二個イチ出動
時間は僅にさかのぼる、最近こんなのばかりである。
レオンがブラブラと街中散策の頃、姉マリアさんがマリア婆さんと在家信仰者組合に向かっている頃。
つまり朝を過ぎた昼前々頃の時間帯。
ここは、ボルゲン区の陸軍基地総屯所、火砲術開発局員兵舎だ、火砲戦術開発局は新規に開設された部局であり、連中の表の所属部所である。
兵舎は専用にあてがわれ、他兵科人員との接触は無い様に配慮されている。こんなで極秘部隊である、変人集団だから隔離した訳では無い。
昔レオンが所属していた陸軍総司令本部火砲術研究室と被るが、それが狙いでも有る。
火砲術開発局は開発部の所属となる、開発部は総合総司令総本部の所属となり、陸軍直下の火砲術研究室とは、全く指揮系統が違うのだが、所在地は同じボルゲン区陸軍基地総屯所となる。
似たような機関が同一場所に有るのだが、通称レオン砲兵小隊は秘匿部隊であり、火砲術研究室と勘違いされた方が都合が良い。
同様に開発部に火砲門研究開発局も有り、紛らわしい事重畳であったりする。
昨日が超々遠距離砲撃試射の実施日であり、それまでがバタバタと多忙であったので、本日の訓練は比較的軽めの予定であった。
そこでダッドは、以前ポルコ港で坊さん連中に書いてもらった紹介状を使う事にした。
前々から法王庁の奉献会なる治療院に通院する旨は伝えてあり、また地理不案内の事情を汲んでもらい、簡単な地図を書いてもらっていた。
隊長が休暇なので、本来ならば副隊長扱いであるダッドが抜けるのは、褒められた事ではない。
だが、そうは言っても、通院療養の休暇だ。水虫やインキンタムシの治療に通院する訳では無い。
相方のアル曰く、悪霊に取り憑かれての精神失調、五感感覚過敏が原因での睡眠不足、慢性疲労なのだから、一応療養条件は満たすのだ。
尤も新兵が掛かりやすい精神不安、失調の療養条件なのだが。
悪霊が原因。とは流石に条件項目には無いが、ファーストキルを為した新兵の、何割かは悪霊に悩まされ心を病む事も事実だ。
この場合の悪霊とは、勿論超常的意味の悪霊では無く、殺人罪悪から自身が産み出した幻影、幻覚、幻聴が実態なのだ。
だから、超常的意味で本物の悪霊に取り憑かれているダッドは、一周回って資格充分なのである。
「で、何でお前がついてくる」
「連れない事言うなよ軍曹、旅は道連れ世は情けだ。俺も戸籍の件で呼び出しなんだが、法王庁への行き方が分からん」
街道合流点には標識などは有るが、そもそも街道の勝手が分からない。現街道表示は数字表示だから尚更だ。
「百歩譲ってだ、お前仕事はどうした」
アルは軍人では無い。政府から総合総司令本部開発部へ出向した役人である。
ただ、肩書きと給料の出処がそうであるだけで、開発部の何処其処で、何のなにそれを研究開発している訳では無い。
開発部の方でも、アルの扱いに困り、専用に開発室をあてがい頭を抱えている。
「それが、妙な扱いでな、一応何をやるかは開発室の偉い奴に申告するんだが、ほぼ通る。
技術者としてフリーハンドでやりたい事をさせてくれると云うより、勝手にしやがれって感じだ。
ナザレじゃガリさんと協議して、ガリさんが上に具申申請してくれたから何とかなったけど、こっちじゃ上司や同僚、部下が居ないから、大掛かりな事は何もできん」
「んじゃ、お前昨日の試射以外で何やってたの?」
「ソーセージの開発だ、一応新型携行糧食の開発で申請した、まあ、材料が未入荷だから器具の調達が先だった。なあ軍曹、チョコレート味のソーセージなんてどうだ?」
「………それじゃまんま棒チョコじゃん。ソーセージにする意味有るのかよ」
「いや、歯ごたえがソーセージなんだよ、味はチョコ。バニラも試したい」
プリっとした歯ごたえと、弾力の有るローカロリーチョコレート、要らね。普通にチョコレートを食うよ。
「……まあ好きにしろよ、隊長の休暇が開けたらまたお前にやって貰う事が有る」
「ふうん、と、言うか、その場合開発部と先生ん所との合同開発になるのか?」
「それだ、そもそも指揮系統が滅茶苦茶だ、開発部ったら技術兵目だから、一般兵目の砲兵小隊はお門違いだ。
簡単に言えば開発部総室長の、何だかって技術中将の命令を、こっちは聞く必要が無いんだ」
変な例えだが、消防庁トップの命令を、文部科学省の中間管理職員が受諾しない様な物か?
