海戦3
「一石二鳥ならぬ一撃二沈かな?軍曹、この場合スコアは二つと数えんの?」
「…………」
「何とか言えって、軍曹……って……あのね」
ダッドはアルを無視した訳ではない。言葉が出なかったのだ、感極まって。
「お、俺は……俺は、俺は」
「何だよ、何時ものヤツかい?軍曹のそれは面倒だよ」
でも、何か何時もと違う感じだ。
「俺は砲兵やってて、本当に良かった。砲兵を続けた自分を誉めたい……」
感涙を拭おうともせず、ダッドはアルの肩を抱く。
「ありがとうアル。生涯最高の戦果だ、戦艦二隻撃沈なんて、あり得ない。ありがとう」
「調子が狂うよ軍曹。まあ、半分は彼奴等の功績かな」
三号達だ。最も今回は砲弾の指示をしただけで、ギャラリーだった。
重火砲架台、専用特殊砲弾作成では世話になったが、その功績は大だ。
そう言ってダッドの肩をポンッと叩く。
周囲から喚声が上がった。
「艦上射撃だぞ!信じられない!2000は優に離れていたぞ!」
「……まさか二隻撃沈とは、本当に神手かも知れないな。神眼の砲手か……」
「すげエ、流石ウンコ臭ェ神の加護。阿呆鳥ヨりすごイかも知ンない」
砲兵小隊連中には、まだアルの砲撃に免疫が有ったが、海軍連中には無い、今だに呆けているのもいる。
調子に乗ったアルが仕切る。
「軍師さん今だよ。反転して残りも沈めよう。海賊は討伐したが吉ってね」
「アル技官殿は御使いか!あり得ない戦果だ!よし、怖れる物は無い!艦長、反転反攻だ!海賊艦隊を駆逐する!」
ゴーン少佐は、アレだ。だからアレでない人達が止めた。
「お待ちを。この艦は非武装の輸送艦、砲撃を一発も貰えば大破します。戦域の離脱が最良です少佐」
サンタ艦長が止めた、この人が海軍で真っ先に回復したのだ。
「艦長に同意します。ゴーン少佐、アル技官の存在は秘匿すべきです。
もし此方から武装艦隊にチョッカイをかけて、残存艦から集中砲火を浴びたら、結局轟沈します。
速やかな離脱に同意します」
虎口を脱した直後に、態々虎尾を踏みに行く事もない。
艦長、レオン、コント等の進言で反攻は無くなったが、砲兵、海兵の意気は高揚したままだ。
特にダッドが酷い。海兵を扇動して反転航行を促し、一部同調した海兵が操舵輪に手を掛けたが、未遂に終る。
ダッドはダーレン、コロンボ、ブブエロといった、ダッドに慣れた面々に羽交い締めにされ、簀巻き状態にされてそこらに転がされている。
ゴーンも段々と冷静に戻りつつあったが、マークⅩを前にして、変な方向に思考を飛ばし始める。
詳しくは省くが、かなり過激で不穏当な発言が有った。恐らく実行すれば世界大戦に突入する。
アルはと云うと、船尾から何もない海原を指差して、ゲラゲラとキチがいみたいに爆笑していた。
“水陸両用3号”、とか、“きたねぇ人魚だ”、とか意味を成さない放言で大爆笑、周囲に距離を置かれる。
輸送艦上はカオス状態だ。だが、これも勝者だから出来る事だ。
だが、擬装海賊艦隊の方はそうはいかない。
凄まじい爆発音に、爆音源と思われる方角に目をやると、一隻目は沈没中、二隻目の艦は丁度爆発した所だった。
自艦隊の砲撃音に、その他雑音が聞え難い状態では有ったが、流石に戦艦が沈没する様な爆発音は気が付く。
呆気に取られていると、二隻目の爆発音が響き、我に返った。
「何事だ!大尉!情況を確認し報告せよ」
「はっ」副官の大尉は返事と共にマスト上の見張りに鏡通信だ。
ベルソンは、自身沈没中の二艦を望遠鏡で確認した。
綺麗な艦体だ、攻撃を受けた風もない。
海面には、水夫が浮かぶ。爆発前に退避したのか、生存者も確認した。
「報告します。詳細は不明ながら、輸送艦追走中のパルシェ艦が急に爆発し、リーグ艦に誘爆した模様。二艦共に大破、沈没中であります」
「……パルシェ艦の誤爆か、なんたる事だ」
戦艦の誤爆は、滅多に無いが存在する。
これは開戦直後に起こる事が多い、火薬格納庫を開くからだ。
海軍船は軍艦や輸送艦、船舶に共通して火気厳禁だ。
火薬満載の軍艦、船は言わずもがな。消火手段が乏しい洋上では船舶ならば当然だ。
なので海軍連中の服装は、発火原因に成りかねない金具は使用せず、木製、獣骨製、革製などの非金属でボタン留めする徹底ぶりだ。
しかし人が居住する空間に、全く火の気の無い生活は不可能だ。原人ですら、生活に火を使う。失火もあり得る。
帯電した体で金属部分をに接触すると、静電気が弾け種火となる事は知られていた。
移動火薬庫とも言える戦艦が、開戦に伴い火薬格納庫を開封する。
体の帯電に気がつかない水夫が、火薬運搬の為火薬格納庫に入室する、何かの拍子で静電気が放電する、爆発、炎上。
薄暗い火薬格納庫の開封に、明かりに手燭を使う、開封後手燭の消火を失念する、船舶は揺れる、失火する、爆発、炎上。
冗談みたいだが、実際に有ったとされる誤爆原因だ。当事者は即死だろうから、それまでの行動記録からの推測だ。
だから、開戦直後の誤爆はあり得ると、海将ならば理解していた、理解してはいたが受け入れ難い。
ベルソンとしては、テュネス海軍の足止め、別動の二艦による輸送艦撃沈後に艦隊合流、離脱予定だった。
決戦を挑む気など更々ないのだ。
それが根幹から崩れた。
別動二艦の爆発沈没は、テュネスからも確認出来ただろう。
ならば、数の有利を前面に出し損害覚悟で消耗戦法もあり得るのだ。
数の上では12対10。更にこれから沈没艦の水夫救難の艦を出さねばならない。
歴戦の海将だ、決断は早い。
「ハスラー艦に救難に向かわせろ!残存艦は遅延目的砲撃で、可能な限りテュネス海軍を牽制せよ。時を稼げ!
救援終了次第、戦闘海域を離脱、ヤルタに帰投する」
輸送艦のお気楽モードとは対照的に、擬装海賊艦隊は、不退転の決死モードに突入した。
勝ちと負けとでは、これ程までに艦上の様相は変わるのだ。
明けましておめでとうございます。
本年も応援よろしくお願いいたします。




