テュネス入国
黒雷公の正体一行は、結局護衛艦に合流せず、そのままザベス港に向かった。
陸地は見えているのだ、望遠鏡を使えばザベス港も確認できる距離だ。
船足を考えれば、護衛艦に合流する頃にはナザレに到着してしまう。
積み荷の投棄が護衛艦への合流前提だったが、脅威を排除したのなら、無駄に積み荷を投棄する事も無い。
ならば当初の予定通りザベスに向かった方が早い。
「しかし凄い砲だなぁ、よく考えついたな、この衝撃緩衝部なんて、官能的ですらある」
「どこをどう解釈すれば、官能なんて出てくるんだよ、言ってみ」
「そりゃアル、あんな激しい反動を、優しく優しく受け止めてだな、流される事無く押し戻す所なんぞ、まるでフランク女みたいじゃないか」
「おお!そう云う解釈か、馬鹿みてぇ。それよか俺思ったんだが、こいつはむしろ軍艦登載の方が良くね」
「無理、あんな砲術はウチには真似出来ない」
艦上はリラックスモードだ、武官待遇の民間人と、輸送艦副艦長がタメ口叩く程には和やかだ。
ダッドは未だ簀巻きだが。
猿轡も噛まされているので、たまにムームー言っている。
まあ、これで不問とされるのだからヨシとしよう。
厳密に軍法に照らせば、ダッドのしたことは反乱示唆、扇動罪に当たる事だし。
「いや、砲術は関係ないな、水平砲撃専門にして、接近戦をする、これなら射程が長いから水平砲撃でも届くんじゃないの?」
「衝角を重砲にするのか、面白いかも。ただ、予算がな」
「予算ねぇ、あんま意識したことはなかったけど、こいつは幾らかかったのかね」
重砲だけでも、アルの年収の10年分は軽く越す。
してみると、畑違いのゴーン少佐はどんな魔法を使ったのか。
そんな会話を呑気にしている内に、ザベス港に入港した。
ザベス港は軍港ではない、無いがかつて軍港として使用されていた時期があり、輸送艦が入港するに足る水深が有る。
そうで無ければ、テュネス艦隊が停泊している筈も無い。
ボルジア少尉とはここで別れる訳だが、アルの特異性を知る海兵として、後年再会する。
テュネス艦隊を出迎えに手配していたのだ、アルニン政府からの正式支援である、新型砲教導砲兵小隊は、大歓迎された。
武装一式を荷降ろしし、入国審査官による検査を終了する頃には、テュネス正統政府の要人集団に出迎えられた。
小隊の隊長はレオンではあるが、政府の意を受けて……
……と言うか、裏の事情込みで総合総司令本部に提案したのは、ゴーン少佐だ。
准佐を飛び越して少佐に昇官したのは、なにも砲台の監査査察要員として、箔付けしたからでは無い。
機動砲兵構想の責任者として、対外交渉要員として志願したからだ。
南方大陸は荒れる。
いずれ出兵するにしろ、現地の政府、勢力、軍部と、アルニン総合総司令本部、ひいてはアルニン政府の意向を擦り合わせ、交渉する人材が必要となる。
若く、中尉に昇官したばかりのレオンでは、位階以前に力量が足りない。
そこで志願したゴーン大尉だ。
元々総合司令本部に所属し、参謀畑の出身だ。
作戦案はナザレ総合司令本部からの提案だが、立案はゴーン大尉である。
ナザレ総合司令本部の推薦もあり、大本営に所属を移し、出向の形を取った。
ややこしいが、三砲台へはナザレ総合司令本部からの出向だが、
南方大陸派兵の新型砲教導砲兵小隊へは、総合総司令本部、大本営からの出向となる。
ただ、その場合各国との交渉にあたり、大尉では位階が足りない。
最低限佐官階級でなければ、先方も言葉に重きを置かないのだ。
それを見越しての佐官昇官だ。
追記となるが、准佐なる階級は平時において任官することはまず無い。必要が無い事が理由だ。
准将、准尉とは意味合いが違う。
軍団や艦隊を指揮する将官に准ずる。だから准将。
下の階級の佐官では、軍団、艦隊、の指揮官になれない。
尉官に准ずる。下士官であるが、小隊以下の指揮権を有する。
軍の最小単位とも呼べる小隊は、下士官では隊長にはなれない。
文字通り、尉官に准ずるから隊長になれる。
そこで准佐だが、軍編成上、大尉や少佐で足りてしまうのだ。
だから、平時では意味がないので、准佐は置かない。どうしてもと云う場合は上級大尉を置く。
戦時、指揮官増員事態において、臨時に置かれる事がある階級なので、アルニン軍では存在はする。
なので、レオンはお飾りでゴーンが政治的な対応をする。
ちなみにダッドは、未だに簀巻きだ。歩ける様に足だけは解放してある。
「アルニン総合総司令本部所属、作戦参謀少佐、ゴーンであります。このように盛大に出迎えを受けて、大変恐縮であります」
公用語だ、アルニンとは付き合いの長い国だから、テュネスでも通じる。
言語のベースは、帝政期の旧アルニン語であり、国教である景信教の使用言語だ。
脇に反れすぎるので、詳しくは省く。
代表者だろう、身なりの一番整った恰幅のよろしい男が応じた。
「テュネス正統政府臨時首相、フサッド.アリーです。貴国の軍事支援、心から感謝します」
臨時首相も綺麗な公用語をこなす。
「新型砲の貸与は政府の決定ですので、我々には無用な謝意であります。教導砲兵小隊はその為に貴国に派遣されました。きっとお役に立つ事でしょう」
そう返すと、ゴーンは敬礼した。
こんな人目の有るところで、臨時とはいえ一国の首相に言質を取られる訳にはいかない。
分かっていながら、言質を取りに来たのだろう。態々自らやって来てだ。
ゴーンとしては、テュネスの内乱に興味はないのだ。
機動砲兵の実地投入。その運用実績が取れれば、
後は他国の都合など、どうでもいいのだ。




