レオン.パルト砲兵准尉
単位はM㍍K㌔S秒
「それでは軍事物資の運搬中に荷車の車軸が折れてしまったのですね、大変でしたね」
老婆はわりかし話上手だった。話上手は聞き上手というが、わずかな会話からこちらの状況を概ね把握したようだ。
まだ正式に依頼が完了した訳ではないので、軍事物資と言葉を濁したが、荷物は新型の火砲だ。
とは言え軍部開発でも軍依託会社の新作砲でもなく、民間の武器工厰アーガイル社発表の新作で、火砲の性能は公表されていた。
なので別に最高機密事項ではなかったが、正式依頼前に軽々しく口にしたくなかった。
「車軸が折れたほどだから、かなり重い荷物でしょう?どちらまで運ぶんですか?」
今さらだがここは民間の運送会社だ。
一階が店舗事務所で二階が自宅(先ほどの便所の件から分かった、どうでも良い)のようだ。
積み荷の重量と運搬距離により料金が決まる、基本重量物に速達は無い。手紙や小荷物なら距離によっては速達配送するそうだ。
「ナザレ軍港城塞の第三砲だ…いや城塞まででいい。重量は小物も含め1㌧強位か」
新作砲の公表性能によれば、一門500㌔弱の二門だから、弾薬合わせてそれくらいだろう。
「荷物は、ここからレント市方向に、半日ほど街道沿いに歩いた所にある。山の中だが、大体の場所がわかるだろうか?」
街道沿いに唯一ある小山だ、地元民なら通じるだろう。
街道は、というより、この国は道路全般を整備しており、主要な街道なら小石一つ落ちていない。
車軸が折れたのは、僅かに積載重量をオーバーしていたからだ。小物分邪魔だった
「ああ、この間登ったばかりだから分かりますよ…そうなるとナザレ迄だから」
老婆は料金表を出して見積もり計算を始めた。
重量と距離で料金が決まる。この表は国が発行したもので、この表を提示出来ない所はモグリである。
厳しい審査が必要で、最低過去3年の売上実績を審査される。老婆がさりげなく料金表を出したのには、健全経営をアピールする意味もあった。
モグリの業社は、密輸密売の運搬を担っており、つまり裏社会に直接関与しているので、とても荷物を預ける事などできないのだ。
老婆が見積もりを差し出してきた。
「こんな所で如何ですか?えーと軍人さん」
考えてみたら、まだ名乗っても身分証も提示していなかった。というよりできなかったのだが…
まあ、軍服と階級章である程度は信頼されるのだが。
「レオン.パルト砲兵准尉」
私が名乗ると老婆は首をかしげた
「パルト様?ひょっとしたらこの市街の行政官長の…」
「長男だよ、軍務でなければ帰宅してのんびりしたい所だよ、三年ぶりの帰郷になるね」
何故、准尉である自分が、単独で使い走りをしていたのかといえば、こうした理由があっての事だった。
まあ、山の中替えの荷車が来るのを待つのが嫌だった事もある。
「料金は言い値で結構、ナザレ城塞の砲兵科に請求書を送って…いや私も同行するのだから、着払いで良いだろうか?軍票でも良ければこの場で払うが」
現金化に手間がかかるので、大概軍票での支払いは敬遠される。軍の駐屯都市か規模の大きな銀行くらいしか現金化されないからだ。
軍票を切れるのは准尉からだ。今回は軍務で来ているので、この程度の金額なら、私の裁量で決済できるのだ。
そこに店主がお茶を持ってきた、自分用も含めたのか3組あった。
どうやら青年の分は勘定に入っていないようだ。
私か老婆が因数外ということはないだろう。
アルという青年は、特に気にするでもなく窓際の椅子に腰掛けて、ほじった鼻くそを窓枠に並べていた。
一体なにを考えているのか・・・
本日あと一話投稿します。