化物と猊下
「酷い目にあったぜ、あのババア生きてたのかよ、あの野郎、何が名探偵だ、適当言いやがって」
ポーロ捜査官の言い分を聞きたい所だ。
そんな事よりこの阿呆、大聖堂のブロックをかなり離れ、ゾロゾロと団体で観光参拝中の一団に紛れ込んだ。
深い考えが有っての事では無い、ただ、目の前に居たから何となく紛れただけで、特に隠れる意図はない。
一団は外国からの参拝者らしい。地元アルニン人は国教ではあるが、信仰心となると怪しいものだが、こちらの一団は態々外国からやって来る程に信心深い一団だ。
よくよく周囲を見回すと、大なり小なり、そんな一団、グループは点在している。案内僧の公用語での説明を更に母国語に通訳する案内人の言語から、何処の国からの参拝者か分かる。
阿呆は作業着の上衣に軍用のゴツイ革靴姿なので、法王庁市国内で雑務をする民間業者に見えない事も無い。
と言うよりは、そんな格好の参拝者なんか居ない、療養で通う民間人も、こんなアバウトな格好でウロつかない。
だから消去法で出入りの業者認識なので、紛れた一団もとやかく言わない、案内人の補助か何かの認識だ。
ので、一緒に観光を洒落込んだ、基本馬鹿は呑気だ。
尤も、アルは奇跡認定局の緊急通達で出国は出来ない、出入国門でまたぞろ騒ぎを起こすと、今度は出入国門衛士に射殺され?る。
ちな、僧侶しか居ない国なので、衛士、守衛士は基本傭兵だ。北門の聖騎士団のみが傭兵と云う訳では無い。
ただ、ついて回る一団は外国の……言語からフランク王国からの一団と知れたが、阿呆はフランク語などわからない。
案内僧の公用語も、所々の単語しか分からず用をなさない。
なので飽きてきたので、別ブロックに移動した際に離脱した。
勝手も分からずウロつき、目についた建物を目指して歩き、守衛士に睨まれ退散し、人目を忍んで内関を潜り抜け、適当な売店を見つけては物色し、用便の為に厠を探すと云う、迷い犬の様な非生産的な行動をとっていると、何やら大通りに出た。
大通と言っても、利用者はまばらだ、と言うより僧侶しか使用しておらず、民間人はこの男だけである。
普通の感性ならば、ここは民間人に開放していない法王庁施設通路と判断し、足早に去る物だが、コイツは馬鹿だ。
空いてるねぇ、ついてるねぇ♪などと鼻歌交じりに散策だ。
アレクサンダーズは壊滅し、主だった三号も消滅した戦闘と引き換えの散策だ。楽しかろうとも。
ただ、爺さん婆さんのカブトムシケンタウロスのみがアルを護衛する。
前に把握が面倒だからと、共喰い推奨状態だったので、この男は特にアレクサンダーズの壊滅に思い入れは無い。
三号なんかも同様だ。ただ割と便利な一号二号は比較的重用するが、まあ居ないなら居ないで構わない。
それに三号、四号なんかと違いそこらに漂っているので、勝手に補充される。
そう、ここでも補充はされている。法王庁市国内は別に聖地などでは無い。人の集まる場所には、なにがしかの悪意悪念が凝る。
史上、流血、暗殺事件も発生している。
だから、奴等は自然と産まれ、増殖してゆき、特異点である阿呆目掛けて集るのだ。
阿呆は法王殿に紛れ込んでいた。この大通はその通用路。
景信教第一人者の居城であり強大な権力者の棲みかである。
一般に公開されるのは、新年祭の時と国家規模の祝事位な物で、野郎が紛れ込めたのは、その新年祭があと数日に控えいるので、どう見ても作業員にしか見えないアルが、業者か何かと思われたから。………としよう。
実際はボディーチェックを何度も受けなければ入れ無い区画である。
本来ドサまぎで入れる所では無い。
理由は割と直ぐに知れた。
「貴殿がお客人ですな、成る程聖下の仰られた通りの風体骨相でごわんな」
なに弁だろうか?巨体巨躯の青衣の僧侶が阿呆に話し掛ける。
ご存知サンドロ枢機卿だ、高齢の筈だが背筋は伸び、また趣味の肉体鍛練を欠かさないので、まるでレスラーだ。
阿呆、自分に話し掛けられた自覚は無い。何か前方からゴツイ坊様が歩いて来たな。位の感覚だ。
左右を見回し、他に人が居ないと知ると、坊主の独り言と独り合点をし、無視して行こうとする。
高位僧侶云々を抜きにして無礼な振る舞いである。
「待たれよお客人、それに主殿には入れませんぞ、特にご用事もおありと云う訳でも無いじゃろう」
