本当は怖いマリア局長3
「あれは化物よ、ドモン司祭、“洗脳教育”どころか、教会取り込み自体が滑稽な話。アレは最早救えない、討伐あるのみ」
マリア局長は正面扉前でマリア婆さんと対峙している佞人を指差す。
震えは止まっている、マリア婆さんの叱咤は、気脈を声に乗せた発気術だ。よく耳に通り、気力が振るう。
「局員!倒れている者に一種対霊装を施せ!可能なら祭壇前に!
マリアさん!危険だから下がって」
奇跡認定局の現在の主業務は、聖人認定、奇跡認定、聖遺物認定、聖遺物管理だ。
その内、最も比重が重い業務が聖遺物管理である。アレ等はかつての聖人が関与しただけの骨董品では無い。
聖遺物などと、耳障りを良くしただけの“呪物”だ。
人の想いは物に宿る、億を越える信者の想いを宿した“呪物”は、基本霊的な生き物である人間にとっては劇物でしかない。
その劇物を、都合良く使用するに特化した部局が奇跡認定局であり、編み出した技術の一つが“対霊装備”である。
姉マリアさんの見立てでは、もうターゲットは救済不能なまでに悪霊に取り込まれている。
あの有り様では移動する魔界そのもので、常識的に判断するなら、既に正気を失っている。
奇妙喜天烈な言動、脈絡の無い行動はそれで説明がつく。
強烈な霊威は物理的に作用する、気を失った局員などが良い例で、打撲や裂傷など直接的な被害を被る事すら有る。
そう、強烈な悪霊は対人的な殺傷すらも可能なのだ。
だから、霊的知識の無い筈のマリア婆さんを案じて避難を指示した。まさかここまでの霊威をターゲットが振るうとは思わなかったのだ。
態勢を立て直す必要があった、威嚇目的で奇跡認定局員を総動員した甲斐がある。幸い相手は“一人”だ、数を頼りに押し囲んで拘束する。
後の始末は後で協議すれば良い。
奇跡認定局長のマリアは、アレを討伐対象と認定した、久しく発令されていない奇跡認定局二課専門の特定奇跡認定だ。
「すると、パルト家のご子息と一緒に首都に来たのか、やはりさっきの軍人殿は本人か、世間は狭い」
「会ったのか、先生は明日まで休暇だそうだからな。それよか何で先生を知っている?先生は有名人か?」
祭壇前と打って代わりこちらは呑気な物だ。
「小僧、本当に分からないか、俺を忘れるとは、やはりお前は真性の馬鹿なんだな」
「だ・か・ら馬鹿と言う方が………」
「それは分かった、くどいぞ間抜け。俺だ、ナザレのパルト市街で運送屋をやっていたリィゥだ。10日ほど雇っていただろが」
「何言ってやがる、あのキチババアなら死んだぞ、伜の馬鹿親父が上手に殺した筈だ、名探偵さんがそう言っていた」
あの名探偵とは、マリア婆さん家で現場検証に訪れていた事件課の警邏捜査官の事だ。確か妙なアクセントの喋り方から、名探偵と認識していた。
………理屈は考えるだけ無駄だ。
それから一言も誰彼か死んだとは言っていない。
「そういえばあの時、小僧と剛(伜の剛史の略、洗礼名はヨハン)とで俺を殺す算段をしていたな………なんか腹が立ってきたな、お前は練経打でも死なないから適当に殴らせろ」
ターン!と発経だ、思い立ったが吉日と言うが婆さん思い切りが良すぎる。
後方から“危ないから下がって”との命令だが取り敢えず馬鹿を殴る事を優先した。
僅か三歩の間合いだが、婆さんは墨家縮地走“瞬歩”だ、まばたきをするほどの間に初練、次練、そして三練と連経をなし、アルの心臓めがけて本気の突きだ。
遨家疾駆絶打。
狙い外れずマリア婆さんの必殺打をまともに喰らい、アルは拝廊から一足飛びに正面扉を突き破り外に弾き飛ばされた。普通なら九孔から血を吹き出して即死だ。
婆さん、そのまま何事も無かったかの様にスタスタとアルを追う、案の定野郎には大してダメージが入っていない。
「このババア!殺す気か!どっかのババアみたいな殴りかたをしやがって、今流行ってんのかよ!」
ほぼ、と言うかノーダメージだ。そもそも拳が触れていない事が婆さんには分かった。以前は確実に触れていた。
「矢張な、“黒手”か。以前は内硬もどきだったが、いや、してみると体内からの“黒手”か。
カ呵呵呵呵。これは良い、“黒手”使いは多くないからな、良い功練相手が見つかった。よくぞここに来たな小僧、感謝する」
「………?そのキチ笑い、運送屋の婆さんか?何で生きてんの?何で尼さんの格好してこんな所にいる」
「小僧と同じで成り行きだ。ただ、これは運命だ。小僧は俺の功練相手として生まれ、俺の功練の為だけに残りの人生を生きるのだ、誇れ!」
「馬鹿言ってんじゃねぇ!ババア、キチガイに磨きをかけてんじゃね!」
「さて、何処に拉致する。ここじゃ不味い、となるとマイケルを頼るか」
マリア婆さん、素でそんな事を言っている。実はこの人が一番アブナイ人なんじゃ。
いささか信じがたい光景だ。
何故、マリアさんはあんな化物に対峙できるのか?
