海戦4
遅延目的の砲撃は、熾烈を極めた。
結果、業を煮やしたテュネス艦隊は、原始的な衝角による艦隊突撃を選択した。
地の利が有る。水平砲撃を喰らおうと、沈没しなければ、帰投港はすぐそこだ。
ノウノウと海賊旗を掲げた武装艦隊に、良い様にあしらわれては、この近海で海軍を名乗れない。
火薬格納庫を再封印で特攻だ。
武装艦隊側としては、最悪な戦法を取られたと言える。
消耗戦法、しかも決死の艦隊突撃。思い切りが良すぎる海将がいたものだ。
流石は歴史上の名将、ハンニバルスの出身国。
国は滅びても、悠久の時を経ても、なお誇りは継承されるものだ。
だがしかし、そこは歴戦の海将だ。テュネス艦隊の意図を察するや、テュネス艦隊の右舷に回り込む形に艦隊移動をする。
本来ならば二重に悪手だ。
まずは、本格的に砲撃戦に移行してしまい、損耗も馬鹿にならない。
艦砲は側面側、艦舷に配してあるからだ。
次に、進路を空けてしまい救難に向かったハスラー艦の背後を撞ける形になる。
そこは、賭けだ。
艦隊突撃を敢行したのは、当艦隊の撃破の為か、
膠着した戦況打破の為の一手か、
救難艦撃破の為の行動か。
果して、テュネス艦隊は艦隊同士の近接戦を選択してきた。
最も、衝角戦を挑んだ段階で読めてはいた。
一番最悪なのが、近接水平砲撃戦なのだが、そこは互いに決戦で無いことは理解している。
衝角戦だと、両舷の砲撃口を閉じて火薬庫は厳重に封印される、当然だ、近接するまでに砲撃を貰うと、誘爆してしまう。
衝角戦は艦隊の衝突力が命だ、相手艦を突き破らなければ、水平砲撃を貰ってしまう。
戦術としては、下策も下策だが、テュネス艦隊は数に勝る。
一艦一撃破でお釣りがくるのだ。
武装艦隊、いや、ベルソン艦隊はテュネス艦隊の誘導に成功したと言える。
テュネス艦隊は不退転の覚悟から、戦術の柔軟性を放棄してしまっている。
ベルソン艦隊を突き崩さんと、艦隊突撃を敢行し続ける。
ベルソン提督とすれば、逃げ回っていれば良いのだ。ハスラー艦が救難完了するまで時を稼げば良いのだから。
円弧航行からグルリと180゜艦進行方向を変えそのまま西進し、テュネス艦隊をザベス港から引き離す。
テュネス艦隊の決死突撃も、いざ被弾したら帰投出来ると踏んでの事だ。
付かせず離れさせずの間合いのまま、ベルソン艦隊はテュネス艦隊を誘導し続けた。
テュネス艦隊の足が鈍る、迷いが生じているのだ。ザベスから離れ過ぎてしまった。
そこでベルソン艦隊は北上する。艦隊としては右舷を見せる、つまり砲撃態勢を見せる形になる。
テュネス艦隊としてはベルソン艦隊に追走して北上するしかない、被弾を避けたいのだ。
ベルソン提督の艦隊運用の妙だ。戦況を読み、戦機を掴む。
この一連の艦隊運用自体が、非凡に尽きる。
前述したが、通信手段が乏しい中、隊列を崩す事無く継戦しているのだ。至難の業と言える。
訓練の賜物ではあるが、これは今期勇退するジャール司令長官の功績だ。
あらかじめ行動指針を定めたコードを、全将官に叩き込んでいる。
微細な指示は手旗通信だが、およそ海戦に必要な指示は簡略化された手旗、鏡通信で即座に発信、解読される。
釣られたテュネス艦隊を更に北上させる、
冷静さをテュネス艦隊が取り戻した所で、仕切り直しだ。
ただ、今回は互いに砲撃射程外に艦隊航行させた通常海戦だ。円弧航行の砲撃戦だ。
