倉庫で酒宴
「総員整列!バクスタール提督に敬礼!」
流石は年季の入った軍人だ。
他国の海軍提督とは云え、協力関係にある。礼を欠かす訳にはいかない。
同じ階級だが、ダッドとダーレンでは年期が違う。即座にダーレンが号令を掛けた。
そこらへんは、混成とは云え軍人だ。号令に対応する。
軍属組もそれに習う。アレは便所に行ってしまっている。不安要素ではある。
バクスタールの方でも慣れたもので、海軍式の敬礼を返した。
海軍水兵が荷車を入れ込む、酒樽だ。差し入れは、本来なら禁じられているアルコールである。
「指揮官は居られるか?詫びも兼ねているので、今日は目こぼし願いたいのだが」
初対面だから、誰が誰だか分からない。ダーレンが応じる。
「作戦参謀殿と小隊長殿は、お国の首脳の方々と出られました。
小官と、こちらのダッド曹長で留守を任されております」
「ならば、好都合ではないかな留守居殿。友好関係にある海軍提督から、是非にと勧められて、やむ無く、と言う言い訳で」
「弱りました、その軍規が……」
「喜んでお受けします。
ダーレン曹長、提督自らが足を運ばれて、こちらまで酒樽を運んでいただいたのだ、固辞は場合によりけりだ」
「では決まりだ。皆に杯を」
水夫連中が、小隊面々に酒杯を配る。海軍と言えばラム酒だが、配られたのは蒸留酒ではなく白ワインだ。
水夫達もチャッカリご相伴だ。
「皆に渡ったか、では本日の海戦を生き延びた勇者達に、乾杯!」
一気に飲み干す。開戦前なら景気づけに杯を投げ割る所だが、(別にそんな儀式は陸海軍共に無い。ノリだ)まだまだワイン樽は残量がある。無意味に杯を投げ割る馬鹿も居ない。
と、云う事で、砲兵小隊とテュネス海軍の懇親会が始まった。
杯が進むなか、バクスタールが切り出す。
「時に曹長殿、今日の海戦でいきなり連合の艦が二隻爆発したが、そちらから何か気がついた事は無いだろうか?」
「はい提督、あれなら我々が沈めました。と、言うより、やはり連合王国艦隊だったのですね」
「ははは、曹長殿は酔うのが早すぎる、輸送艦は非武装ではないか、距離も優に一海里は離れていた。いや、不可解な爆発で報告に困っているのだ」
「いえ、提督。それが本当の話で、我々が砲兵である事をお忘れですか。持ってきた重火砲で砲撃しました」
「如何にも提督。我が生涯最高の戦果ですわ」
アルコールのせいか、割りと常識人のダーレンの口が軽い。ダッドが雷同する。
「そんな馬鹿な、砲撃で戦艦二隻を撃沈したと?誤爆と睨んだが違うのか?」
「まあ、提督、海兵の皆さんも見てください。アルニンの最新兵器を」
ダーレンだ、彼は顕示欲が強いのか、アルコールで自制が効かなくなるのか、機密情報をポロポロこぼし始める。
マークⅩ試作架台野戦仕様の防水布を外す。“おお”、と云うどよめきが起こる。
いつ見ても異形だ。親子孫亀式とほざく馬鹿がいるが、そんな可愛らしい呼称では不適切だ。
どう見ても破壊、殺戮の為だけに作られた武骨さだ。実用一点張りの機能美は、真剣のそれに似る。
……美しい。
砲兵、いや、男なら感ずる物がある。
海将はその異形を魅入った。
そこに。
「なんだい皆して、ワインかそれ?俺にもくれよ、いや、糞が固くて難儀した」
また、嫌なタイミングで帰ってきた。
蛇足だが、倉庫に便所など無く港湾内の公衆便所まで行き、遅くなったのだ。
「こら、テュネス海軍の提督殿の前で、余り下品を口にするな。申し訳ないです、馬鹿で下品な奴ですが、悪気は無いんです。馬鹿で下品ですが」
「繰り返すなよ軍曹。ひょっとしてこの酒は海軍の人からの?」
「如何にも。まあやってくれ。それよりこの重火砲だが、見た事も聞いたこともない代物だが、アルニンでは採用兵器なのか?」
鷹揚に返事を返すと、ダーレン達に訊ねた。
「まだ、試作段階ですよ。今やって来た技術武官待遇者、アルと言うのですが、奴が開発者ですよ」
「ほう、まだ若い様だが、アルニンでは若手が台頭しているのだな」
バクスタールはアルと対面した。
「技官殿、質問だが、重火砲の威力は分かった。だが、命中精度はどうやったのだ?海兵砲撃では、まず不可能な命中精度だ」
「それなら、感。何と云うか、そう調節しないと収まりが悪い様な、気持ち悪い様な、そんな気がしてさ。
こうして改まって考えると奇妙だけど、そん時はそれで当然って感じ?」
「おい!アル!口の利き様に気をつけろ!テュネス海軍の提督、少将殿だぞ!」
「いや、構わないよ、技官殿は……」
「やっぱりか!いや、髭が髭だから偉い人だとは思ってたが、将軍様だって!」
……やらかすとは思ったが、やらかした。やっぱり髭か。
何処の国の礼法なのか、アルは地に伏し頭を地に着けた。
いつもの妙な雑学由来の、この馬鹿なりの最高の礼だ。
……まだ、ワインに口を付けてはいない。素面だ。
この男、素でこんな事ばかりするから“佞人”と罵られる事になるのだが、それは後の話だ。
多少は面食らったようだが、流石は海の男。アルの人柄を大体理解したらしく、アルを普通に座らせる。
……それより……
「つまり技官殿は、開発者だけでなく、砲術家でもあるのだな。
参軍武官だから、試射もこなすのか。
うむ、感か。分からないでもない」
海兵の砲撃は山感のめくら撃ちだ。だから感と言われて不合理は感じない。砲撃距離は異常だが。
いや、冷静になれば、やはりあり得ない事だが、この御仁も、アルコールが進んでいる。
弁護すると、連合王国艦隊に衝角による艦隊突撃を命じたのは彼だ。
決死の覚悟と、部下を死地に追いやる命令を下し、旗艦が先陣を切ったのだ。
結果はベルソン提督に、するりと躱されてしまったが、それは結果だ。
一応の面子を立て、また死地からの生還だ、多少のアルコールの回り早さは許してやろう。
因みに配下艦隊員にも、生還を祝し白ワインを送ってある。赤は血を連想するから、祝杯は白だ。
「感ね。おい、アル。その感は砲撃だけか?長銃射撃はどうなんだ?」
ダッドが余計な事を言い出した。こいつもかなりアルコールが回っていた。