辺りは黒い瘴気に満ちている。幸い、祭壇前の、いや、マグダルのルッカ福音書の霊威に圧され瘴気はこちらに押し寄せない。
目を凝らすまでも無く、瘴気は人を象り虚無な視線をこちらに投げ掛ける。
人形を象り、崩れ、散りを幾度となく繰り返す、大聖堂内をくまなくだ。
“レイシャ”の囁きは無い、どうやら当の昔に逃亡したらしい、悪霊の群れに恐れを成したのか。
こんなのは………初めて見た、“レイシャ”が私に取り憑いてから、この世ならざる者達は何度もレイシャを通して“視て”いる。
今では目を凝らせば、そこに居れば“視”える。“レイシャ”と深く共感したからだ。
姿はマチマチだ、人形が多い、透明で透けている。
“レイシャ”は人形では無く浮遊する白い球体だ。
便宜上、鳥型と言っているが不定形だ、球体型が多い。実は“アイシャ”は“レイシャ”の分け株だ、私が“レイシャ”に頼んでルイーズに憑いてもらったのだ、御守りだ。
“レイシャ”は強い。聖遺物の“呪”をはね除ける程だ。“奇跡認定審問官証”の呪を除く程に。だから分け株である“アイシャ”が憑いたルイーズに“奇跡認定審問官証”が適合するのは当然だった。
叔母様は聖遺物適合者と称したが、その実適合と言うより、取り憑かれたか否かが正しい、私達姉妹の様に、はね除けている訳では無い。
実害は分からない、だから余人に引き継がせる訳には行かない。
叔母様を見た限りでは精神的に悪影響が有る様子だが、叔母様は変人過ぎてそれが“呪物”の影響なのか素なのか分からなかった。
それほど強い“レイシャ”が、一目散に逃亡だ。当然だ、私も逃げたい。
アノ化物は、まだとんでもない物を潜ませている、そんな穢らわしい気配がする、私には分かる………………つまり…………王?。
黙示録に有る死者の王?まさか?死を纏い、死者を侍らせ、死の軍団を率いる死者の王?
………そんな者がいる訳が無い!………しかし……そんな?。
「危ないから下がって!」
思わず叫んだ、アノ化物を中心に穢わらしい瘴気が、おぞましい人面を何十も形造りマリアさんに喰らいつこうとしている。
取り憑かれる!
ターン!
街中の闘争で何度も聞いた足音だ、一際大きい、驚いた事に、音に圧されたのか、人面瘴気が四方に散った。
そして、連続して順に大きく鳴り響く足音。
例えるなら、儀仗兵の三連祝砲の様な爆発音を響かせて、マリアさんは周囲の瘴気を霧散させ化物を吹き飛ばした。
喫茶店でも見た質量、慣性を無視した魔法の打撃だ、小柄なマリアさんの体格、体重で出せる運動力量じゃ無い。
化物は、10mも吹き飛ばされ、あんなに重い正面扉を破壊して更に外にまで飛ばされた。信じられない。
そのままマリアさんは何事も無かった様にスタスタと化物を追った。
聖堂内に充満した化物の瘴気は、マリアさんの魔法の一撃で粗方霧散してしまった。
アォヂィァ……ヂィチュァン、とマリアさんは言っていた、マリアさんの故国の退魔術なのだろうか?
カニオ的耳袋二本目投稿しました、同名投稿なので探しやすいです。よろしければどうぞ♪