損耗を避ける思考に誘導出来たのだから、ベルソン提督としては上々の戦術と自負する。
被害を最小に留める事に成功したのだから。
互いに戦機を逃したと、テュネス艦隊も理解した筈だ。このまま無意味に弾薬を海中投棄しても仕方ない。
どちらからともなく、艦隊の間合いは離れてゆき、互いに戦闘海域を離脱してゆく。
負け戦としては上々だ。最悪、全滅もあり得た。
勝ち負けは時の運。だが勝敗に関わらず、被害を最小に押さえるのは司令官の腕だ。
……しかし……
「パルシェとリーグを失ったのは痛いな」
言い方は悪いが、犬死にだ。誤爆事故死、こんな事で失って良い人材では無い。
ましてや、パルシェ准将は自身の副官時代から育て上げた、云わば子飼いだ。
リーグ大佐も、融通の利かない教本通りの艦運用をするが、経験を積ませ漸く物に成ってきた所だった。
秘密裏の軍事行動だ、二階級の特進は無い。
艦上は何とも沈みがちな空気のまま、ザベス沖の誤爆事故海域に差し掛かった。
ハスラー艦は、テュネス艦隊がベルソン艦隊に釣られた事を良い事に、救難活動を完了し、艦隊に合流すべく微速航行をしていた。
漂流物は仕方ないとして、回収できる亡骸は全て回収した。
ここでハスラー艦から、報告が上がった。
「ベルソン提督、ハスラー艦からの連絡です。パルシェ准将の無事が確認されました、当艦への乗艦許可を求めています」
「なんと、ヤツめ不死身を気取るか」
艦上の空気を払拭する意味もあり、副官、提督共に大声だ。
ベルソンの場合は、地で嬉しくもあった。
程なくして、パルシェ准将がベルソン艦隊旗艦へ移動してきた。
「まずは無事で何よりだ准将。はは、なんだその格好は、丈が合っていないではないか」
パルシェは借り物の軍服で来ていた。ハスラーの借り物だろう。パルシェが大柄なのではなく、ハスラーが小柄なのだ。
「面目有りません、しかしこうして提督と再会して、漸く生き残ったと実感しました」
「水兵達は残念であった、リーグもな。貴官まで失っていたら再起は不能だったぞ。
……一体何が有ったのだ、貴官の艦が誤爆し、リーグ艦が誘爆したと聞いている」
「それが、よくわかりません。メインマストが弾け飛んだ後、炎が甲板上に躍りました。……落雷の直撃を喰らったようです」
「落雷だと?ウム成る程な」
本日は快晴である。だが、稀に晴日好天に雷雨、落雷はある。
清那の格言に、“好天の霹靂”なるものがある。
霹靂とは雷の事だ、晴れの日に落雷に遭って驚くと云う意味だ。
洋上では、様々な事象が起こることを、海の男なら熟知している。
直近で艦隊による激しい砲撃だ、落雷音に気がつかない事もある。
「……ただ、その落雷なのですが……」
「うん?歯切れが悪いな、何だ?」
「生き残りの証言を集めると、黒い雷だったとか何とか、全員が口を揃えます」
輸送艦からの砲撃であったと推理するものは居なかった。当然だ、非武装、距離、命中精度、どれを取っても推理するに足り得ない。
そもそも、輸送艦の反撃など意識の外だ。
「黒い雷だと?お伽噺の悪魔、黒雷公レーベルか?馬鹿馬鹿しい」
「いえ、普通の落雷でしょう。ただ、あまりにもタイミングが悪いので、そんな話にすり替わったのでは?」
結局、作戦行動中の落雷による事故として処理される事となった。
ただ連合王国の水夫には、“ザベス沖には悪魔が住まう”、“黒雷公が贄を求む”と、長らく言い伝えられる事となる。