落語の中の、殿様と熊さんや八っさんみたいにツーカーの仲なら、まあ私的な頼みならあり得なくもないが、業務遂行上の業務命令では、あり得ない。
あり得たら組織の枠組みを区別する意味が無い。
通称レオン砲兵小隊は超法規的部隊なのである。
総合総司令総本部開発部の所属では有るが、指揮権限は開発部には無い。と言うか開発部は実働部所では無いのだから当然だ。
加えて陸軍砲兵部隊の遊軍扱いだから、実戦配備されれば陸軍総司令部指揮命令下に入るが、おそらくそれは無い。
何で所属先がニヶ所も?と思われるかも知れないが、実は三っつ目も有る。
アルニン政府元首府直属独立砲兵小隊と云う所属である。
先のテュネス派遣の勝手の良さから、超法規的部隊の有用性を軍事法規より優先したのだ。
隊長のレオン.パルトは身辺調査をするまでも無い名家の出自で、現元首と親族でもあり、かつ有能な砲兵指揮官である。
また、トップシークレットである、“超”異能者を扱える数少ない人物で、政府による囲い込み対象者でもある。
砲兵科は、装備の整備、補給が前提の兵科なので、装備の保管、管理、整備のために陸軍の所属肩書きが必要となり、またそれらを運用する兵員を外部へ流出させない為に、外部との接触が無い開発部に火砲戦術研究局なる部所を新設し、押し込めたのである。
つまり、肩書き二つはダミーだ。
ただ、やはり指揮権の問題が浮上する。肝心の元首府にレオン小隊の統括者が居ない。名目は元首当人であり、また元首はアルニン軍の元帥では有るが、兵事の専門家では無く指揮官足り得ない。
ので、その内に政府と総合総司令総本部との折衝を兼ねる統括者が任命され赴任するのだが、まあ、アノ人だ。
少し長くなった。
「つまり、どう云う?」
「だからさ、今砲兵小隊は隊長の胸先三寸で動いているって事だ、無論お前込みで。
お前だって、政府に囲われている自覚は有るんだろ」
「待遇は悪く無いね、ただ良く分からんのが、俺をどうしたいんだ?軍曹はやらせたい事が有るって言ったが、別に開発発明関係での事じゃなく、砲術関係なんだろ?俺、砲術家でも何でも無いんだぜ」
「おお、偉い偉い、その通り。昨日の超遠距離砲撃を踏まえて、重火砲の着弾計算尺を作りたいそうだ。
砲術家だぁ?ハッ!そんなもん尻にでも敷け、お前の砲術は術じゃ無い」
「術じゃ無いなら何だよ」
「お前のは奇跡だよ、お前以外には出来ねぇ。術ってのは、理を解すれば誰にでも出きるから術ってんだ」
「つまり?」
「つまりこの場合は、着弾計算尺なんかがそうだな、アレが有れば誰でも高命中率を誇る砲手になれる」
「そうか?アレは俺の砲撃をデータ取りして造られてんだから、術ったか、術から外れるんだろ?」
「馬鹿だな、お前の必中砲撃を細かくデータ取りした段階で、それは理に入るんだよ。
この天気、この湿度、この温度、この気圧下の条件で、この質量の砲弾を、この薬量で、水平度零度仮定、仰角何度の砲撃で、何処まで砲弾が飛ぶか。
まだまだ条件は有るけどそれらを踏まえれば誰でも命中精度を上げられるから、これは理なんだよ」
更にダッドが続ける。
「お前は必中弾を感だけで出すから分からないだろ、変な言い方になるが、言わばお前の仕出かした奇跡を解析して、そこから術理を見いだすんだよ」
「面倒だよ、そんなもん見れば分かるじゃんか。例えば軍曹だっていちいち歯磨きするに歯みがき粉の量なんか量らないだろ、それと同じだ」
そんなもんと一緒にするな!
と、ダッドが締めくくる。