輸送艦副艦長 コント.ボルジア海軍少尉
ナザレ出発は、今月末と発表され、目的地もテュネスのスール軍港とされたが、当然フェイク情報だ。
実際はザベス商港に寄港する。出発は五日後だ。今は月の半ばだから10日程サバを読んだ事になる。
アルニンはテュネス正統政府の支持を表明しており、支援物資の運搬の為、軍事輸送艦で堂々と移動する。
武装が無いので、積載量はかなりの物だが、海軍でない悲しさで、積載総㌧数は分からない。
マークⅡ先行量産型試験機動架台と、旧式中距離野戦砲は輸送艦内に格納出来た。
だが、マークⅩ試験架台野戦仕様は、分解しないと艦内格納は無理なので、甲板上に固定した。
防水布で覆い一応の秘匿工作はしてある。
余談だがこの防水布、例の駄菓子配合だ。
0.1配合を綿布に塗り込み焼成したのだ。防水性はもちろん、布の目も詰まり強度も増すので、現在帆布利用を検討されている。
これも軍事転用が容易な為、特許申請に待ったが掛かった。少しアルが憐れではある。
武装一式は既に艦載済みだ。期日に兵員を乗船させれば、作戦開始となる。
臨時編成新型砲教導砲兵小隊。
捻りも何にもない部隊名が付けられた、長いので教砲小隊と呼ぶ事にする。
隊長はパルト中尉、作戦参謀としてゴーン少佐が同行するが指揮権は無い。
名目上、教砲小隊の監査役として総合総司令本部(大本営)からの出向扱いとなる。
パルト砲班、ダッド砲班、コロンボ砲班、ダーレン砲班、モス砲班、チューザレ砲班、ドルド砲班、バリウス砲班、マリウス砲班、マリオ砲班。
以上10砲班、一小隊の派遣だ。
肝心のアルだが、参軍技術士として、他の参軍技術士達と同枠での参軍だ。
「いよいよだな、アル、家族に連絡しなくて良いのか?」
最悪今生の別れになるかも知れない。
「手紙は書いたしね、生命保険の受取人の件も有るし」
結局受取人は親にした。アルは独身だ。多分これからも、ずっと、ずっと。
借金は、アルが行方不明の間に親が肩代わりしていた。別に親愛の情からではなく、ただ単に連帯保証人だっただけだ。
運送屋の親父には受領証を送り、送金先を実家に指示した。
また、軍からの給金がかなりの貯まっていたので、実家が立て替えてくれた金額+αを送金した。
これで綺麗な体となった訳だ。
再び余談だが、アルの借金取り立てに、妙な老婆が来たそうだ。
取立専門職らしく、金融機関から依頼されたそうだが、アルを知っている風だったと云う。
どこからどう見ても堅気でない老婆は、アルの不在を少し残念そうだったが、アルの親父が素直に残額を返済したので、特に何も言わず帰ったそうだ。
……さっさと自首しろ。
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特に問題も、派兵中止命令も無く、9月20日に予定通り輸送艦はナザレ軍港を出港した。
海軍軍艦2隻が、途中まで護衛する事になっているので、一応艦隊出港となる。
ここで、旧交を温める出会いがあった。
「海軍に進むとは聞いていたが、ナザレに居たとはな」
「レオンこそ話題の三砲台の研究室長だ。驚いたさ、今は砲兵小隊隊長で海外遠征だ、出世したな」
輸送艦副艦長のボルジア海軍少尉だ。彼もパルト市街出身だ。
陸軍幼年学校までは同じだったが、海軍士官学校へ進んだ旧友だ。
レオンと同い年なので、幼少期にはパルト市街学問所に通っていた、つまりアルとも面識はあるのだ。
「コントはアルを覚えているかい?」
コントとはボルジアの名前だ。彼もレオン同様苗字持ちだ。
アルやダッドの様に苗字の無いほうが一般的で、士官学校に進める程度には財力のある家庭は、大抵苗字持ちだ。
不便な様だが、住民登録名は生誕時、所轄の教区で、洗礼と共に教会で成されているので、教区+名前で表される。
なので個人の特定はそれほど不便でも無い。
「いや、それが忘れていた。噂になってようやく思い出した。なあ、何だいウンコ使いって?」
こっちが聞きたい。まあ、面倒なのでゴーン説を採用しよう。
「何でも、大昔に異臭を放つ聖人がいたそうで、その聖人に因んだらしいよ」
「なんだそりゃ、アル……技術官?はそんなに臭いのか?」
「いや、本人曰く異臭を感じた時閃きがあるそうだ、軍事機密だから言えないが、彼の発明品は多岐に渡るよ。こいつもそうさ」
防水布に覆われたマークⅩを指差した。
「中身もそうだけど、この防水布も彼の発明だ、この靴底もね」
靴底は出兵兵士全員に配られていた。
「?黒い革底じゃないのか、なんだいそれ?」
「済まないがこれも機密事項に接触するから、何かは言えない。
でも性能は良いから、その内海軍でも支給されると思う。
靴裏が滑りにくいし、歩きやすくなるよ」
「?なんか、噂と違うな、アル技術官は砲術の天才と聞いていたが、発明家なのかい?」
「両方さ、彼の砲撃を見ると一見巫山戯ている風にしか見えない。大体、対象物もろくに見ずに砲角、仰角を決めてしまう。
そうだな、装弾してから射撃まで、大体20秒位かな。しかも必中弾」
「あん、20秒って?どうやって?距離は?風向きは?風力は?」
「全て直感だろう。驚いた事に火砲に触ったのは初めてだったそうだよ」
「神憑りだな…おっと。成る程だから聖人引用か。その臭い聖人とやらも、その手の奇跡保持者なんだろ」
「あまり感心しない言いぐさだけど、そうだよ。何でも、聖霊と対話して預言をしたらしいよ」
海軍の人間は割りと一神に否定的だ。
海は陸地より不可思議な事態に遭遇する。
奇妙な発光現象、奇妙な海洋生物、有り得ない落雷、雷球現象。竜巻や凪。存在する訳の無い人間のざわめき、歌声。
枚挙に暇がない。結果自然に対して信心深くなり、一神に否定的となり、多神に傾倒するのだ。
コントはレオンと同い年でまだ若いのだが、年かさの上官、先輩士官、ベテラン水夫などの薫陶よろしく、平均的な水兵士官に育っていた。
だから教会から離れた視線で、物が見える様だ。
「先生、ここにいたのか。軍師さんが探していたぜ」
そこにひょっこりとアルがやって来た。
アルは年が下なので同窓ではないが、パルト市街学問所出身者の、出世頭三人が集まった事になる。




