ニ章プロローグ
ナザレ沖を出帆し二日、南下を続ける艦隊は予定海域周辺へ進んでいた。
最低3日のナザレ商業港の閉鎖。
その後、アルニン海軍ナザレ駐留艦隊による周辺海域の安全確認の為、7~8日はナザレからの商船出港はない。
予定通りだ。砲科将校の未回収は残念だが、ついでにすぎない。
南方大陸の一国家であるテュネスが、我が四連合王国からの同盟離脱を宣言したのが、前々月の事だ。
フランク王国の後押しと、フランク王国と同盟関係のアルニン共和国の支援を受けての事だ。
政治的力学は分からないが、内海中域に措けるシーパワーの圧倒的低下は理解できる。
現在、テュネスの首都港、テュニスを四連合王国海軍三個艦隊で封鎖中だ。
交戦状態にないので、アルニン商船の拿捕、攻撃は大っぴらには出来ない。
白昼堂々と船団を組まれて、テュニスに物資支援に寄港されたら、四連合王国艦隊には成す術が無く、海上封鎖した意味がない。
我が艦隊が、テュニス直近の大商業港ナザレを封鎖したのはこの為だ。
テュニスにアルニンの支援が途切れる事実が必用で、テュネス国内世論を此方に傾かせる工作の為だ。
最も、ナザレの砲科将校の調略は、古くからの打診で、今回複合的に作戦が立案された。
参謀と云う人種は特に無駄を省く質の様だ。
テュネス救援の為、フランク海軍の艦隊が出動する。これは当然想定の内だ。
四連合王国三個艦隊は、テュネス海軍とフランク海軍に挟撃される形となるが、
そこを我が艦隊が反挟撃し、四個艦隊によるテュネス、フランク連合艦隊の撃破、若しくは駆逐が、今回の作戦全容だ。
予定戦闘海域だ、さて、責務を果たすとするか。
「全艦通達、本艦隊は予定戦闘海域に到達した。これより戦闘警戒態勢に移行し、各艦、哨戒人員を増強補充せよ」
鏡による注意喚起と手旗信号により、ベルソン提督の指示が通達され、艦隊は旗艦を中心に円陣航行となった。
このまま南下を続ければ、一日の航海でテュニスだ。
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果たして、テュニス沖では、海戦は開始されていた。
フランク海軍の行動が、一手早かった。いや、情報部の分析をフランク海軍の行動力が上回ったと云うところか、
陸上戦闘と違い、一度艦隊が行動すると、連絡する術がない。
ナザレ沖で受けた連絡が最新情報だ。
形勢は、不利である。
我が艦隊が到着するまでは。
テュニス沖で一艦隊がテュネス艦隊を抑えている。艦砲によりテュネス海軍の頭を抑えているのだ。
テュネス海軍の武装は解析済みだ、砲の射程が違う。
こちらは大丈夫だろう。
問題は、フランク海軍の三個艦隊を相手にしている四連合王国二個艦隊。
旗艦からして、内海艦隊司令長官ジャン.ジャール提督と、もう一艦隊の提督は……確認出来ないな。
一定の距離を開けて、両国艦隊は円弧航行だ、外縁がフランク海軍、内縁が四連合王国海軍。
両国艦隊、共に艦砲砲撃の撃ち合いだ。
陸上と違い、戦艦は艦運動により傾斜し、そのまま航行する為、船上に水平面は無い。
円弧航行なら尚更だ、艦砲の仰伏角など、その都度修正が必用となる。
砲撃を命中させるなど至難の技だ。
零距離射撃なら必中弾を食らわせられるが、それは先方も同じだ。
互いの損耗を避け、砲撃射程距離外で等距離航行するのは常識だ。
「流石は司令長官、フランク海軍の別動を許さないか」
相手は三個艦隊。一個艦隊が、テュネス海軍に向かえば趨勢は決する。
二個自艦隊の円弧航行に緩急を付けて、上手に邪魔をしているのが分かる。
通信手段を考えれば、驚異的な艦隊運動指揮だ。
ここまで呑気に、戦況観察が出来るのも、実は既に海戦は決したからだ。
フランク海軍は、我が艦隊が四連合王国所属と知ると、戦域の離脱を図り始めたのだ。
この海戦は、なにも内海中域支配の決戦ではない。
艦隊の損耗は、そのままフランク海軍の内海中域に措けるシーパワー低下を意味し、あまり意味の無い海戦で疲弊したくないのだろう。
司令長官の動きに連動すべく、フランク海軍の追走を開始した。
送り狼と言うやつだ。
この海域からの、速やかな撤退を願おうか。
テュネス海軍は成す術も無くテュニス軍港に撤退するだろう。
こちらは、追撃は不味い。
テュネスは、再び此方に戻って貰わねばならない。
海軍力が低下しては仕事が増える。
何だか、良いとこ取りみたいな形になってしまったが、それも武運だ。
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一艦隊の参戦により、テュニス沖海戦はあっけなく決してしまった。
ナザレ商業港封鎖からの、一連の作戦行動を鑑みれば、正に四連合王国の完勝と言える。
フランク、テュネス連合艦隊敗れるの報は、瞬く間に大陸内海周辺国家の知るところとなった。
一見すると、四連合王国の、内海中域に措けるシーパワーを回復しただけに見えるが、事態はそんなに単純な物では無かった。
フランク海軍頼りに成らず。
特にこの敗戦は、南方大陸周辺国家郡に浸透し、反フランク王国の気運が上がったのだ。
南方大陸国家郡。良く言えば中立的に振る舞ってきたアルニン共和国にとって、歴史的、文化的、通商的に、あまり刺激したくは無い方面ではあった。
しかし列強の一角である、フランク王国と同盟である以上、嫌でも騒乱に巻き込まれる事となる。
件の愉快な砲兵たちは、活躍の場を、南方大陸に移す事となった。
武侠少女の方がけりがついたので、再開します。お付き合い頂けたら幸です。