹿である。
この後、借り受けた倉庫に戻り、テュネス海軍の面々と酒宴となった。
……提督のアルコールが、抜けてないのが原因だが、まあ良かろう。
バクスタール提督の紹介で、サンドロ中佐以下各艦長と面識を得た。
政府高官主催の歓迎会は息が詰まるが、こうした軍人同士の交流ならば気が楽だ。
「パルト隊長殿、砲術家兼技術者の、アル殿の事で伺いたいのだが、よろしいか?」
「はい、なんでしょうか」
チラリと彼を見た、他の技官と話している様だ、打ち解けたみたいで何よりだ。
「彼のアルニンでの位置付けだが、どうなのだろうか、短刀直入に言えば引き抜きたい」
驚きは無い。彼の特異性は非常に分かりやすい。
今回の派兵に伴い、予想された事案だ。
つまり対策済みだ。
「彼はアルニンで、総合総司令本部所属の技術少尉待遇者です。あんなで、準国家公務員なのですよ」
最後は戯けるようにして断言しておいた。
本人はどうせ覚えていないだろうが、少尉待遇に昇官したときに交わした誓約書と契約書で、法的に身柄を確保しておいたのだ。
他の技術武官待遇者に距離を置かれるのは、何も本人が変人だからだけではない。
大本営所属だからだ。因みに小隊人員全員が臨時に所属を中央の総合総司令本部に移している。
「やはり、重要人物であるか、残念だ。
……お国の宗教は、確か一神教で多神は認めてはおられないのでしたな」
何か妙な方向に話しが飛んだ。
「はい、なので守護聖人が、他教で云う神々に肩代わりします」
不穏当な発言ではある。レオンは景信教徒ではあるが、別に熱心な信者と云う訳ではない。
「うむ。まあ、こちらでは神々が居られると信じられているのだが、神は特定の人間に加護を与えると思われている」
ブブエロが頭に浮かぶ。ただ、彼は神から阿呆鳥の加護を得たのではなく、阿呆鳥から加護を得ているそうだ。
それから特に阿呆鳥に神聖性は無いそうだ。
「それが、アル技官と何か?」
「彼の射撃術を見て感じたのだが、彼は“鷹の目”の加護を、何れかの神から受けているに違いない」
ブブエロとは少しニュアンスが違うが、南方大陸では加護の概念が一般的らしい。
「本人も光栄に思う事でしょう」
何せ本国では“ウンコ使い”だからな。
バクスタール提督が言葉を繋げた。
「そこで、隊長殿。いつの日か彼の“鷹の目”が必要な時に、彼を貸してもらえないだろうか?」
即答は避けたい所だ。しかしバクスタール提督とは誼を結びたい。
「分かりました、その時の状況が可能ならば、彼を派遣しましょう」
そう約束した。そして場はお開きとなった。
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「提督、話は聞いていましたが、あの技官殿を借り受けるような戦況は有りうるでしょうか?」
「わからん、だが、“鷹の目”の加護持ちだ、切り札に成る」
テュネスでは加護は普通に信じられている様だ。
「戦艦二隻ですからな、それに立射での狙撃命中。加護持ちは間違いありませんね、ただ……」
「ああ、可哀想だが、加護持ちは長生きはしない。あんなに強く加護を得たなら尚更だ」
バクスタールとサンドロは出てきた倉庫の方を見やった。
神に強く愛され加護を得るとは、神の手元に召されやすいと云う事でもあるのだ。
此方では、そう思われていた。
“鷹の目”の加護、そう考えられているだけで、別にスキルでも何でもありません。
その手のファンタジーではありません、渾名、二つ名みたいなものです。




