第三砲台守備長ビンゴ大尉
やっと、戦記物らしくなってきました。
こちらに気がついたようで、分隊指揮を委譲したダッドと伝令兵がこちらに駆けて来た。
ナザレからの緊急伝令だ、伝令兵の赤色の腕章から解る。
通常は緑で、緊急の度合いにより黄色、赤色と変わる。
朝方受けた軍曹の報告を思い返し、レオンは緊張した。
(3号がゲラゲラ笑ってやがるな、碌でも無ェ。うわっ臭ぇ)意味がないと分かってはいるが、アルは鼻をつまんだ。
「准尉殿!ナザレの総合司令部からの緊急司令です」
(腕章から分かってはいたが、陸軍司令部からではなく、総合司令部からか。想像以上に悪い知らせだな)
伝令兵は敬礼をして、レオンに封書を渡す。
「不明な点は、口頭で答えるよう指示されています」
伝令はそう発言した。つまり人払いの要請だ。
それほど悪い内容だということだ。
「すまない、アル少し外してくれ。軍曹はこのままで」
アルは何故か鼻をつまんでいて、「あいよ」と答え、テントに向かって車両を押していった。
レオンは伝令兵立ち会いの元に開封した。
内容は即時の帰還と現在第三砲台攻略中の混成歩兵大隊への合流だ。
「内容は把握した。だが状況がわからない、これは本格的な戦争行為ではないか」
“戦争”の所で、ピクリと軍曹の耳が動いた。
伝令兵が答える。
「現在ナザレ湾口に、国籍不明の武装艦隊が戦闘準備状態で停泊しています」
「なっ!まさか第二、第三砲台は……」
最悪だ、まさか私や下士官の砲門受領派遣もこのためか?
ナザレ軍港はナザレ湾奥に位置する。駐留艦隊が存在する軍港だ、
同時に人口60万の大規模商業都市のため、帝国時代に城塞化された。
それは現在まで続いている。
火砲登場以前はナザレは海軍の管轄だった。
登場以降は城塞守備を陸軍が担った。
指揮権の二重化による混乱を防ぐため、総合司令部が置かれ、これは首都防衛も兼ねる、アルニン軍総合総司令本部(大本営)の直轄であった。
ちなみに、レオンが所属した陸軍総司令本部もアルニン軍総合総司令本部(大本営)の直轄だ、これは海軍も同様である
ナザレは湾としては比較的に小さな部類だ、湾口部に艦隊が展開すれば、簡単に海上封鎖ができる。
しかし、湾口東の岬にある第三砲台、
湾口西の岬の第二砲台から砲撃できるので、普通は採らない軍事行動だ。
それを実行したということは、それぞれの砲台が攻略占拠されたか、内通反乱があったかだ。
第三砲台の攻略中ということは、そういうことだ。
「第二砲台の方はどうなっている?」
「第二砲台には大きな動きがありません、こちらからの問いに答える事も、妨害する事もです。
首謀者が人員の掌握に失敗したと考えられます。
こちらは、別動の歩兵大隊で遠からず制圧されるかと」
「という事は、第三砲台の方は、盛大に妨害行動をとっている事だね」
「はい、ナザレ駐留艦隊の動きが有り次第、湾内に砲撃が有ります。
混成歩兵大隊の方も同様で、第三砲台に歩兵が張り付けません」
「第二方面は歩兵大隊なのに、何故第三方面は混成大隊なんだ?第一砲台からはとても砲手を出せない筈だ」
ナザレ駐留艦隊の頭が押さえられているのだ、
武装艦隊に湾内に侵入されたら、第一砲台しか攻撃手段がない。
「砲門受領で出向いていた、砲兵小隊が合流しました。しかし指揮官不在のため、歩兵大隊と連携出来ない状況です」
これは大きな失態だ、引率させた曹長では、階級的に戦闘指揮は出来ない。
戦闘経験ではなく、指揮官戦闘教育がされてないからだ。
レオンは首筋がヒヤリとした。
「状況は理解した。本部隊は混成歩兵大隊に、速やかに合流する」
敬礼を交わし、一同は野営テントに向かった。
伝令兵は、この後も街道沿いの市街町村に、警戒警報を伝達しなければならない。
時間が惜しいため、すぐに出立した。
「軍曹聞いての通りだ、してやられた。今回の砲門受領、第三砲台守備長、ビンゴ大尉から陸軍司令部に上申されたと聞いた。
暗躍者は奴だ」
「ビンゴ大尉殿。砲台守りに左遷された。と洩らした事があると聞きましたが、
不平はその時限りで、以降は精勤されておりました。
野戦を得意とされてましたな」
「どう思う軍曹、武装艦隊と連動しての行動だが、艦隊を湾内に誘導するでもなく、ただ、孤立しての籠城だ。こちらも遠からず、陥落すると思うが?ただそれだと……」
自分の失態が目立つ、それは不味い。
レオンは他の砲兵士官同様、上昇志向が強い。
3年も不遇な境遇であったのだ、挽回したい。
“上が唸るような新戦術など、新任准尉に産み出せる訳が無いだろうが”
何度も何度も、意見書、提案書、戦術考察を提出したが、全てに駄目出しされた。
当然だ、裏打ちされた経験が無いのだから。
一見すると、レオンの移動は降格に見える。
だがこれは砲兵科特異の通過儀礼だ、
頭でっかちにならないよう、わざと挫折させ、実務で育てる。
実に嫌な教育法であった。
腐ればソコソコに、育てば大出世の、砲兵科独自の儀式だった。
若いレオンはそれを知らない、知らないが故に、焦ってしまった。
そして、普段のレオンなら許可しないであろう作戦を、許可する事になる。
出だしの武侠っぽいのも、書いてて楽しかったですが。




