少尉武官待遇
アルは三砲台司令室の方に呼び出されていた。
レオンが臨時に守備長をしていた時は、殺風景な守備長室で辞令を受けたが、
第一砲台から新規に着任してきたナントカ大尉は正式に司令室の方に出頭命令を出したのだ。
この場には、レオンとゴーンも同席している。
公式の場になるので、三砲台副守備長にして、三砲研室長としての同席だ。
片や三砲台内の監査査察としてだが、今回は作戦参謀としての同席だ。
余分な豆知識だろうが、ナントカは巫山戯た訳でなく名字だ。アルニンに同名の州があるので、そこの出身だろうか?
「まず確認をしたいのだが、君は本当にアル君なのだね?」
態々司令室まで出頭させて、する様な確認ではないが、これには訳がある。
この男の行方不明の捜索願いが、パルト市街の警邏局に出されていたのだ。
4ヶ月前に軍の物資運搬に出掛けたまま帰って来ないと、最近になって家族が捜索願いを出したらしい。
本人はアレだから、分からないでもない。
ウッカリだろう、ウッカリ家族に連絡を忘れたに違いない。
ちなみに運送料の請求も今だにウッカリだ。
ただ、家族も家族で4ヶ月も放置だから困り者だ。まあ、本人がアレだからその内帰ると踏んだのだろうが、一家して只者ではない。
そんな訳で、最後にアル一行を目撃した、当時、別件で運送屋の捜査に当たっていた捜査官の証言から、ナザレ軍港城塞に確認がきたのがつい先日だ。
捜査官も、まさか当人がシャアシャアと軍に居着いているとは思わず、ひと悶着あったのだ。
「面と向かって言われると、流石に照れるけど、そうだよ」
一体何に照れるのか知りたい。誉められたとでも思ったのかしら?
「アル技官、公式の場なのだから、せめて口を慎んでくれ」
この台詞を聞くのは、これで何度目だろう。
……多分これからも聞くんだろうな。
そんな事を考えている様だから、改まる事はまず無い。
「まあ、中尉良いではないか。軍属武官は軍人では無いのだから。
本人に他意は無いのだし」
ゴーン少佐はアルに激甘だ。この場合、一番やりにくいのは、内情に疎いナントカ大尉だ、
同情を禁じ得ない。
自身より上位階級でありながら上司ではなく、陸軍では無く総合司令部所属で、さらに自部所の不正監視が職務の作戦参謀様が、一軍属の肩を持つのだから、やりにくいったらありゃしない。
ただ、噂に聞くほどアルと云う青年は変人で無かった事が救いだと、ナントカは思った。
口の聞きようは存在だが、技術系の軍属はそんな物だし、社会常識に疎いのは、研究肌の人間に多い。
何より、機動砲術は同じ砲術家として大いに興味が有るし、先頃発表された着弾計算尺には舌を巻いた。
今、第一、第二、第三砲台で、計算尺の検証試射が盛んに行われているが、驚異的な命中率を上げている。
前提はアーガイルの新型野戦砲使用時だが、距離と火薬量を計算尺で対応すると、適正仰角が出るので、地角補正をすれば射撃仰角が算出される。
経験と直感での砲撃が、本当の意味で砲術に昇華したと云うのは、賛美し過ぎだろうか?
そんな訳で、火砲術研究室の中心的人物であるアル技術准尉武官待遇殿には、最初から好意的ではあった。
「アル殿、本日付で貴官を少尉武官待遇とする。それに伴い、貴官に開放する軍事情報がある」
「司令殿、そこから先の話は私が替わろう」
ゴーン少佐だ。今日はその為に同席している。
「現在、テュネス共和国が内乱状態だと云う事は聞き及んでいるだろうか」
「テュネス共和国?いや、初耳だけど」
……まあ、外部に関心の無い男だから仕方がない。
今この男のマイブームは、例の駄菓子の調合で開発部工房に入り浸っている。
いや、本当に駄菓子の調合で、どうしたら美味くなるのか研究中だ。
ソーセージモドキが、割りと食えるレベルに仕上がったのだが、歯応えは兎も角、三口で飽きる味なのだ。
……話を戻そう。
「……極めて簡潔に説明すると、現在テュネスに政府が二つあり、我国が片方にテコ入れする事になった」
流石である。これで通じなければ、猿である。レオンが続く。
「具体的には、砲兵小隊を派兵する訳なんだけど、アル技官にも同行してもらいたい。重火砲の調整にアルの力添えが必要なんだ」
ナントカ大尉の手前、言葉を濁す。
しつこいが、アルは軍人ではない。武官待遇なのだから法的に参軍できる。できるが義務ではない。
更にアルは民間企業から出向してきた訳ではない。だから業務命令での参軍が無い。
参軍は死傷危機があるから、この場合本人の意思確認が必要となる。
だが、この男の場合は返事は即答であった。
「前に聞いた南方大陸派兵だろ、行くよ。いやね、今日は朝からうるさいから、何か有るとは思ってはいたんだ」
もう、凄い有り様だ。今までで最高の集客率じゃないかな。俺はアイドルかよ。臭ぇ。
三砲台は、比較的湧かない。その三砲台で、一号から三号まで師匠連中が勢揃いだ。
馬鹿馬鹿しいから数えないけど、三号だけでアバウト300位?
久々にじいちゃんを見たよ。
「助かる、アル技官。誓約書に署名してもらう事になるけど、構わないか?それから、これは言いにくいけど、君の生命保険金の受取人を指定して欲しい」
「うん?そんな危険な所なのか?」
「内乱状態だが、四連合、いや、列強諸国の思惑が絡んでいる。場合によって、テュネスは列強諸国の代理戦争、縮小戦地と化すだろう」
「ふうん。で、何やるのやっぱ戦争?」
「アル技官、少尉待遇情報の開示は、当然外部に黙秘義務がある。その前提で話をするが、建前上我が国がするのは、新型砲の貸与とその扱いの伝授だ。物資支援のみが公的に発表される」
「つまり?」
「新型砲は新型架台に登載されていて、その扱いは実地で披露、伝授となる。……いや、簡単に言えば戦地の実験投入の為に、機動砲兵小隊を派兵するのだ。
アル技官、いつぞやの砲撃を、こちらの指定した戦地で再び披露して貰いたい」
「少佐、そのもう少し言葉を飾りましょう。
……アル技官、軍人ではない君に戦場で人命を奪えとは言いにくいが、了承してくれないだろうか?」
「べつに構わないよ、いつ出かけるんだ?」
実にアッサリ了承した。まるで、ピクニックにでも参加する様にだ。
この男は、あまりにも物事に頓着が無さすぎる。
平時にも乱時にもだ。
三連日の投稿になりました、今後もストックが溜まり次第、連日投稿をしたいと思います。