流石に自分に話し掛けられられていると、阿呆は理解した。
「俺に話してたのか。いやね、何か偉そうな坊様だから俺には関係無いと言うか、独り言を邪魔しちゃ悪いと言うか………その、坊様すまん」
この男は、偉そうな物、者に弱い。ネズミのメンタルを併せ持つのだ。
ただ、その偉そうな線引きが独特で分かりにくい。その点、一目で偉いかどうかが分かる坊さんは、野郎としては助かる。
「面白い御仁じゃ、正直者なのじゃな。どれ、お客人、主殿には案内できぬが、拙僧の客間には招待できる。茶を馳走したいのじゃが、如何?」
「いや、茶なら鱈腹飲んだから要らん、それより坊様、一通り見て回ったから帰りたいんだが、道が分からん」
「そうであるか、ならば無理に引き留めはせぬが、お客人は今出国できぬでな、北門から出国するが良かろう」
「何で出れないんだ?俺何かしたか?」
不貞腐れて嫌味を言う程にコイツは知恵が無い、本気で言っている。
これにはサンドロも苦笑いだ。
「まあ、まあ、お客人の関知する所では無いのでな。ではついて来ておくれ」
何やら偉そうな坊様の言う事だからと、アルは素直について行く。
見ようによっては、飼い主を見つけた犬か猿か雉の様である。
枢機卿府のサンドロの執務殿では無く、役職の方の内務省庁舎に案内される。
こちらも当然一般人は立ち入り禁止区画である。ブロック事に当然内関が有るのだが、枢機卿であるサンドロの客で通し、ほぼノーチェックで通過する。
阿呆も流石にこの坊様はかなり偉い坊主だと見当をつけた。………遅い、青衣で気がつきなされ。
「坊様はかなり偉い人なのか?」
「世俗の価値観に合わせるのならば、そうじゃ。だが宗教観で考えるのならば、偉いとう云うのは適切では無い」
「と、言うと?」
「指導者的な役割を果たす者を、世俗観では偉いと云うだろうが、僧侶は神に仕える僕なのじゃ。
だから各々が聖なる役割を果たしているだけで、唯一無二の絶対神の前では序列なぞは無意味なのじゃ」
「そう、神様の元帥だか大統領がここでは一番偉いと聞いた、坊様の話だと、その大統領も僕とやらだから偉くは無いのか?」
「カカカ、成る程聖下の言われる通りの御仁じゃ、悪意からでは無いから大目に見よとはこの事か。
お客人、何事にも例外は有るぞ、その大統領が聖下の事だとしたら、聖下は地上世界の、神の代理人なのだから、偉い偉くないと言う話では無いのだ」
「つまりどう云う事なんだ?」
「神そのものと解釈しても良いぞ」
「な!そんなに偉いのか!マジかよ!今何処にいるんだ?」
ふざけている風でも無いので、サンドロは来た道を振り返り法王殿を示す。
阿呆は犬の様に這いつくばり頭を下げる。
ここらには無い礼の“土下座”だ。
五体投地に似ているので、戯れている訳では無いと分かるのだが、コイツは行動が突飛なので、キチ外の突発的発作に見えたりもする。
阿呆はハッとする。この大柄な坊様はその法王殿からやってきた。
つまりこの坊様こそが実は大統領なのではと。
………今している土下座の因果関係を忘却している訳なのだが、ここには相方のダッドが居ない。
止める者が居ないから感じたまま、を放言だ。
「もしかしたら、貴方様こそが大統領なのでは?大変ご無礼をば!」
器用に180度反転土下座だ、二号の手助けが有っての事で、サンドロは二重に驚いた。
「何と身軽な、猿の様な身のこなしじゃ。それから拙僧が聖下とは畏れ多い事じゃ、拙僧は聖下の御用を補助する者で、その様に頭を垂れる相手では無い」
犬だったり、猿だったりで忙しい。雉にはどうやって持って行こうか。
「大統領の補佐様!やはり偉い人じゃないか!いや、どうしよう、その、ゴメンなさい」
阿呆が詫びる。幸い土下座だ、手間が省けて丁度良い。
「まあ、起きなされ。其方の事は、その法王聖下から宜しゅう言付かっておるでな、拙僧と対面するに、道々の警備を解かれたのも聖下の聖令有っての事じゃ」
方法は分からないが、どうやら阿呆の行動は法王に筒抜けだった様だ。
そうでもなければ、不審者そのもののアルが法王殿に入り込める訳など無い。
事の重大性が分からない阿呆は、フウンと頷いた。
馬鹿はこんな時強い。
次回三章ラストです。