突撃軍曹!
軍曹のスイッチ入りました、ウザイです
「やはり戦況は良くないですな」
陣後方に位置する司令部だ。
ゴーン大尉は、発言とも独り言ともつかない言葉を発す。
このままでは、昨日の二の舞だ。
心なしか昨日より砲撃が強く感じる。
砲撃支援が何とか得られないか、第三砲台からの砲撃が分散されれば、戦況は変わる。
“ズドンッッ”
第三砲台からの軍港口へ砲撃だ、続けて二発発射される。
定期的な牽制砲撃により、ナザレ駐留艦隊が出港できない。
無理に出港しても、武装艦隊と第三砲台の挟み撃ちに合う、勝算は低い。
低いだけが問題ではない、艦隊の損傷はナザレ周辺、ひいてはアルニン海軍のパワーバランス低下につながる。
迂闊には動けなかった。
海軍駐留艦隊による艦砲射撃を要請しようにも、出港すら出来ない状況だった。
「司令、ここは砲門損壊覚悟で火砲支援をさせるべきでは?強装薬といったか、それで砲弾飛距離が伸びるのなら、やらせるべきでは?」
「ムッ」一声発するとブロスは深考する。
彼とて同じように考えていたのだ、現段階ならはっきり分かる、第三砲台側の意気込みは昨日の比ではない。
このままでは、間違いなく攻略失敗だろう。
火砲を温存して、兵員を損耗するなど愚の骨頂だ。
だが、彼は火砲の専門家ではない。
火砲連携の歩兵戦術の専門家だ、強装薬による砲撃など、実効性がわからないのだ。
橋頭堡確保から砲撃支援、歩兵突撃から制圧。
鉄板戦術だ。
今回は攻略戦だ、初めから地理的な不利を負っている。
内海停留の武装艦隊から艦砲射撃を受ければ挟撃される事にもなる。
戦術的にも劣勢状況だ。
実際艦砲射撃が無くても、常に艦隊の存在を念頭に置かねばならず、心理的負担も大きい。
それらを元に思考すると、基本的な鉄板戦術を外したくはなかった。
しかし、その基幹部分が崩れてしまっている。
逡巡し、そしてブロス中佐は、砲兵小隊に命令した。
“手段は一任する、砲撃支援を開始せよ”と
「戦友よ!戦友よ!戦友よ!戦友よ!無念だろう、残念だろう、痛いだろう!痛いだろう!
戦場だ、これが戦場だァ!」
砲兵小隊内で軍曹が、砲兵伍長と一等卒に、つまり軍曹の班員に取り押さえられていた。
工兵小隊の、3波目の築塁失敗を目にするや否や、単騎突撃を敢行しようとしたのだ。
工兵の死に、スイッチが入ったようだ。
「いい歳なんだから、軍曹落ち着け」
アルはこの手の連中には免疫があるので、別段態度は変わらない。
「落ち着けるかぁッ!死んだんだぞ!我等の任務の為に、先駆けて死んだんだ!
アッハハハハハ‼まるで虫けらだ!
馬鹿野郎が」
「今日は激しイな」ブブエロ一等卒だ、彼はダッド砲班では掃除手だ。
「全く、うるさいよ」アルは別に軍曹に言った訳では無かった。
「うるさいとは何だぁアルァ!!」
軍曹は、羽交い締めにされている。
「班長、マジで落ち着いて、後で火砲撃たせてやるから、ねッ」
これはコロンボ砲兵伍長。彼はダッド砲班の装填手だ。
ちなみに、他兵科では、大体5人一班体制で、伍長が班長を務める。だから“五”長だ。
砲科は一砲班三名で、班長は砲手である下士官が務めるので、“砲兵伍長”とわざわざ名称を長く呼ぶのだ。
「なにが“ねッ”だ!射殺するぞコロンボ!」
その後も何やら喚き散らすが、アルを含め誰も聞いていない。
(だから、さっきからうっさいよ。お前らブソッとしてるか、キチガイ笑いしてるかだから、分かんないの。健常者には通じないの。あとマジで臭ェ!死ね!)
さっきの“うるさい”も3号に向けてのものだった
……そこに、司令部から伝令が駆けてきた。
「注進!司令部より伝達!」
作戦行動中なので、軍礼は省略するのが習わしだ。
「パルト砲兵指揮官はいずれに?」
間髪入れずレオンは答える。
「私だ、司令部は何と!」
緊急伝令だ、腕章は赤だ。間違いなく、録でもない司令だろう。
「口頭での司令です」
しかし、ここにいるのは決死隊だ、人払いは必要ない。その録でもない司令を実行するのが、この面子だからだ。
「構わない、司令部は何と?」
再度の催促だ、伝令は口語のまま伝達する。
「はっ。手段は一任する、砲撃支援を開始せよ、であります」
「砲撃支援を開始せよ……確かに拝命した」
伝令は退場時には敬礼した。
レオンはダーレン曹長を手招きした。
すでに彼は涙を流している。
「曹長、砲撃支援開始命令が下った、飛んで火に入れとの指示だ」
流石にダーレンも答えられない。
当然だ、レオンの言葉通り、みすみす的になる行為、飛んで火に入る状態だからだ。
砲門はすでに車輪架台に設置しており、アルの車両にも2門積載済みだ。
火砲支援が成功し、敵砲撃が分散したら、一門ずつ総出で押し運ぶ手筈だ。
第二砲台の砲手は、ピンポイントで全砲門が築塁中土塁に命中させる腕前だ。
支援無しでの手押し搬出など、的当てに等しい。
「……命令では仕方ありません、指揮官殿、火砲の強度ギリギリまで強装薬し、可能な限り前進するしかありません」
大粒の涙を流して、ダーレンが進言している最中に、
“ズドドドドッ”という、凄まじい砲撃着弾音がした。
撤収!の号令が、前方から聞こえた。
4波目の築塁行動も、失敗したようだ。
36話で一章完結します、あと5話お付き合い願います。